第194話 天災を屠る一撃と掛け値なしの化け物
レイズの醒花は適応……それは相手の魔力を食らって無力化するだけのものじゃない。
単純に纏って攻撃する事はもちろん、今まで食らった魔法や技を吐き出す事もできる。
流石に詳細までは知らないけど、あの衣装の変化を見るに無制限という訳ではないだろう。
おそらく、同時に吐き出す事はできず、一度、切り替えてしまうと、同じものは使えないくらいの制限は掛かっている筈だ。
けれど、それを差し引いても破格の性能……適応の醒花を纏わせる事もできると考えればあまりにも無法といえた。
「……そんな力を以てしても、殺しきる事ができないなんて……無茶しないでよレイズ」
炎に包まれてなお、息絶えるどころか、苦しみ悶える様子すら見せないソレと対峙するレイズへ一瞬、視線を向けつつ、未だに危険な状態を抜け出していないルーコちゃんの治療に専念する。
「…………俺の醒花が付与されている以上、その炎はお前の防壁ごと焼き払うはずなんだがな」
消えない炎に包まれながらも平然と立っているソレに半ば呆れたような声を向けるレイズ。しかし、そんな声とは裏腹にソレを見据える表情は硬い。
「……心配しなくとも、お前の攻撃は私の防壁を無力化している。なるほど、対象の魔力を食らいながら燃える炎とは中々に常軌を逸した魔法だな。確かに厄介ではあるが、こうしたらどうなる?」
焼かれながらも、なんら変わりなく喋り続けるソレは内から凄まじい魔力を放出、力の奔流が炎を吹き飛ばした。
「…………魔力を食らう炎への対処法は食らうよりも先に膨大な魔力で吹き飛ばす……理論上では可能だが、できるかどうかは別だろ、人外め」
「それは誉め言葉か?それとも――――」
くだらない問いかけへの返答として純白の衣装が裾からもう一段階、黒く染まり、レイズが再び加速する。
通じないと見るや、すぐに切り替える判断の早さは流石の一言に尽きるが、果たしてソレを相手に通じる手段がいくつ残されているのだろうか。
――――〝聖技・天墜落〟
レイズは上段に構えた戦斧を凄まじい勢いで振り下ろす。たったそれだけの動作だが、引き起こされた現象はあまりに破格だ。
振り下ろされる戦斧と同時に降り注ぐのは黄金の輝き。物理的な質量を伴ったそれは戦斧の速度と寸分違わず迫り、標的を焼き潰さんとする。
「……随分と派手な技だ。それに相応の圧もある……だが、面での制圧は今の私には悪手だな」
降り注ぐ輝きに片手を向けたソレは魔力を込めた衝撃波を放ち、レイズの攻撃を霧散させてしまった。
「――――だろうな。だからこそお前の意識はそこに向く」
「っ!」
輝きと共に戦斧を振り下ろしていた筈のレイズがいつの間にかソレの背後に回り、手を開いたまま指を揃えて構える。
「……〝星嵐・晴静崩天〟」
円を描くように流れるが如く軌跡をなぞった両の掌打がソレの胴体を捉えると同時にきらめきが爆ぜ、凝縮された暴風が防御を突き破って炸裂。
ソレの身体が凄まじい勢いで吹き飛んだ。
レイズの攻撃はそれだけで終わらない。
雷と化して吹き飛ぶソレと並走、そのまま空中で回転し、掬い上げるように掌打を放つ。
その一撃は先程と同様の威力を秘めており、抵抗する間もなくソレは天空へと打ち上げられた。
――――〝星嵐・星穿ち〟
空へと打ち上がったソレを見据えたレイズは再び両手の五指を揃えて開き、風車のようにその場で一回転。空気を叩くように天へと掌底を撃ち出す。
瞬間、周囲の空気が震え、流星のような一筋の光が天を駆け上る。
見た目の派手さならここまでに放った技や魔法の方が上かもしれないが、放たれた流星に内包される力は比較にならない。
あの一撃は歴代の中でも最強と謳われた〝静嵐の拳王〟の技。
噂でしか聞いた事はないけど、かの拳王は拳一つで町一つを壊滅させんと迫る嵐を吹き飛ばしたらしい。
