第19話 魔術とお姉ちゃんと真剣勝負(後編)
張り詰めた空気の中、私と姉は互いにどう動くか様子を窺っていた。
……お姉ちゃんから動く気配はない、私の出方を見てるって事かな。
そうでもなければとっくに何かしらの魔法を撃ち放ってきている筈だ。
「やっぱり私から仕掛けるしかないか……」
このまま膠着した結果、焦れた姉がさっきの組み合わせで魔法を放ってきたら目も当てられない。
それなら当初考えていた通り、私から仕掛けるべきだろう。
問題があるとすれば私が扱える魔法の中には姉のように広範囲を連続で攻撃するような魔法がないという事だ。
速度の速い魔法はどうしても溜めがいるし、まともに撃っても姉には当たらない以上、隙を作るためにも手数のある魔法が必要だった。
「……〝分かたれる鏃、重なる軌道、風は集まり射貫く〟━━」
とはいえ、出来ない事を考えても仕方ない。今、自分に出来る事の中から最善を選び、両手を前にして詠唱を口にする。
『重ね分かれる風矢』
突き出した両手から風の矢が放たれ、姉の方に向かって枝分かれし、飛んでいく。
「仕掛けてきたね……正面から撃ってきたって事はこれは囮かな」
飛んでくるいくつもの風の矢を見据えつつ、姉は私の狙いを看破してくる。
狙いを見透かされるのは想定内。その上で姉の予想を上回るしかない。
風の矢を撃ち放った後、強化魔法を使いながら姉の視界から外れるように動き、次の魔法を準備する。
「〝立ち込める煙、隠れ偽る白、広がれ〟」
走りながら詠唱を紡いで姉の後ろに回り、右手を地面につけた。
『白煙の隠れ蓑』
地面につけた手を起点に白く不透明な煙が発生し、辺りを包み隠していく。
「煙幕……?」
視界を覆い尽くす煙を前に困惑の表情を浮かべる姉。
それも無理はない。
煙幕で視界を塞ぐという手は以前の模擬戦で使い、あっさりと姉に破られているのだから。
「たぶん狙いがあるんだろうけど、煙は晴らさせてもらうよ」
そう言うと姉は以前使ったのと同じ風の魔法を詠唱し始めた。
「〝異なる流れのつむじ風、一つに重なり、音を奏でろ〟」
「━━〝風よ、渦巻き、吹き荒れろ〟」
姉が詠唱を始めるのと同時にそれよりも短い詠唱で風の魔法を用意し、発動を重ねる。
『巻風の二重奏』
『突風の渦巻き』
煙を呑み込み晴らそうとする姉の魔法の上から私の放った魔法が重なり、煙幕の役割を維持したまま風が辺りに留まった。
「っそっか……!私の魔法を読んでそれを逆手に……」
目の前で起きた現象を前に私の意図を察した姉はしてやられたと笑い、次にくるであろう攻撃に対して身構えている。
……とりあえず視界は奪った。私からも見えないけど、これで不利な撃ち合いは避けられる。
魔力量に圧倒的な差がある姉に挑むなら正面ではなく、策を巡らせ、裏をかき、それを埋めるだけの術を使うしかない。
「〝風よ、刃となって飛び進め〟━━『風の飛刃』」
風を刃状にして姉がいるであろう方向に向かって飛ばし、強化魔法を使ってすぐさまその場を離脱する。
この魔法は当たらなくてもいい、少しでも姉の意識を避ければそれで……。
「……〝包み阻む水の幕、害意の前には決して上がらない〟」
私の放った魔法を防ぐために姉は新たに詠唱を始め、防壁を展開しようとする。
『水の防護幕』
姉の周囲を薄い水の幕が覆い、私の放った風の刃がいとも容易く防がれてしまった。
「これで終わりじゃないでしょ?さあ、次はどうするのルーちゃん」
姉は水の幕を維持したままこちらに向けて声を上げる。
やはり姉にはこれが本命の攻撃ではない事が見抜かれているらしい。
それでも姉の方から仕掛けてこないのは煙による視界不良ためではなく、私がどう攻めてくるのかを見ているのだろう。
