第187話 魔法の嵐と理不尽な存在
「……瞬間移動は間に合わなかったみたいだね」
日の光に反射し、輝く氷の球体……その中で凍りつく自称神の姿を見つめながらそう呟く。
お姉ちゃんを取り戻すためには命を奪わずに動きを止める必要があった。
だからこそ巨大な落とし穴、膨大な水量での窒息、そしてそれを使った氷結の三段構えで策を張り巡らせたのだが、瞬間移動という想定外があった中でも上手く嵌ってくれたようで良かった。
まだ無限の魔力は維持できるけど、流石に同じ手は使えない。
他にも手段はあるものの、これ以上に確実性を持ったものは思いついていないし、策を弄すれば弄するほど、使う魔法も一辺倒になり、対処される可能性が高かった。
ただでさえ、通じる魔法が少ないのにそうなってしまえばいかに醒花状態でもどうしようもない。
とはいえ、拘束できたのならそれでいい。後はどうやってお姉ちゃんと自称神を引き剥がすか――――
「――――氷漬けか。確かに動きを封じるうえでは最良の手段だろうな」
「ッ!?」
あの質量の氷に覆われたのなら喋るどころか、指一本動かせる筈はない。
にもかかわらず、聞こえてきたその声に目を見開いたその瞬間、めきめき、みしみしといった異音と共に巨大な氷塊がひび割れる。
そしてあっという間に氷塊は砕け散り、中から無傷の自称神が姿を現した。
「だが、生憎とこの身体には氷に耐性があるらしくてな。氷漬けになったところで脱出は容易だった」
「っ氷に耐性……そうか、お姉ちゃんの身体だから……」
理論自体は本で読んだ事はあったけど、すっかり失念していた。お姉ちゃんの得意な魔法は水……だけど、そこから派生する氷の魔法も使っていた。
魔法使いに限った話じゃないが、自身が得意とする属性魔法はその身体あった適正で決まる。
例えば私なら風を含んだ攻撃に高い耐性があるらしい。
もちろん、実際に試した訳じゃないから半信半疑だったけど、こうして氷塊から脱出された事実が理論の正しさを物語っていた。
「それで?お前の策とやらはもう終わりか?それなら今度は…………」
「させない――――『氷棘風刃』」
何か仕掛けられる前に動きを止めようと私は咄嗟に砕かれた氷片を使ってそれを風で撃ち出す。
魔法を使って創り出したとはいえ、氷片自体はただの氷の塊だ。
言ってしまえば鋭い棘を飛ばしているのと変わらないだろう。
だから氷に耐性があっても関係ないし、牽制になればそれでいい。
砕かれた氷塊の大きさから氷片は無数に散らばっているので少しは時間を稼げるはずだ。
氷漬けが効かないとなると、長時間の拘束は難しい……なら後は致命傷ぎりぎりの攻撃で気絶させるしかないか。
もしかしたら土魔法で拘束自体はできるかもしれない。
でも、いくら耐性があるといっても、風の次に得意な水を経由した氷の魔法が通じない以上、そこまで練度があるとは言えない土魔法では一瞬で打ち破られてしまうのが関の山だ。
「氷片は魔法から切り離された現象だから物理攻撃として成立するが、いくら数を撃ち込もうとこの程度の攻撃ではどうにもならない……時間稼ぎか」
「……ご明察。でも、分かっていたところでどうにかなるものじゃない――――」
「――――それはどうだろうな」
狙いを見透かされたところで関係ないと思った矢先、自称神が呟きながら腕を払うような仕草を見せる。
すると、払った速度とは見合わない威力の風圧が放たれ、私の魔法を容易く吹き飛ばした。
ッ仮に強化魔法を使っていたのだとしても、あれだけで無数の氷片を吹き飛ばす威力が出るわけがない……!何か種があるはず…………
自称神が常識外の存在なのは理解しているつもりだったが、それでも動作と結果が釣り合っていない今の防ぎ方は理不尽が過ぎる。
「〝吹き荒れる風、巻き込む砂塵、縛れ、止めろ、視界を奪え〟――――『絡み荒ぶ塵風』」
とはいえ、驚愕に立ち止まる訳にもいかず、仕掛けを見破るために考える時間もない。
私はほとんど反射的に後ろへ飛び退きながら詠唱。魔力を込め、呪文と共に風が地面を抉りつつ、巻き上がり、ぎゃりぎゃりと音を立てて自称神へと向かう。
風を経由し、土を巻き込んだ拘束型の制圧魔法。
無限の魔力から成るこの魔法は並の相手なら拘束どころか、粉微塵にもできる威力を孕んでいるが、これでも足止めには足りないだろう。
「〝降り落ちる細雪、隙間をさらう北風、覆え、隠せ、舞い上がれ〟――――『隔絶の雪嵐』」
続けて詠唱を口にし、放つ魔法は即興の創作。
吹き荒れる砂塵の嵐へ沿っていくように氷雪が巻き上がり、辺り一帯の温度を奪いながら視界を真っ白に染め上げる。
まだまだ…………!
黒と白の入り混じった暴風の渦が自称神を呑み込んでいくが、攻撃の手を休める訳にはいかない。
さっきの例がある以上、この組み合わせでも、碌に時間を稼げないかもしれないのだから。
魔法を発動させたまま距離を取り、家屋の残骸に身を隠しつつ、次の呪文を用意する。
「〝響く騒音、鳴り続ける鐘の音、止まない遠吠え、音を搔き消し、全てを劈け〟――――『騒音の重奏』」
使ったのはありとあらゆる騒音を鳴り響かせて相手の鼓膜を震わせる魔法。本来の用途は攪乱だが、醒花状態で放つ完全詠唱のそれは最早、音の大砲だ。
放たれると同時に辺り一帯を振動と衝撃で吹き飛ばしながら障壁でも防ぐ事の出来ない一撃が自称神へと向かう。
まともに受ければ昏倒どころか、命にまで届きかねない魔法だけど、たぶん、自称神相手では足止めくらいにしかならない。
だから私は撃った直後に移動してさらに後退し、次の手を考えるべく思考を回す。
……足止めに加えて私の姿を補足できていない今なら逃げる事はできると思う。でも、それじゃあここまで来た意味がない。
契約の内容からして醒花状態のまま全力で森の外まで脱出すれば逃げ切れる可能性が高い。
だからここは一旦退くのが正しい選択なのだろう。
けれど、いつまでも自称神がお姉ちゃんの身体のままでいるとは限らない。
きまぐれにお姉ちゃんの身体を処分する可能性だってある以上、退くわけにはいかなかった。
ただ倒すだけなら『一閃断接』を使えばなんとかなる。けど…………
醒花の全てを込めて放つあれは回避も防御も不能の一閃。
切断という概念を相手に押し付ける理不尽の極みのような魔術だ。
以前使った時は死遊の魔女という生命力の権化が相手だったから仕留めきれない印象があるけど、あれは例外。
自称神がいくら強くても、あの魔術なら再生すら許さず両断する事ができる筈だが、その場合、お姉ちゃん諸共になってしまう。
無事を確認しにきたのに私がお姉ちゃんを手にかけるなんて本末転倒もいいところだ。
「……きっとお姉ちゃんなら自分を殺してでも私に生きて欲しいっていうんだろうね」
打開策も思いつかない中で、ふと浮かんだお姉ちゃんの顔に思わず笑みを浮かべた私は自分の頬をぱちっと叩き、気合を入れ直した。




