第188話 掴む可能性と概念の一閃
気合を入れ直したところで良い案が浮かんでくる訳でもないけど、色々とこんがらがっていた思考が少しだけすっきりした気がする。
「……ひとまず今は足止めに放った魔法のおかげで時間は稼げている。でも、相変わらず打開策は見つからない。だからまずは前提として、どうやったら私の勝ちだって言える?」
呟く自問自答に私は考えを巡らせる。
大前提として私が命を賭けるのはお姉ちゃんの想いを踏みにじる事になるので論外。
そして自称神ごとお姉ちゃんを倒すのも駄目……つまり、私が生き残り、お姉ちゃんを殺す事なくその中の自称神を倒すないし追い出す事ができれば勝った言えるだろう。
問題はその方法が今のところ見つかっていない事とそのために割く時間がない事だ。
確かに無限の魔力がある以上、様々な魔法を試す事ができる。
だが、ただでさえ、自称神相手には魔法が効きづらく、試行回数を稼ぐ余裕もない上、すでに醒花を使用して三分以上経過しているため、時間が経つにつれてどんどん戦況は私の不利に傾いていく。
……いくら無限の魔力で威力や規模を大きくしても意味がない。
必要なのは『一閃断接』みたいな根本的に既存のものとは違う魔法だけど……そんな代物を簡単に思いつけるなら苦労はしないよね。
ないもの強請りをしたって仕方がない。奇抜な発想が浮かばないのなら考え方の視点を変える必要がある。
「自称神はお姉ちゃんと契約で結びついているからこそ身体を自由にできる。つまり、自称神の本体は別のどこかにいて、人形を操るみたいに動かしてるってこと……なら、契約が糸の役割ならそれを断ち切る事ができれば…………」
当然ながら糸の切れた人形は動かない。
いくら本体が強大な力を持っていようと操るための糸が切れてしまえばそれまでのはずだ。
たぶん、『審過の醒眼』を使って覗いた時に見えたあの悍ましい光が自称神に繋がる糸……あれを断ち切る事ができればお姉ちゃんの意識が戻るかもしれない。
おそらく、断ち切るだけなら『一閃断接』を使えばできる……ただし、お姉ちゃんの身体ごとになるだろうけど。
『一閃断接』の対象を自由自在に変える事ができれば話は変わってくるのだろうが、醒花状態でしか使えない仕様上、そこまで練度を高める事なんてできる筈もない。
「せめて指標というか、動線みたいなものでもあれば…………いや、そっか。そういう魔法を創ればいいんだ」
正直、荒唐無稽な理論で、できる保証もなく、失敗すればお姉ちゃんを殺してしまうかもしれないし、外した時点で逆に私が殺されてしまうけれど、少なくとも可能性は0じゃない。
僅かとはいえ、見出した光明に私は思考を最大限回して魔法を構築していく。
いくら魔力が無限にあっても、今の私じゃ醒花の全てを注ぎ込まなければ概念に干渉する『一閃断接』を扱えない。
だから今から考える魔法を使って対象を定め、確実に当てる必要がある。
……けど、魔法を創れたとしても、あの自称神相手に当てれるかどうか……ううん、可能性がない訳じゃない。さっきまでの攻防で分かった事だけど、詠唱をさせまいと邪魔してくる事はあっても、アレは基本的に私の攻撃をかわさない。だからそこを上手く利用できれば――――
「――――一体、何度同じ事を言わせるつもりだ?いくら時間を稼いだところで意味はないと」
決して大きくはないのにも関わらず、辺りへ響くように聞こえてきたのは自称神の無機質な声だ。
いつの間にか風切り音も砂利が擦れ砕ける音も聞こえなくなっているという事は自称神が私の張った足止めを全て退けたのだろう。
