第180話 森と郷愁と込み上げる不安
アライアとの最終試験から数日、私はパーティのみんなに気付かれないようとある準備を進め、実行に移せる機会を窺っていた。
「――――アライアさんは昼過ぎまで出掛ける予定で、レイズさんは二度寝。他のみんなもそれぞれ用事があるって言ってたからここにいるのはサーニャさんだけ。実行するなら今日だね」
朝ご飯を終え、それとなくみんなの予定を聞き回った私は自分の部屋で確認するように小さく呟く。
……この拠点から集落のある森までの大まかな道程は調べてある。箒で飛ばせば行き帰りも問題ないし、遅くても二日あれば戻れる筈……うん、大丈夫。
反芻し、頭の中で道程を浮かべながらも、こっそり部屋を出て、誰にも見つからないように外へ向かう。
「…………ここまでくれば大丈夫。ここからは箒に乗って……よし、行こう」
箒に跨り、意を決して拠点を後にする私。こうしている事がアライアへの裏切りだと分かっていながらも、すぐに帰ってくるし、きちんと置手紙も残してきたから大丈夫だと自分に言い聞かせて集落のある森へと箒を走らせた。
乗り始めた頃は不慣れで酔ってしまった私だけど、今は人並みくらいに乗れるようになった。
流石に長時間の移動は厳しいものの、集落のある森までなら休憩を挟みながら行けば、ぎりぎり大丈夫。まあ、それでも箒に跨っている関係上、どうしたってお尻は痛くなるけど、それは我慢するしかない。
空の旅を続けること数時間、ようやく見えてきたのは見渡す限りの巨大な木々が生い茂る森だ。
あれが私の故郷がある森…………
出る時は意識を失っていたため、外から見るのは初めての筈なのに、どこか懐かしい感じがするのは錯覚なのだろうか。
「……っと、ここからは箒で進めそうにないし、一旦、降りないと」
巨大な木々で囲まれた森の中を箒で進むのは熟練者でも難しい。ましてや、人並み程度の腕前では歩いた方が安全かつ、早く進める。
高度を下げてゆっくりと着地し、箒を縮めてしまった私は少しだけ感傷に浸りながら巨大樹を見上げる。
「ようやくここまで帰ってきた……」
ぼうっと見上げたまま呟き、小さく息を吐く。まだ森の入り口で、見た事のある景色ですらない。
それでも込み上げてくる懐かしさと感傷を抑えられず、早く早くという気持ちと共に、森の中へと足を踏み入れた。
巨大樹に囲まれたこの森は中心へ向かえば向かう程、木々の大きさが小さくなっていく。
だから中心に近い集落の周りの木々は普通の大きさのため、森の中でもある程度、日が当たっていた。
けれど、外側であるこの辺りは巨大樹に日が遮られてしまっており、昼間でも少し薄暗い。
周りが見えないというほど暗いわけではないので問題はないが、不気味な雰囲気が漂っていた。
「……この辺りはきた事のない場所だけど、中心に向かっていけば見覚えのある景色になるはず」
暗い景色に僅かばかりの不安を覚えながらも進んでいると、何かの気配を感じて立ち止まり、警戒を強める。
姿はまだ見えないけど、この気配の正体は十中八九、魔物。こうも簡単に気付けたって事はたぶん、そこまで強くない……なら――――
先にこっちから仕掛けようと、まだこちらの様子を窺っているであろう魔物の気配がする方へ強化魔法を使って距離を詰めつつ、辺りを見回してその姿を探す。
「……見つけた。向こうはまだ私の接近に面を食らって動けてないから今の内に」
感じた気配の正体は集落にいた頃に何度も倒した事のある四足歩行の魔物だ。
以前は魔法を使わないと倒すのは難しい相手だったけど、今の私なら強化魔法だけで充分。
動けないでいる魔物へ一足飛びに迫り、その頭目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。
放った一撃は過たず頭を捉え、断末魔さえ上げる間もなく魔物は絶命する。
「っと、こんなものかな」
こうして結果を見れば私もきちんと成長してるんだなと感じられて少しだけ嬉しくなった。
その後も数回、魔物と接敵したものの、全て強化魔法による一撃で倒して進んでいると、ようやく見覚えのある景色が見えてくる。
……ここは確か集落のみんなが狩場として使ってたところだ。ここからならたぶん、道も分かるはず。
勘だよりにここまで進んできて、体感ながらも数時間は経った気がしていただけに、思わず笑みが浮かぶ。
もう少し……もう少しでお姉ちゃんに会える…………!
高鳴る胸の鼓動を抑えられず、早足で先へと進む。
お別れの言葉も、助けてくれたお礼も、大好きだという気持ちも伝えられないまま、外の世界に飛び出してしまった私の事を怒っているだろうか、それとも心配しているだろうか、不安と期待の入り混じる中、私は早くお姉ちゃんに会いたいという気持ちが次第に強くなり、いつの間にか、駆け出していた。
そして息も絶え絶えに走り続け、記憶を頼りに集落のあった場所へ向かった私を待っていたのは人の気配が全くしない、もぬけの殻になった家屋の数々だった。
「誰もいない……?どうして…………」
疑問に思いながらも集落の中を回ってみるけれど、やっぱり人っ子一人いない。
仮に大人数で狩りに出かけていたとしても、誰かしらは残っている筈だし、そもそも、私の記憶が正しければ、この時間帯に集落の外に出る事自体あまりなかったと思う。
まさか魔物に襲われて壊滅したとか……ううん、だったら建物も壊れてるだろうし、戦った跡だって残ってるはずだからはそれは違う。
様々な可能性を考えるけど、どれもしっくりこないまま、気付けば私は住んでいた家の前までやってきていた。
「……ただいま。私、帰ってきたよ」
誰もいない、答えは返ってこないと分かっていながらも、懐かしさのあまりそう言わずにはいられない。
正直な話、私にとっての家族と呼べる存在はお姉ちゃんだけだ。
別に両親と仲が悪かったわけじゃない。
でも、私から見た彼、彼女らは他のエルフと変わらない不気味な印象が強く、たぶん、私が死んだとしてもああ、そうかと無関心、無感情、涙の一つも流さないだろう。
だから私にとって大事なのはお姉ちゃんの安否で、両親は二の次……というか、言ってしまえばどうでもいい。
冷たいと思われるかもしれないけど、両親が無関心なら私だって無関心で返すのは当然。
大切の度合いならもう両親より、パーティのみんなの方が遥かに大きかった。
「…………私のいた頃と何も変わってない。家具の配置も、食器の数も、なにもかも」
家の中の様子は何も変わっていないものの、両親の姿も、お姉ちゃんの姿も見えない。ここまでくると、集落の場所を丸々移したという可能性もありえなくはない。
……長老の家といつも出入りしていた書庫を回って、何も手掛かりを掴めなかったら全部の家を見て回ろう。
次第に大きくなっていく不安を大丈夫だと無理矢理、呑み込み、私は集落内の探索を続けた。




