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〝凡才の魔女〟ルーコの軌跡~才能なくても、打ちのめされても、それでも頑張る美少女エルフの回想~  作者: 乃ノ八乃
第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ

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第21話 火傷と選択とお姉ちゃんの信頼

 

 練習を終え、泥だらけのままで家に帰った私はある事をすっかり失念していた。


 下見のための準備の事や練習で疲れていたせいでもあるけど、常識的に考えて全身泥だらけの私がそのまま家の中に入ったら室内が汚れてしまう事なんて分かりきっていた筈なのに。


「ただいま~」

「あ、ルーちゃんおかえりなさ……い……」


 扉を開けた私を笑顔で出迎えてくれた姉の表情がぴきりと固まる。


 この時、私は自分の状態を忘れていたために、固まってしまった姉を見てどうしたんだろうと首を傾げていた。


「……ねぇ、ルーちゃん?」

「え、何、どうしたのお姉さま?」


 にっこりと笑顔を浮かべたまま首をこてんと傾ける姉。顔は笑っているのに何故か圧力を感じる。


「どうしてルーちゃんは全身泥だらけのまま家の中に入ろうとしてるのかな?」

「泥だらけって……あ……」


 ここでようやく自分の状態に気が付いた私は抜けた声を上げ、無意識の内に後退っていた。


「きっとルーちゃんは今日一日、魔法の練習を頑張ったんだよね?うん、それは偉いし、立派な事だと思うよ。でもね?お家に入る時はきちんと泥を落とさないと駄目、でしょ?」

