第196話 最悪の状況と致命の一撃
絶望の魔女レイズの敗北。
この戦いが始まった時点でその可能性は考慮していたけれど、実際に彼女が敗北する様を見る事になるとは思わなかった。
「――――これでようやく邪魔者は片付いた。次はお前達の番だ」
無表情ながら向けられる視線からは明らかな殺意を感じる。
たぶん、ルーコちゃんはそれだけ神に大打撃を与えたのだろう。
だからこそ執拗に狙ってくる。確実に息の根を止めるために。
「っ悪いけど、ルーコちゃんはやらせないよ。たとえこの命を懸けてでも、ね!」
ルーコちゃんの治療を最低限の延命に留め、全能力を堅守防衛へと回す。
相手に瞬間移動能力がある以上、ただの防壁だけでは足りない。
私とルーコちゃんを包むように触れたものを凍らせる層を創り出し、その外側に触れるものを切り刻む風の領域を展開。
それより外側を最高硬度の壁を幾重にも生成した。
……私の実力がレイズに劣っているとは言わない。
けれど、こと戦いに関して彼女に勝る者はいないし、正直、実際に戦えば良くて引き分けがいいところ……そんな私が真正面から戦ってあの神を倒せるとは思えなかった。
だからもう手段を選んでいる余裕はない。
かといって治療と防御に力を割いている今、派手な攻撃はできないし、そもそもルーコちゃんを巻き込むような現象を引き起こすわけにはいかない……なら――――
最高硬度の防壁を壊し、真正面から向かってくる神は吹き荒れる風も凍てつく空気さえも振り払う。
おそらく、この程度の規模で自然現象を再現しようとアレには通じない。
それなら再現するべきはもっと凶悪な現象。必要なのは無駄に破壊を拡げず、最小限の範囲で最大限の効果を発揮するものだ。
「――――これで潰れろ!」
眼前へ迫っていた神に対して手掌を向けたその瞬間、目に見えない圧力が上から降り注いだ。
「っ……!?」
凄まじい圧力が大地を割り、対象である神を地面へとめり込ませる。
「ッまだだ、まだ……!!」
魔力をさらに込めて出力を上げ、本気で圧し潰すつもりでその現象を発生させ続けた。
「ま……さか……人……が……この……現象を……操……る……とは…………」
圧力を受け続けながらも無理矢理、口を開いた神は僅かな驚きを滲ませる。
私が現象として出力したのは異世界から持ち込まれた重力という概念だ。
持ち込まれたといっても私が生まれる以前の話ではあるし、知られていなかっただけで現象そのものはこの世界に存在していた。
まあ、私自身、そこまで詳しく知っているわけではないけれど、この現象がこういうものだという事を理解していれば再現できる。
このまま……一気に圧し潰す…………!!
重力は強力な現象ではあるが、手札として知られた以上、次は警戒されるだろう。
だから二度目はない。
抜け出される前に仕留めきるべく、ありったけの魔力を込めて出力を上げた。
「――――――――!」
醒花状態の魔力を存分に注ぎ込まれた重力はその凄まじい威力故に大気を震わせ、空間に稲妻が走る。
並の……いや、相手が何であろうと、ここまでの重力を受ければ生き物としての形すら保てず、圧死するはずなのにソレは潰れるどころか、まるで順応するかのように少しずつ動き始めた。
「っこの重力下でまだ……!?」
「少……々……驚いた……が、これで……終わり……か……」
動くどころか、立ち上がる素振りすら見せる神に思わずそんな言葉が漏れる。
いくら神といってもその身体は人のもの……超重力に耐えれるはずがない。
けれど、こうして実際に耐え、立ち上がろうとしている時点でありえないという考えを改めるべきだろう。
……レイズとの戦いで起きた変化が身体の構造を変えた?だとしたら――――
信じ難い出来事への動揺。時間にしてみればほんの一瞬だが、その一瞬の隙が命取りだった。
「しまっ――――」
僅かに緩んだその瞬間、神は重力下から脱出し、一気に距離を詰めて鋭い一撃を放ってくる。
その狙いは私ではなくルーコちゃんだ。
っアレに対して防壁やただの現象は防御になりえない……ッこうなったら一か八か…………!!
防げないと判断した私はルーコちゃんと神との間に割り込んだ。
「…………人という生き物は本当に愚かだな。その行動に何の意味がある?」
冷めた言葉に私は返すことができない。ルーコちゃんを狙った神の一撃は私の身体……胸の中心を穿ち、貫いていた。
「がっ……ふ…………」
走る激痛と焼かれるような熱さを感じる。たぶん、これは致命傷だ。
かろうじて内臓は機能しているみたいだけど、ルーコちゃんと同様に胸を刺し貫かれてしまっている以上、出血死からは逃れられない。
そして私が倒れてしまえばルーコちゃんは殺され……いや、治療が途切れる時点で命はないだろう。
だからこそあの神は私の行動に対して意味があるのかと疑問を口にした。
確かにこうなってしまえば共倒れ……だけど、あの状況でルーコちゃんを守るためにはこの方法しかなかった。
「つまらない幕引きだ……まあ、面白さなど求めていないが」
血で濡れた手を雑に引き抜いた神はそう吐き捨てると、私達を一瞥して目を細める。
「……このまま放っておいても死ぬだろうが、万が一の可能性は摘み取らせてもら――――」
「っさせるかぁぁぁ!!」
神が私達に止めを刺そうと掌を向けたその時、派手に吹き飛ばされて戦闘不能になったはずのレイズが横合いから飛び出し、ソレに蹴りを叩き込む。
完全に予想外の不意打ちはさしもの神も、対応できなかったらしく、まともに蹴りを食らって大きく吹き飛ばされた。
「ごふ……レ、レイズ……無事……だった……の…………」
「はぁ……はぁ……これが無事に……見えるか?というか、俺より……自分の心配をしろ」
全身ボロボロで立っているのもやっとに見えるレイズだが、彼女の言う通り、私の方が重症……否、致命傷だった。
「は……は……もう……手遅れ……だよ……分かる……でしょ?それ……より……動ける……なら……ルーコ……ちゃんを……」
「抱えて逃げろってか?お前を置いて?ハッ……それは無理だな。個人的に気に入らないというのもあるが、そもそもアレを相手にこんな状態で逃げられる訳がないだろ」
レイズのいう事はもっともだ。
ただでさえ、逃げ切れるかどうか分からない相手に自身はボロボロ、それも瀕死のルーコちゃんを抱えてとなれば、なおさらだろう。
「大……丈夫……私が……足止め……する……から…………」
「……今にも死にそうな状態で足止めも何も――――」
「だから……だよ……死にかけ……うう……ん……死ぬ……からこそ……できる……こと……が……ある…………」
私はもう助からない……それなら命を賭して二人を逃がす。
覚悟を決め、口の中に溜まった血を吐き出した私は今にも途切れそうな意識を気合で繋ぎ止めながら最後の詠唱を口にした。




