第183話 契約と事実とあの日の出来事
「っ……はあ……ん……はあ…………で、結局……貴方は……何者……なの?」
私は息も絶え絶えにその質問をぶつける。
答える保証も理由もないけど、それでも私には相手が乗ってくるだろうという予感があった。
「時間稼ぎのつもりか?随分と――――」
「質問……には、答えて……くれるんでしょ?なら……全部、教えて」
時間稼ぎという目的を見透かされようと関係ない。
遮るように言葉を重ね、神を自称するならそのくらい許容してみせろと言わんばかりの勢いで真っ直ぐ相手を睨みつけた。
「…………私はお前達にとっての神、契約によりお前の姉の身体を動かしている。先程も答えたはずだ」
「言った……でしょ……全部、教えてって。お姉ちゃんの身に……何が起こったかを」
「……いいだろう。知りたいというなら教えてやる。お前の時間稼ぎに付き合ってやろう」
自称神は無表情のまま淡々と私が倒れた後の出来事を語り始める。
私が森を出たあの日。戦いの最中で私が気絶してしまった後、お姉ちゃんは激闘の末に長老を下した。
そして長老を完全に消し去ったその瞬間、契約が更新され、自称神がお姉ちゃんの身体を乗っ取った。
自称神の目的はエルフという種族の管理で、外に出ないという決まりもその一つ。長老を通して違反した者を処分していたらしい。
よくよくあの日の事を思い返せば長老も同じような事を言っていたような気がする。
つまり、長老はあくまで操り人形。お姉ちゃんの好きだったあの人を葬ったのも自称神だったという事だろう。
「…………一体何のためにそんな事を」
「安定と秩序のため。長老から聞いただろう?過去に一人のエルフが世界を滅ぼしそうになった、と。だからいくつかの集落で管理し、外との繋がりを徹底的に断つ事で第二の脅威が生まれないようにしている」
長老にも言った事だけど、私の意見は変わらない。
そんな昔の話を持ち出されても困るし、世界を滅ぼしそうになったのはエルフがどうこうじゃなく、その人に問題があっただけだ。
それにやっぱりその話と長老の行動に矛盾が生じている。
「……徹底的に断つというなら集落にあった書庫は?長老はそれが条件だったとしか言わなかったけど」
「言葉の通りだ。契約には相手の望みを叶えるという誓約があり、奴の望みの一つが書庫の設置だった」
「貴方の目的に反するのに?」
「契約とはそういうもの。直接的に私を害するものではない限り、望みを叶える……その代わりに私の望みも叶えてもらうという訳だ」
言ってしまえば相互の契約。互いに理があるものだと自称神だが、一方的に身体を乗っ取られる時点でそんなものは関係ない。
「……今、貴方はお姉ちゃんの身体を乗っ取っているのは何で?長老には自分の意思があったように見えたけど」
「それは協力的か、否かの差だ。奴は私という存在を知った時点でエルフという種を残すために自ら監視という立場を買って出た。それだけだ」
「……エルフという種を残す?その言い方だとまるで――――」
「ああ、私は災厄の種となり得るエルフという種を絶滅させようと思っていた。奴が存続を望まなければ今頃、お前も存在しなかっただろうな」
私の台詞を察して答える自称神。わざわざ管理して見守るより、絶滅させてしまった方が早いし、確実だとは思う。
「……つまり長老は貴方の言いなりになる引き換えとして、エルフの存続とあの小さな書庫を望んだって事?」
「そうだ。私としては脅威が生まれなければどちらでも良かった。まあ、奴がいなくなった時点で契約も終わる以上、遅いか早いかの違いだったがな」
災厄を生みたくない自称神からすれば面倒な管理部分を長老自らがやってくれるというならそれはどちらでもいいだろうけど、それよりも最後の言葉が引っ掛かった。
「遅いか早いかの違いって……まさか…………」
「そのまさかだ。最早、この森の中に残っているのは私とお前だけ。他のエルフは全員処分した」
「なっ……!?」
道理で集落に誰もいなかった筈だ。
てっきり集落を別に移しただけで、森のどこかにいると思っていただけに、自称神の言葉は衝撃的だった。
「……驚いているように見えるが、別段、悲哀に暮れているという訳ではなさそうだな。お前もやはりエルフという事か」
「っ…………!」
無機質な声音の筈なのにまるで非難されているような気がして思わず奥歯を食い縛る。
私にとって一番大切なのはお姉ちゃん。だけど、殺された中には私の両親もいた筈だ。
でも、私は殺された事を聞いても驚きこそすれ、悲しいという感情は湧いてこなかった。
状況がそんな場合じゃないから、まだ感情が追い付いていないから、理由を上げる事はできるけれど、たぶん、私は心の底から悲しいとは思えない。
だからこそ、自称神の言葉に核心を突かれたと感じてしまったのかもしれない。
「まあ、お前の反応はどうでもいい。ともかく、奴が消えた事で契約は白紙となり、私はエルフ達を処分した。ただ二人を除いてな」
「…………どうして私を今まで見逃していたの?憂いを断つのなら追いかけてでも殺すべきなんじゃないの?」
その身体を使っている以上、お姉ちゃんは仕方ないにしても、私を見逃す理由なんてない。
その力の全容は分からないけど、神を自称するくらいなら私の居場所を見つけて始末するなんて訳はない筈だ。
「そうだな、私もできるならお前を始末していた。だが、生憎とお前の姉との契約がある手前、それは不可能だったという訳だ」
「っやっぱりお姉ちゃんも……」
「ああ、お前の姉は私を拒む事ができないと分かると、自分の身体と引き換えに契約を交わした。その内容はルルロア・アルラウネ・アークライトの安全と命の保証。いくつかの条件はあるが、直接害する事はもちろん、間接的だろうが、私の関与しないものだろうが、関係なく、お前が命の危機に瀕する、あるいはそれに準ずる状況になったら契約が発動するようになっている」
心情としては複雑だけど、身体を乗っ取られる中でそれでも自分より私の事を優先するのはお姉ちゃんらしい。
確かにその契約内容なら私がここまで殺されなかった理由も分かる……でも――――
「それならどうして私を殺そうとする事ができるの?中身が違ってもお姉ちゃんがこうして生きている限り契約は破棄できないはず……」
「契約は破棄できない。が、こうも言ったはずだ。いくつかの条件がある、と」
「それは契約の及ぼす範囲の話じゃ――――」
「その通り。だからルルロア・アルラウネ・アークライトがこの森に再び足を踏みいれ、私の前に現れた場合のみ、契約の内容を無視する事ができるという条件を課した。お前の姉は渋々ながらもそれを呑み込み、了承したという訳だ」
自称神の言っている事が全て本当だとは思わない。
けれど、仮に全てが本当の事だとしたら、お姉ちゃんに会いたいと、ここまでやってきた私の行動はその想いを裏切るものなのではないだろうか。
もちろん、私は契約の事も、お姉ちゃんの現状も知らなかったし、知る手段もなかったのは確かだ。
でも、お姉ちゃんの献身を私の行動で全部無駄にしてしまったかもしれない……一度でもそう思ってしまうと、後ろ向きな考えばかりが浮かんできてしまうのだった。