「う、は、はいっ……ごめんなさい」


 優しい言葉と口調の筈なのに姉からひしひしと伝わってくる圧力に屈した私は泥を落とすべく謝りながら踵を返し、再び外に出る。


 扉を開けてすぐのところで泥を払い、土を落とした後でもう一度家の中に足を踏み入れると、姉が籠を持って立っていた。


「えっと、お姉さま……?」

「服もそうだけどルーちゃんも泥だらけだから水浴びしてくるように。それから服は後で洗っておくからここに入れておいてね」

「え、あ、うん」


 籠を押し渡された私は戸惑いながらも、言われた通りに水場の方に向かう。


 水場の前に籠を置き、服と下着を放り入れてから中に入って備え付けてある椅子の上に座った。


「あぅ……寒っ……早くお湯を作らないと……」


 身震いしながら大きな桶にたっぷりと溜めてある水を魔法で沸かす。


魔法でお湯を沸かせるからいいけど、裸にこの隙間風はやっぱり寒い……。


 ここの集落はある時期になると急激に冷え込み、雪が降る事がある。


 そのため水浴びをする場所が室内に設けられているのだが、水捌けを良くしなければならない関係上、どうしても室内に外気が入ってきてしまうのだ。


「まだ雪が降るような時期じゃないけど、日が暮れると流石に冷えるね……ま、まだ沸かないのかな……」


 そんなに震えるほど寒いなら水浴びをしなければいいと思うかもしれないが、今日に限っていえば姉がそれを許さないだろうし、私個人としても汚れたまま過ごしたくはない。


「━━よしっ、沸いた!後は小さな桶でっと……ふぃ~……温かい……」


 横に置いてある小さな桶でお湯を掬い、体にかけながらほっと息を漏らす。


「ん~……と、あ、あった」


 もう一度、お湯を掬って今度は頭から被った後、大きい桶の縁に掛かっている布を手にとってお湯に濡らし、全身を優しく擦る。


「━━着替えここに置いとくよ」

「あ、うん。ありがと」


 姉に言われるまで着替えの事をすっかり忘れていたから用意してくれたのは本当に助かった。


 最悪、裸で服を取りに行けなくはないが、いくら私でもそれは気が引けるし、たぶん、お姉さまに物凄い怒られると思う。


「このくらいでいいかな……よいしょ……」


 小さな桶にお湯を汲んで体を擦った布を軽く洗って絞り、元の場所に戻してから流して、二、三度頭からお湯を被った。


「ぷはっ……よし、上がろっと」


 濡れて張り付いた髪をかき上げて椅子から立ち上がり、姉が着替えと一緒に用意してくれたらしい乾いた布で髪や体についた水滴を拭き取る。


 大まかに水滴を吹き終えた後、姉が用意してくれた服に着替えた私は髪を拭きながら水場を出て、炊事場の方に足を向けた。


「お姉さま~上がったよ~」

「ん、もう少ししたらご飯もできるからお皿を用意しといてくれる?」

「わかった~」


 言われた通りに棚から食器を取り出して食卓の上に並べていく。


「あ、お母さん達は先に寝ちゃったから用意するのは二人分の食器でいいからね」

「そうなんだ。じゃあこんなにいらなかったね」


 出し過ぎた食器を片付け終えたところで、ちょうど料理が完成したらしく、姉が食卓の上に鍋ごと運んできた。


「良い匂い……もうよそっていいの?」

「いいよ~でもその前に……ほら、しっかり拭かないと駄目でしょ」


 姉はそう答えながら私の後ろに回り、頭にかかったままの布を持ってまだ少し濡れていた髪を拭き始める。


「んぅ……ありがとう」

「どういたしまして……これでよしっ」


 何故かご機嫌な様子で丁寧に髪を拭いてくれた姉にお礼を言った私は鍋から漂ってくる匂いに待ちきれず、食器を持って中を覗き込んだ。


「これはお肉?」

「うん、今日の狩りで大きな獲物が捕れたから野草と一緒に煮込んで汁物にしたの」


 髪を拭いた布を片付けながら姉が答えてくれる。


 この前作ったお菓子もそうだが、姉の作るものはとても美味しい。


 それは他のエルフ達はそこまで手間を掛けない中で姉は色々な調理法を試しているからだろう。


 正直、姉の料理の味を知ってしまったら、他のものが美味しくなくなったと勘違いしてしまう程だ


 現に姉がご飯を作るようになってからは両親もめっきり料理をしなくなった。


「よっと、お姉さまの分もよそっとくよ」

「ん、ありがと。熱いから気をつけてね」


 よそった食器を自分と姉の前に置いてから座り、ほとんど同時に食べ始める。


「……熱っ」


 一口目を口に入れた瞬間、予想を上回る熱さに驚いて反射的に声を上げてしまった。


「だから言ったのにっ……大丈夫?」

「……らいじょうぶ……あふぃがと」


 心配した姉が持ってきてくれた水を口に含んで舌を冷やし、涙目になりながら汁の方を恨みがましく見つめる。


「もう、きちんと冷まさないからだよ」

「う~……らって……」


 誰が悪いかと言われれば、注意を受けたのに冷まさなかった私が悪いのだが、それでも恨みがましく思ってしまう。


「……しょうがないな~……お姉ちゃんがふーふーってしてあげようか?」

「っらいじょうぶらから!ひふんれれきるから!」


 火傷と提案への恥ずかしさからまともに発音出来ない状態で首を振り、慌ててそれを断った。


「そう?遠慮しなくてもいいのに」

「や、へんろとからないから……」


 少し残念そうな反応を見せる姉に戸惑いつつも、水で舌先を冷やす事に集中する。


うぅ……これはしばらく何かを食べる度に痛いんだろうな……。


 そんな考えが頭を過ってなんだか少し憂鬱な気分になってしまった。


 少ししてようやく痛みが治まってところで、まだ湯気が昇り立つ汁の方に向き合い、今度は火傷しないように気を付けて食事を再開する。


「ふぅ……ふぅ……ん、美味しい……」


 息を吹きかけて冷ましながら恐る恐る口に運ぶと、口内にお肉の野生的な旨味と野草の仄かな苦味が広がり、ほっとするような味わいになっていた。


「ふふっ、良かった~。おかわりもたくさんあるからどんどん食べてね」


 優しく微笑み、自分でも一口啜る姉。そこからしばらく他愛のない会話をしながら食事を続けていると、姉がとある話題を切り出してくる。


「━━そういえば、ルーちゃんってやっぱりいつかは森の外に出ようと思ってるんだよね?」

「っ~!?ごほっ!?」


 唐突に切り出されたとんでもない話題に思わず口に含んだ汁が変なところに入り、思いっきりむせてしまった。


「ちょ、ルーちゃん大丈夫?ほらお水飲んで」

「ごほっごほっ……あ、ありがとう……」


 水を受け取って流し込み、呼吸を整えてから姉の方を向く。


「え、えっと、お、お姉さま?その、私は別に……」


 慌てて取り繕おうと言い募り、誤魔化そうとする私に対して姉は誤魔化さなくても大丈夫だよと苦笑いを浮かべていた。


「ルーちゃんがそう思ってるのはなんとなく気付いてたし、怒ってるわけじゃないから落ち着いて、ね」

「う、うん……」


 姉に言われて戸惑いながらも頷き、食事を再開する。


 まさか姉に気付かれていたとは……今、その話を切り出すという事はもしかして下見を画策している事を知られてしまったのかもしれない。


「……初めてルーちゃんと魔法の練習をしたあの日、私が森の外に出るつもりじゃないかって聞いたの覚えてる?」

「……ちゃんと覚えてるよ。死にたくないし、そのつもりはないって答えた事も全部」


 そう言った後、姉には聞こえないくらい小さな声で〝今のところはね〟と呟いた事も鮮明に覚えている。


「……うん……確かにルーちゃんはあの時そう言ってた。だからそれを聞いて私は安心したの……ルーちゃんはあの人みたいにはならないって」


 いつの間にか食べ終えていた食器に目を落としながら姉は続ける。


「……けどそれは気付かないふりをしていただけなんだと思う。気付かないふりをして、目を逸らして、でも怖いから出来るだけ一緒にいるようにして……ルーちゃんが森の外に行かないように見張ってた」

