第193話 絶望の魔女と適応の本領
「っ……全く……ばかすか……殴った上に……馬鹿……みたいな魔法……は……流石に……きつかった……ぞ」
途切れ途切れに言葉を口にしたレイズは血の塊を吐き出した後、大きく息を吸い込む。
すると、傷だらけなレイズの身体がみるみるうちに回復していく。
「なるほど、その回復能力と適応の組み合わせで一種の無敵を作り出していたというわけか」
納得したように頷くソレに対して完全に傷を癒したレイズは忌々しそうな表情を浮かべる。
「…………別に隠していたわけじゃあるまいし、その程度、知られたところでどうとでもなる」
「だろうな。突破する方法が分かったところで要求されるのは回復を上回るほどの火力、それも初撃で消し飛ばさなければいけないとくれば最早、人には不可能に近い」
「ハッ、まるでお前には可能と言いたげな口ぶりだな」
たとえ劣勢だろうと、態度を崩さないレイズだったが、次の瞬間、再び驚愕に目を見開く事になった。
「――――その通りだ。お前も分かっているだろう?」
発動の兆候すらなく、一瞬にしてレイズの背後を取ったソレはそんな台詞と同時に奇襲。
鈍い音と共にレイズの肩が砕け、再度、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。
「っレイズ……!」
またしても空中で打撃を叩き込まれ続けるレイズを助けたい気持ちはあっても、今、私がここを離れるわけにはいかない。
僅かでも治療の手を緩めればルーコちゃんが保たないのだから。
「ーーーーふむ、やはり肉弾戦では埒が明かないか。ならこれはどうだ」
打撃では仕留めきれないと考えたソレはレイズをさらに吹き飛ばすと、彼女に向けて指を弾いた。
ぱちんという音と共に放たれたのは冷気を孕んだ魔法。
見た目にそこまで派手さはないが、込められている魔力から察するに当たれば一瞬で氷漬けになってしまうような代物だろう。
しかし、レイズはすでにソレの魔法を食らい、適応している。
まして先程と放ったのと同様の属性である氷の魔法ならすでに完全耐性を得ている……筈だった。
「ッ!?」
その違和感にレイズが気付けたのは今までの戦いで培った経験からくる直感故だ。
適応の絡繰りを知っている以上、効かないと分かっている攻撃を放つ程、ソレの頭が回らないとは思えない。
ならその意図は状況の打開……つまり、この攻撃はレイズに対して何らかの効果を見込めるという事になる。
直感でそう判断したレイズが寸前のところで回避するも、服の端が掠ってしまい、その部分から凄まじい速度で凍りついていく。
「チッ!」
凍りついた部分を破り捨て、距離を取るレイズ。適応を突破されたにも関わらず、冷静に対処している辺りは流石だが、ここにきて防御を突破されたのはまずい。
「やはりな。その適応は魔力の波長を読み取って同調、無効化する仕組み。なら波長をずらせば当たると踏んだが、当たったらしい」
動きを止め、照らし合わせるように自らの考えを口にするソレ。
正直、魔力の波長をずらすなんて芸当、人間には不可能だ。
言動から察するに別段、答え合わせを求めている訳ではないようだが、最早、確信を持っている様子のソレは再び指を弾いて攻撃を放った。
「ハッ、適応を掻い潜ったところで当たらなければいいだけの話だ。攻撃が届くよりも早く俺が仕留める」
「それができるのならこの状況にはなっていないだろう?それとも、まだ何かあるのか?」
言外にもう何もできやしないだろう?と問うソレに対してレイズの返答は味方である私から見ても凶悪と言わざるを得ない笑みだった。
「……醒花は魔女にとっての切り札だ。今まで私はその力をほとんど防御にしか割いていない……それを攻撃に回したらどうなると思う?」
瞬間、レイズの内から純白の魔力が溢れ出し、彼女の全身を染め上げていく。
「ーーーー『絶天真花』」
自らの名を冠した鍵言と共に純白の魔力が絢爛な衣装へと形を変え、その余波が彼女の身体にも変化をもたらす。
漆黒のような黒髪と瞳、その半分を白く染め、純白の衣装を身に纏ったレイズ。
奇しくも彼女の教え子であるノルンの切り札と似通った姿となったレイズは巨大な戦斧をくるくる振り回して腰だめに構えた。
「……さあ、ここからの俺はさっきまでとは違うぞ。〝瞬天・二元断〟」
宣言と共にレイズの姿が消え、閃光のような二つの瞬きがソレの首を刎ねんと襲い掛かる。
「っ!」
先程までとは質の違う速度から放たれた絶技を前にソレは僅かに目を見開くも、寸前のところで回避に成功する。
しかし、レイズの攻撃はそこで止まらず、戦斧を下から突き上げるように振り、それとほぼ同時に返す刃で上から斬り下ろした。
「……かわされたか。まあ、最初からこれで仕留められるとは思ってない」
上下の同時攻撃にも反応し、避けて見せたソレだが、レイズは特に気にした様子もなく戦斧を上斜めに構える。
「…………その動き、魔法使いのものではないな。元から気はあったが、今のは完全に剣士のそれだ」
「ハッ、ご明察。これはかつて〝剣鬼〟と呼ばれた男の技だ。一刀にも関わらず、あまりの速さにその太刀筋が同時に襲い掛かる連撃……それが〝瞬天〟。そして、これがその秘奥――――」
疑問への返答と同時にレイズの姿が再び消え、ソレへと肉薄、一瞬の煌めきと共に八つの剣線が放たれる。
――――『瞬天・八首落とし』
同時に襲い掛かる八つの斬撃一つ一つに適応の醒花が乗っているため、先程のように避けるか、膂力で受け止めるしかない。
けれど、どれだけ膂力が強かろうと、二本の腕で八つの同時攻撃は防げず、回避しようにも洗練された速度がそれを許さない。
つまり、この攻撃は当たる……はずだった。
「……受け止めきれず、避ける事もできないなら多少の被弾覚悟で突っ込む、か。随分と泥臭い神様だな?」
「それが最適解ならそうする。実際にこうされると困るだろう?」
八つの剣閃に突っ込んできたソレはそんな事を口にしながら起こりの見えない動作で貫手を繰り出してくるが、レイズは特に焦った様子もなく、戦斧を操ってそれを弾き、距離を取る。
「その状態でも攻撃を受ければ傷つく事が分かっただけでも十分。次だ」
戦斧を両手で持って掲げたレイズのそんな言葉と共に純白の衣装、その裾が少しずつ黒に染まっていく。
「……これ以上、面倒な事をされる前に潰させてもらおう」
その変化に対して危機感を覚えたのか、ソレは開いた距離を一気に詰めようとするが、それよりも早くレイズの口が動いた。
――――『灼熱の羽衣』
呪文と共に顕現したのはこれまでの魔術とは毛色の違う現象。薄い炎の幕が距離を詰めようとしてきたソレを包み込む。
「これは――――」
炎の幕は対象にまとわりつき、魔力を食らいながらその身体を燃やし続ける。
それは一度、燃焼が始まってしまったが最後、対象が燃え尽きるか、魔力が尽きるまで燃え続ける……かつて〝炎姫〟の二つ名で呼ばれた魔女の代名詞となる凶悪な魔術だった。