「ッ一つ一つが天災に匹敵する魔法をこんな短時間で……っ泣き言を言ってる場合じゃない。ここが見つかる前に早く構築を…………」
「この辺りに隠れているのは分かっている。十秒以内に出て来ない場合は集落ごとお前を消し飛ばすぞ。十――――」
「なっ……!?」
思わぬ脅しに私は息を呑む。十秒という短い時間では考える暇さえなく、私は反射的に動き出して自称神の前へと躍り出た。
「――――数秒と経たずに出てくるとはな。まあ、集落ごと消し飛ばす手間が省けたようでなによりだ」
視界に入る無傷の自称神とその言葉を聞いて私は自分の失策に気付く。
自称神の目的が私の殺害な以上、忠告なんてせずにここら一帯を吹き飛ばせばいい。
それでもこうしてわざわざ忠告してきたという事は集落を吹き飛ばせない、あるいは吹き飛ばすのを躊躇う理由がある問う事だ。
つまり、自称神は十秒という制限を設ける事で私の考える余地をなくし、自分から出てくるように仕向けた。
っまんまと誘い出された……!急いで足止めをーーーー
失策を挽回しようと魔法を放とうとした瞬間、自称神が音もなく距離を詰めてくる。
「このっ……!」
咄嗟に強化魔法を重ね掛けて纏い、爆発的な加速と共に蹴りを放った。
「先程までとは段違いだな……まあ、それだけだが」
魔物すら一撃で屠る威力を秘めた蹴りをあっさりと受け止めた自称神はそのまま払うように手を動かして私の体勢を崩そうとしてくる。
「まだ……!!」
当然、為すがままにやられる訳にはいかないと、軸にしていた足に思いっきり力を込めて跳躍し、踵を使い、裏蹴り繰り出した。
「そんな苦し紛れがーーーー」
「通じる……なんて思ってない……!私の狙いはこっち……!!」
一撃目と二撃目の回転を利用して勢いを殺す事なくそのまま空中へ身を放り出し、懐に片手を突っ込む。
取り出したのはまだ使い慣れたとは言えない箒。だけど、この状況に置いては魔法よりも都合が良い。
箒は私の意思に応えて瞬時に大きくなり、魔力を吸って加速。一瞬でその場を離脱し、私は空中へと逃れる。
「箒での飛行か。まだそんな手を残していたとはな」
そんな私の姿を見て特に驚いた様子もなくそう口にした自称神はこちらに向けて片手を翳し、握り込んだ。
瞬間、上昇を続ける私の周囲……何もないはずの空間が突然歪み、迫ってくる。
「っ私ごと押し潰すつもり……!?」
攻撃の正体は分からないままだが、少なくとも、それが私を包囲、圧殺する圧殺する類のものだというのは分かった。
ッこの速度で上昇しても振り払えない……なら!!
いくら上昇したところで迫る空間を振り切れないと悟った私は空中で反転し、そのまま自称神目掛けて急降下する。
「〝見通す瞳、光る痕跡、印を刻み軌跡を辿れ〟ーーーー『審証の刻跡』」
詠唱しながら箒を真下に投げ飛ばした私は目を逸らしたくなる気持ちを無理矢理呑み込んで、悍ましい光を直視しつつ、銃杖を構え、引き金を弾いた。
呪文と共に撃鉄が起こされ、射出される弾丸。
そして魔法の付与された弾丸は真っ直ぐ自称神の身体……その中に渦巻く悍ましい光へと進み、射抜く。
「無駄な事をーーーー」
「〝吹き荒れる風、瞬く刃、軌跡は阻めず、決して逸れず、立ちふさがる全てを一閃に伏す〟」
まともに弾丸を食らってなお、無反応な自称神の言葉を遮り、さらなる詠唱と共に銃杖を握る右手を左の腰に据えた。
「〝軌跡を辿れ〟ーーーー『一閃断接』!!」
無限の醒花……その全てを乗せた必殺の一閃は斬るという概念を悍ましい光に押しつける。
「っーーーー」
初めて表情を崩す自称神だったが、もう遅い。
私の放った一閃はお姉ちゃんの身体を傷つける事なく、自称神との繋がりらしきそれを確実に断ち切った。