「見張るって……」


 なるほど、道理で毎日姉が魔法の練習やら何やらで私を連れ出していたわけだ。


 確かに姉の狙い通り、そのせいでつい最近まで外に出るための構想を練る暇もなかった。


「……あれ?でも、ここ最近はそこまで一緒に過ごしてないよね」


 休みの頻度が増え、時には朝と夜しか顔を合わせない日だってあったし、そもそも私が今日のように下見の準備を出来ている時点で、姉の目論見は破綻している。


「……そうだね。最近はお休みも増やしたし、無理に一緒にいようとはしなくなったよ」

「それは……どうして?」


 ずっと外に出させないように見張っていた筈なのに一体、どういう心境の変化があったのだろうか。


 私がそう尋ねると姉は困ったような笑みを浮かべながら答えた。


「……この前の模擬戦でルーちゃんの成長が見れたから、かな。まだまだ危なっかしいところはあるけど、今のルーちゃんなら自分の命を危険に晒すような無茶はしないだろうって」

「…………それはちょっと買いかぶり過ぎというか」


 一月前の模擬戦、確かに私は姉に一撃入れる事には成功したし、それは成長と呼べるのかもしれない。


 けれど、あの時の模擬戦で私が使った手段はどちらかといえば無茶の範疇に入るものだった筈で、少なくとも姉が安心するような要素はなかった。


「ううん、そんな事ない。確かにルーちゃんは使ったら魔力切れになってしまう未完成の魔術を使った、けどそれは最悪倒れても大丈夫っていう確証があったからでしょ?」

「それはそうだけど……」


 確かに模擬戦はあくまで模擬戦、失敗しても死ぬわけじゃないと割り切って決めたし、実戦で同じ事はしない。


 けれど、いくら私がそう思おうと模擬戦の中で無茶をしたのは事実で、傍から見れば無茶をしないと言い切れない筈だ。


 それに結局のところあの人を殺した要因も具体的に分からないまま下見を計画している時点で、私は姉の期待に反している。


 そういうのを含めてやはり姉は私の事を買いかぶり過ぎだと思う。


「……別に私は無茶をする事、全部を否定はしてないよ。退く時には退いて、自分の命を最優先にしたのなら、多少の無茶は必要だと思う」


 慎重なのは良いけど、行動の選択が常に逃げ腰なるのは良くないからねと言葉を続ける。


「だからルーちゃんの判断は正しいし、命を危険に晒すような事はしないって信じられるの」

「…………」


 柔らかな笑みを浮かべて真っ直ぐこちらを見つめる姉の視線に耐えきれずに思わず目を逸らしてしまう。


「……ルーちゃんが森の外に出ようとするのなら私は止めない。だってそれはルーちゃんが決めた事で、その危険性もきちんと分かってるだろうから」

「お姉さま……」


 目を伏せ、そう言った姉は物憂げな笑顔で物凄く寂しいけどねと言葉を付け加える。


「……さ、お話はここまで。料理がすっかり冷めちゃったから温め直すね」

「え、あ、うん……」


 手を軽く叩いて話を打ち切った姉は、ぱっと表情を切り替え、そのまま鍋を持って炊事場の方に行ってしまった。


……下見の事、お姉ちゃんに相談した方が良かったのかな。


 さっきまでの話から姉は私が外に出る事に反対というわけではないという事が分かった。


 それなら次の休みに下見をしようと考えている事を言ってしまった方が隠す必要もなくなるし、姉に同行を頼むという選択肢も増える。


 あの人を死に追いやった要因が不明な以上、姉と一緒に行った方が安全なのは明らかで、むしろ言わない理由を探すのが難しい。


「……ううん、やっぱりそれじゃ駄目。お姉ちゃんに余計な心配は掛けたくない」


 いつかは外に出るとしてもそれはまだ先の話。まだ下見の段階で話さなくてもいい。


 それに全部を自分が、なんて思ってはいないけれど、それでもなるべくなら頼らないようにしないと、そのまま頼りきりになってしまいそうで怖かった。


「━━はーい、温め直してきたよっと……ルーちゃんどうかしたの?」

「……別に何でもないよ。それよりおかわりもらってもいい?」


 私の表情が気になったのか、そう聞いてくる姉に首を振って返し、空になった食器を差し出す。


「うん、もちろん。はい、お肉いっぱいよそっておいたからね」

「ん、ありがと」


 食器を受け取って手元に寄せ、息を吹き掛けながら冷まして再度食べ始める。


 結局、私は下見の話を告げないまま食事を終え、それからもその話題を口にする事はなかった。




━━もしこの時、お姉ちゃんに全部を話していたらと、この先何百年も後悔する事になるなんて、当時の私には知る由もなかった。


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