第190話 防げなかった惨劇と魔女達の戦い
私はずっとルーコちゃんに打ち明けていない秘密がある。
ルーコちゃんを見つけたあの日、一人、森の様子を見に行った私は彼女の姉と思しき人物と出会っていた。
けれど、私は目覚めたルーコちゃんに嘘を吐いてまでその事を秘密にした。
その理由は今、目の前に広がっている惨状を予期しての事だ。
「ッ……間に合わなかった」
視界に映るのは胸を刺し貫かれ、虚ろな目を浮かべるルーコちゃんの姿だった。
「決めつけるのはまだ早い!諦めるのは確かめてからにしろ!」
一緒にルーコちゃんの後を追ってきた絶望の魔女たるレイズの言葉にハッとする。
そうだ、まだルーコちゃんの死が決定した訳じゃない。
だからまずはアレからルーコちゃんを引き剥がさないといけない。
っアレを相手に出し惜しみしている余裕はない……最初から全力でいかせてもらう!
相手がこちらに気付くよりも先に私は詠唱を口にし、自身の切り札たる醒花を発動させて様々な現象を展開。
その一つを使ってルーコちゃんを引き寄せ、他の現象を使ってアレへとぶつけた。
「っルーコちゃんの容体は……」
「微かにだがまだ息はある!出血死する前に早く治癒魔法を――――」
「――――『凍れ』」
「「ッ!?」」
レイズの叫びに振り返り、ルーコちゃんの手当をしようとしたその瞬間、展開させていた現象が全て掻き消され、響く鍵言と共に膨大な冷気が襲ってくる。
咄嗟にその場を飛び退き、足場を生成してそれを避けたものの、一瞬でも判断が遅れていれば私達は氷漬けになっていただろう。
「……次から次へと来客の多い。招いた覚えはないぞ」
展開させた現象を消し飛ばし、辺り一帯を銀世界へと変えた張本人が感情の乗らない声音で呟く。
「……おいアライア、アレは何だ?なんであんな化け物がここにいる?」
強者と見れば笑みを浮かべて突っこむはずのレイズが少し焦った様子で額に汗を浮かべて尋ねてくる。
「……そんなの私が知りたいくらいだよ。アレがどんな存在で何を目的にしてるかは分からない。はっきりしてるのはルーコちゃんを殺そうとしてるって事だけだ」
「チッ……仕方ない、こうなったら俺がアレの相手をする。その間にお前はルーコを治せ」
舌打ちと共にそういい終えるや否や、レイズは強化魔法を纏って駆け出していく。
正直、いくら醒花状態でも、アレの相手をしながらルーコちゃんの治療をするのは無理だと思っていただけにレイズがそれを代わってくれたのはありがたい。
とはいえ、治療に専念したとしても、ルーコちゃんを治せるかどうかは五分五分がいいところだ。
創造の醒花があっても、私は治癒の専門家じゃない。
人体の構造をきちんと理解しているとは言えない以上、足りない部分を埋めるのにも慎重になる必要があった。
「時間がないけど、焦るな……まずは失った血液を補填するためにルーコちゃんの血の性質を調べて…………」
私が治療に取り掛かる中、レイズと謎の化け物との戦闘も始まっていた。
「らぁッ!」
駆け出し、加速した勢いを乗せて戦斧を薙ぐレイズ。
その一撃は余波だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばす威力を秘めているが、あの化物はそれを片手で防ぎ、反撃に貫手を放ってくる。
それに対してレイズは戦斧から片手を離し、半身になって貫手をかわしつつ、反動を利用して踵蹴りを叩き込んだ。
「その程度――――」
「――――『雷鳴の短槍』」
頭部に踵蹴りの直撃を受けてなお、何事もなかったかのように反撃しようとしてくる化け物へレイズが人差し指を向けたその瞬間、小さな雷光がその身体を貫いた。
「…………今のは雷か?まさか人間が扱えるとは――――」
喋ろうとする化け物だったが、レイズは聞く耳持たずと言わんばかりに戦斧を振り回す。
変わらず一撃の威力は高いまま、回転を活かして連撃に昇華し、叩き込んだ。
「〝絶望の淵、一縷の希望、足掻け、抗え、諦観の果てに道は見えず、縋る者に先はない。ならば全て吞み込み受け入れよう。我は苦難を喰らう魔女……魔力の深淵よ、導け〟」
そしてレイズは手を止めることなく詠唱を口にし、爆発的な魔力と共にそれを解き放つ。
――――『醒花・絶抗天身』
紡がれる鍵言は絶望の魔女たる所以。全てを受け止めた上で凌駕する彼女だけの境地にして切り札だ。
「――――なるほど、大した魔力だな。人間にしては、だが」
迫る戦斧を受け止め、かわしながら、レイズの変化に言及した化け物は無詠唱で魔法を放つ。
その威力は一般的な魔法使いが切り札とする魔術に匹敵しており、無詠唱かつ、片手間で放たれたとは思えない程だ。
しかし、たとえ威力が魔術に匹敵していようと、今の……醒花状態のレイズにとっては一撃で屠られなければ何の問題もない。
「……ならその人間に慄き、絶望しろ化け物」
化け物の放った魔法を正面から受け止めたレイズは意にも返さず、それだけ呟き、跳躍。上から下へと戦斧を振り下ろす。
「……!」
たったそれだけの動作。だが、引き起こされる現象は破格の一言に尽きる。
振り下ろされた戦斧は衝撃で地面を割り、伝播した衝撃で大地が裂けていく。
「っレイズ!こっちへの影響を――――」
「全力で防げ!悪いが醒花状態で戦う以上、巻き込んで殺さない自信はない!」
抗議の声に対して返ってきたのは余裕のない怒号。おそらくそれだけあの化け物はとんでもないのだろう。
戦いを愉しむ筈のレイズから放たれたその声に私はそれ以上の言葉を呑み込む。
「仲間割れか?全く人間らしいな」
大地を割る一撃にも僅かに眉を動かした程度の反応しか示さなかった化け物は私達のやり取りを見てそんな言葉を口にする。
それが挑発なのか、純粋な感想なのかは分からないが、その一言にレイズが初めて口の端を吊り上げた。
「ハッ人間らしくて結構。それよりも喋る余裕があるのか?」
その言葉を皮切りにレイズの纏う圧力がより一層増し、踏み込んだ瞬間に姿が掻き消える。
そうして一瞬の内に化け物の背後へ回ったレイズが戦斧を一閃。
突風と共にその線上の全てが薙ぎ払われた。
「……随分な威力だが、この程度――――」
「――――この程度ってのはどこまでの話だ?」
必殺の一撃を受けてなお、平然と立っている化け物を煽るように笑みを浮かべたレイズはさらに加速。
天災と見紛う程の威力を秘めた戦斧の一撃を回転に乗せて連続で放つ。
戦斧が振るわれる度に火、水、風、土と様々な現象が引き起こされ、辺りの景色は一変されていく。
「ッ本当にこっちを気にしてる余裕はないみたい……それだけあの化け物が脅威って事だろうけど」
余波とはいえ、醒花によって引き起こされた現象を防ぐのに片手間という訳にはいかない。
私も醒花状態ではあるけれど、ルーコちゃんの命を繋ぐ事にほとんどの機能を割いているため、相殺させるので手一杯。
そして、恐ろしい事にレイズの本領はまだ微塵も発揮されていなかった。