もしその噂が本当だとしたらレイズの放った一撃は天災をも消滅させる威力を秘めているという事だ。
流星は対象を撃ち抜き、天すらも穿って空の彼方へ消えていく。
「っはぁ……はぁ……はぁ…………流石に……これは堪えるな…………」
掌底を振り抜いた格好のまま肩で息をしているレイズが表情を歪めて呟く。
その立ち回りから勘違いしそうになるがレイズはあくまで魔女。
確かに今までレイズは戦場を駆け、あらゆる相手を戦斧で薙ぎ払ってきたが、根本的には魔法使いだ。
近接職……それも最上位の称号持ちの技をああも連発して使えば掛かる負担は計り知れず、加えてここまでの戦闘で受けたダメージ、疲労だってある。
いくらレイズが強くてもそれらを無視する事はできない。
よくよく見れば衣装の裾からまたもう一段階、黒く染まっており、今ので〝静嵐〟の力も使い果たしたようだった。
「いくらあの化け物でもあれをまとも受けたら跡形も残らない――――ッ!?」
決着がついたと思ったその時、背後に悪寒を感じて咄嗟に防壁を展開する。
辺りに響く甲高い金属音。そして私が展開した防壁に深々と刺さるソレの貫手が視界に入った。
「……上手く仕留めたと思ったんだがな。まさか反応されるとは」
「ッ――!!」
突如として現れたその脅威を振り払わんと最速で展開できる風と土の現象を引き起こしてソレへと仕掛けつつ、ルーコちゃんを連れて距離を取る。
っさっきの一撃を受けて無傷!?いや、瞬間移動で避けたって事?
混乱しそうになる思考をどうにか落ち着かせ、ルーコちゃんの治療を途切れさせないように注意を払いつつ、ソレと向き合った。
「それも醒花というやつだったな。厄介だが、いつまで持つか――――」
「っお前の相手はこの俺だろうが!」
ソレと私の間に割って入ったレイズが戦斧を振り回す。
無論、そんな攻撃が当たる筈もなく、簡単に避けられてしまうが、おそらくそれも織り込み済みだろう。
実際、レイズはあえて振りを大きくし、ソレとルーコちゃんを引き離すように立ち回っているように見えた。
「どうした?随分と苦しそうに見えるぞ」
「ハッ、その目は節穴か?生憎と元気ハツラツだっ!」
地面を割り、捲れ上がった土や岩で即興の目晦ましを作ったレイズは魔力を込めて思いっきり戦斧を振り抜く。
バチバチと帯電しながら凄まじい勢いで振り抜かれる戦斧に対してソレが取った行動は至極単純なもの。
勢いよく迫る戦斧の刃を片手で掴み止める……それだけだ。
「……その割には先程よりも威力が落ちているように見えるな。さっきまでの勢いはどうした人間」
「ッ!?」
片手で刃を掴んだままそんな台詞を口にしたソレはそのままレイズの胴体に蹴りを叩き込み、彼女を大きく吹き飛ばした後、意趣返しと言わんばかりに追撃。連続して打撃を叩き込み、止めに無数の火球を放った。
すでにここまでの戦闘でボロボロになっていたレイズに襲い掛かる暴力と魔法。彼女がどれだけ強く丈夫だといっても、限界が近いはずだ。
「どうせまだ生きているのだろう?さっさと立ったらどうだ」
土と炎から発生する煙の先へ声を向けたソレ。
悠然とした態度からは今までの戦いで負った傷や疲労がまるで感じられない。
「ゔっ……げほっゴホッ……プッ…………つくづく……化け物……だな……あの……連携で……仕留め……られない……か……」
そんな相手に対して血反吐を吐き、悪態をつくレイズは最早、満身創痍……立っているのがやっとに見えた。
「ふむ、確かにさっきの連携は中々だった。斬りかかってくると思わせて残像のようなものでこちらの目を欺き、死角から攻撃を仕掛ける……最後の一撃も威力としては申し分ない。まあ、私を殺すには至らなかったがな」
「…………」
べらべらと語るソレにレイズは一切の反応を見せず、肩で息をしながら虚空を見つめる。
その様子はまるでここではないどこかに意識を向けているようだった。




