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〝凡才の魔女〟ルーコの軌跡~才能なくても、打ちのめされても、それでも頑張る美少女エルフの回想~  作者: 乃ノ八乃
第四章 魔女のルーコと崩壊への序曲

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第195話 師としての矜持と血塗られた希望


 この土壇場で頭に浮かんできた過去に()は思わず自虐の笑みを浮かべる。


 別に忘れていた訳でも、忘れようとした訳でもない。


 そもそも、()()()()()()()を名乗っている以上、否が応でも過去はついて回る。


 その凶行が知られていなくても、俺……いや、()があの人を殺した事に変わりはない。


 今更、世間の評価がどうだとか、気にはしないし、誰に何と言われようと関係ない。


 悦楽を求めて戦場を駆けてきた絶望の魔女たる私……()があの人や殺されたみんなの分まで生きるなんて綺麗事を言えた義理じゃないのは分かっている……けれど、このまま弟子の一人も守れずにただ死ぬ訳にはいかないだろう。


「……どうした?気でも触れたか?」


 虚空を見つめたかと思えば、唐突に笑みを浮かべるという奇行を前に神気取りの化け物がそんな疑問をぶつけてくる。


「…………さあ?どうだろうな。今し方、浮かんだ光景に自分でも分からなくなったよ」


 ありていに言えばあれは走馬灯というやつだと思う。


 今まで様々な死闘を経験してきた中で一度もなかったという事はここが俺にとっての分水嶺……文字通りの命が掛かった戦いだ。


「……どうやら本当におかしくなったようだな。切り札も通じず、為す術もないとなれば無理はないか」


 俺の言葉をどう受け取ったかは知らないが、化け物は納得したように頷くと、こちらに手を向ける。


 おそらく、止めを刺そうというのだろう。もしかしたら俺が諦めたとでも思ったのかもしれない。


「……ハッ、何を勘違いしてるんだ?生憎と俺は諦めるつもりなんて毛頭ない。次でお前を仕留める」


 覚悟を決め、過去を呑み込み捻じ伏せた俺は戦いの中で一度たりとも使わなかったその魔術を行使した。


――――『希望の血魄装(ホーブドラフィルト)


 呪文と共に魔力を発露。瞳から血涙が溢れだし、純白の衣装(ドレス)を真っ赤に染めていく。


 そして現象はそれだけに止まらず、衣装を伝って地面へと拡がり、辺り一面を血の海へと変えた。


「……随分と奇怪な魔法に見えるが、それで攻撃するだけか?」

「ハッ、当たらずとも遠からず、だっ!!」


 言葉を言い終えるか否かの瞬間に思いっきり踏み込んで距離を詰め、拳を握って振り抜く。


「っ!?」


 それは一見、ただの拳打……というか、本当に力を込めて振り抜いただけだが、その一撃は化け物の顔面を確かに捉え、吹っ飛ばした。


「どうした?俺の拳をかわせない事がそんなに不思議か?」


 挑発を口にしながら何度も拳、あるいは蹴りを繰り出すと、その全てが面白いように化け物を捉える。


 さっきまでの差を考えれば信じられないような光景だが、これにはもちろん種も仕掛けもあった。


「この、血、が…………」

「ああ、そうだ。この血の海……いや、流れ出した血液は触れた相手の魔力と気力を吸い取る。もうお前は動く事もできない」


 打撃を受け続けながらも、疑問を口にした化け物に対して答え合わせをしてやる。


 これは希望の魔女の力……本来なら自分ではなく相手の血液を介して行使するもの。


 けれど、それはあくまで若さを吸い上げて老いを遠ざけるため……おそらく、こういった使い方もできたはずだ。


 魔力をよく通す血液を体内で増強、生成し、周囲へと展開、その領域に足を踏み込んだ者、あるいは触れたものとの繋がりを作って吸いとり、自身の力に変える。


 つまり、時間が経てば経つほどにこちらの力は増し、相手の力は削がれていくという事だ。


「この、程度――――」

「無駄だ。お前が抵抗すればするほど俺は強くなる。このまま倒されるまで殴られ続けてろ」


 これまで使ってきた力の再現と比べれば見た目の派手さはないし、現状の攻撃手段も打撃と地味だが、魔力だけを吸って燃える『灼熱の羽衣(ハウルフェノイア)』と違い、無理矢理吹き飛ばす事はできない。


 何十発、何百発と打撃を叩き込む俺に化け物は防戦……いや、防ぐ気力すら吸いとられ、無防備なまま殴られ続けた。


 殴っても殴っても表情一つ変えない化け物に正直、効いているのかと疑いそうになったが、俺の攻撃は着実に相手を削っている。


 最悪、打撃が通らなくなったとしても魔力と気力を吸い取りきってしまえば無力化できる筈だ。


「――――なる、ほど、そう、いう、仕組み、か」


 攻撃を受け続ける中で呟く化け物。たとえ仕組みを理解されようと、この状況をひっくり返す事はできない。


「ハッ、今更だな。もうどうする事も…………?」


 圧倒的な優位、ひっくり返る筈のない状況、にもかかわらず、背中に悪寒は走った。


 確たるものは何もなく、いうなれば戦場を渡り歩き培った勘とでもいうべきものがこのままではまずいと警鐘を鳴らしている。


 しかし、だからと言ってその正体も分からないままではどうする事もできず、俺は繰り返すように打撃を叩き込み続けた。


 そしてそこから何十発と繰り出した辺りで嫌な予感は最悪の形で的中する。


「なっ!?」


 受け続けるだけで最早、抵抗する力も残っていない筈の化け物が俺の放った打撃をいとも容易く受け止めた。


 現状、化け物の力を吸って威力を上乗せされた俺の打撃は一撃で大地を割り、空気を震わせる。


 まとな相手なら一発どころか、掠っただけでも消し飛ぶ威力の打撃……いくら化け物だろうと、弱った状態でそんなものを受け止めきれる訳がない。


「……攻撃を受け止められた事がそんなに不思議か?」


 攻撃を受け止めた化け物がそう問うてくるが、俺はそれを無視して思考を巡らせる。


『希望の血魄装』が正しく機能しているのなら攻撃は防げない……なら答えは一つ――――


「……魔力と気力が吸い取れていない?いや、これはむしろ――――」


 醒花はまだ持続中、再現も解いていない筈なのに現象が引き起こされない理由は分からない。


 けれど、結果としてこちらの優位が揺らぎ始めているのは確かだった。


「――――気付いたようだな。詳細は分からないが、その力は私とお前との間に繋がりを作り、そこから干渉するのだろう?ならこちらから逆に吸い取る事も可能というわけだ」

「ッそんなこと…………」

「まあ、本来ならそんな芸当はできなかった……いうなれば連度不足。つまるところ、敗因はお前という訳だ」

「…………!」


 化け物の言葉に思わず押し黙ってしまう。確かに『希望の血魄装』を使ったのはこれが初めてに近い。


 忌まわしい……とまではいかないが、自身の人生を変えた過去に起因する力。


 元来の使用用途も相まって使う事を忌避していたが、ここにきてそれが裏目に出るとは思わなかった。


「……さて、もう手札は使い切ったようだな。それでは今度こそ、終わりにさせてもらおうか」


 衝撃と後悔によって生じた一瞬の隙を化け物は見逃さない。


 今までのお返しと言わんばっかりに振りかぶり放たれた一撃をまともに受けてしまった俺は血反吐を撒き散らしながら大きく吹き飛ばされてしまった。



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