第191話 絶望の魔女と弟子が残した爪跡
〝絶望の魔女レイズ・ドータ―〟
最上位の称号である魔女……その中でも群を抜いた実力を持つ彼女の逸話は枚挙にいとまがない。
因縁をつけてきた貴族を屋敷ごと薙ぎ払っただとか、王族にしつこく求婚されて最終的に城ごと消し去っただとか、強敵と戦いたいという理由だけで一国に喧嘩を売って暴れ回った末に満足した様子で去っていっただとか、真偽の分からない噂とも取れるとんでもない内容なものも多く、それだけで彼女がいかにぶっ飛んだ存在であるかが分かるだろう。
そんな彼女の逸話で一番有名なのはやはり師である魔女を殺してその地位を得たというもの。
もちろん、当事者でない以上、師匠と弟子の間にどんなやり取りがあり、何故、殺し合いにまで至ったかは分からない。
けれど、事実として師である魔女は死に、レイズ・ドーターが新たなる魔女となった。
そして、その二つ名の通り、彼女と相対した相手は理不尽と恐怖を前に心を折られて膝を折る……故に絶望の魔女。
その本領は驚異的なまでの暴力ではなく、あらゆる事象への適応にあった。
「――――なるほどな、ようやく見えてきた。お前には魔法攻撃が効かないらしいな。出力の問題か、そのものを弾くのかは分からないが……もう慣れた」
攻め手を緩めることなく、魔法現象と共に戦斧を振り回し続けたレイズがさらに一歩踏み込み、加速。逆袈裟に戦斧を薙いだ。
「っ!?」
無表情を崩し、目を見開く化け物。
それもそのはず、さっきまで物理攻撃は受け止め、魔法攻撃を無効化していたにもかかわらず、レイズの一撃はその全てをあっさりと掻い潜ったのだから。
「……お前の防御は魔法無効と異次元の強化魔法による耐久によって成り立っている。物理、魔法問わずに醒花状態の攻撃を防ぐ時点で破るのは困難だろう……俺以外ならな」
「何を……」
表情を戻し、口を開こうとする化け物の言葉を遮るようにレイズは続ける。
「受けた、あるいは防がれた攻撃の性質を解析して無効化する……それが俺の醒花。最初の牽制に放った魔法で一発、先程までの攻防で数発、もうお前の魔力には適応したって訳だ」
「適応……たかだか人間如きが随分と調子に乗っているな」
「たかだか人間、か。なるほどなるほど……掴めてきた。ルーコと似た容姿にその言動、お前は奴の姉……いや、その身体を操っている高尚な存在ってところだな」
獰猛な笑みと共に見抜いてやったという顔を向けるレイズ。
おそらく、挑発の意味もあったのだろうが、化け物は変わらずの無表情でレイズへと視線を向けていた。
「……別に隠している訳でもない。私はお前達の言うところの神という存在に当たる。間違っても化け物ではない」
「ハッ、なんだ?化け物呼びを気にしていたのか?神を名乗る割には随分と小さい事を気にするんだな」
「…………幼稚な問答だ。これ以上――――」
「その無表情で誤魔化せているつもりならちゃんちゃらおかしいな自称神。たかだか一、人間の言う事も聞き流せないなら器が知れるぞ?」
「…………」
綻びを見つけたかの如く、煽りに煽るレイズへの返答は無言の一撃。
表情こそ変わっていないが、レイズの言う通り、内心では相当頭にきているのかもしれない。
「どうした?動きが単調になっているぞ自称神。口では言い返せないから暴力に訴えるのはクソガキのやる事だぞ」
「…………」
「会話には応じないと……なら勝手に喋らせてもらおうか」
確かに傍から見ても自称神の攻撃は先程までとは違い、明らかに精細を欠いている。
その原因がレイズの言葉によるものなのかは分からないが、効果があると判断したらしいレイズは自称神の攻撃を受け止め、かわし続けながらニヤリとさらに口の端を吊り上げた。
「……ここに到着するまでの最中、強大な魔力のぶつかり合いを感じた。まあ、そもそも遠目からでも天災みたいな魔法が見えたから感じるも何もないが、あれはルーコの醒花によるものだ」
「…………」
「大方、醒花を使い尽くした末の魔力切れの隙を狙われたんだろうが、あれでも俺の弟子だ。あいつが何もできずにやられるわけがない。状況的に見てもそれは明らか……と、長くなったが、何が言いたいのかっていうとだな…………お前、ルーコにやられた傷が響いてるんだろ?」
核心を突くようなレイズの言葉に自称神の動きが僅かに揺らぐ。
「…………大した妄想だな。私のどこにそんな傷がある?」
「物理的な傷じゃない。お前の内側……その身体を操るための繋がりみたいなものの話だ。その雑な動きは俺が散々煽ったのもあるが、それ以上にルーコの与えた影響が大きい……違うか?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取るぞ。道理で感じる圧力の割に出力がお粗末なでチグハグわけだ。どれだけ力があろうと、使えなければ意味がない……今のお前なら確実に屠れる」
高速の攻防……その最中での言葉の応酬はレイズの有利に働いている。
自称神の動きは精彩を欠き、魔法を無効化する防御が醒花によって意味を為さない以上、レイズが押し切るのも時間の問題だろう。
「――――驕りが過ぎるぞ人間風情が」
このままレイズの勝利で終わるかと思ったその時、響く声と共に自称神の姿がかき消える。
それは速度が上がっただとか、そういう話ではなく、文字通りその場から姿が消え、一瞬にしてレイズの背後を取った。
繰り出されるのはルーコちゃんの胸を貫いた必殺の魔手。完全に意表を突いたその一撃は過たず、レイズの片目へ吸い込まれるように放たれる。
さしものレイズも気付いてからではかわせない速度……けれど、それはあくまで醒花状態でなければの話だ。
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ自称神」
「ッ……!」
醒花状態のレイズは文字通りの雷速で動く事ができる。
背後から聞こえるそんな台詞に再び自称神の無表情が崩れ、驚愕に染まった。
温存してきた、あるいは無理をして出した必殺の一撃をかわされ、意趣返しのように後ろを取られたのだからその反応も当然だろう。
そして無論、背後を取り返しただけでレイズが止まる筈もない。
自称神の首を刎ねんと凄まじい速度で戦斧を振り抜く。
「ハッ……まだかわす余力があったか。まあ、いい。どうせ種は割れた。お前のそれは速度ではなく、単なる瞬間移動だ。分かってしまえばどうとでも対処できる」
「減らず口を……対処できるというならやってみるがいい」
瞬間、再び自称神の姿が掻き消え、バチリという稲光と共にレイズの姿もまた、掻き消える。
瞬間移動と雷速……人知を超えた速度域から繰り広げられるのは轟音だけが響く姿の見えない攻防。
常人どころか、魔女の私でも捉える事のできない戦いではあるものの、戦況は明らかにレイズへと傾いていた。