「〝土よ、隆起し、苦難を阻む壁となれ〟━━『土くれの防壁』」
以前も使った基本的な土魔法を使って目の前にいくつもの壁を作り出し、広範囲にわたって私の姿を隠すように広げていく。
「防御の魔法……?どうして━━」
「〝風よ、集まり爆ぜろ〟」
私の行動を疑問に思う姉を他所にあるものを使うため、少なくなってきた魔力を惜しげもなく消費する。
━━『暴風の微笑』
作った土壁に当たらないよう上空に両手を翳して荒れ狂う風の塊を撃ち放った。
放たれた風の塊は上空で爆ぜ、魔法によって停滞していた煙を丸ごと吹き飛ばす。
「っ……わざわざ張った煙幕を晴らしてどうするつもりなの?」
暴風の余波に顔をしかめながらも姉はその意図を見抜こうとして私の姿を探している。
しかし、私の正確な位置は土壁に阻まれて見つけることは出来ない筈だ。
「すぅ……ふぅ……」
呼吸を整え、今からやろうとする事を心の中で反芻して覚悟を決める。
お姉ちゃんがその気になればこんな土壁は一瞬も持たない……だから戸惑っている今の内に仕掛ける。
今から使うのは未完成の魔術、私の欠点を補うために作り出したものだ。
……これを使ったらすぐに私は魔力切れで戦闘不能になるから次はない。
未完成故に欠陥だらけで、とてもじゃないけど実戦では使えないし、欠点を補うためのものなのにそもそもこの魔術はその機能をなしていない。
けれど、これは模擬戦。姉が保障している以上は最悪失敗しても取り返しはつく。
「〝━━命の原点、理を変える力、全てを絞り、かき集める……」
残った少ない魔力を振り絞り、全身から身体の中心に向かって集中させる。
「先はいらない、今ほしい、灯火を燃やせ、賭け進め〟」
この詠唱中、私は一歩も動けない。少しでも動けば集中が途切れて魔術が霧散してしまう。
姉が戸惑い、こちらの出方を窺っているこの状況だからこそ使える手で、言ってしまえば完全に甘えきっている。
けど、こうでもしない限り、姉に一撃加える事なんて出来はしない。
なら甘えだろうとなんだろうと使える要素は全部使う。
全力を出さないまま終わるのならこの模擬戦の意味なんてないのだから。
━━『魔力集点』
身体の中心、集め圧縮した魔力が呪文と共に解放され、爆発にも似た奔流となって内側から溢れだした。
「ぐっ……あぁぁ!」
全身が燃えるような熱を覚えながらも、解放した魔力に呑み込まれないよう必死に耐えて意識を繋ぎ止める。
身体が熱い……これを全開で使うのは初めてだけどこんなに負荷が掛かるとは思わなかった……!
早くしないと解放された魔力が制御を外れてどうなるかわからないし、そもそもこの状態が少ししか持たない。
「っ……だからこの一瞬で決める」
溢れる魔力を強化魔法に変えて踏み出し、加速。轟音と共に身を隠していた土壁から飛び出す。
「今のは……それにさっきよりも速い……!?」
私の変化を前に姉が驚愕の表情を浮かべているが、気にしている余裕はない。
なぜなら私自身、この『魔力集点』による強化魔法の速度に意識が追い付いていないからだ。
っ……こうなったらもう真正面からぶつかるしかない!
本来ならもう少し撹乱しながら仕掛けるつもりだったが、今のままだと下手をしてどこかの木に突っ込んでしまうかもしれない。
足を止めずに速度を緩め、方向転換してから姉の方に向かって思いっきり力を込めて踏み込む。
急加速する視界。そして一瞬にして姉の目の前に躍り出た。
「っ『土くれの防壁』!」
予想を遥かに越える速度に危機感を覚えたらしい姉はすでに展開されている水の幕の外に土壁の防御魔法を重ねる。
「〝指先の一点、小さな衝撃、放つ〟━━『一点の衝撃』」
行く手を阻む土壁に向かって右手を向け、詠唱。呪文と共に指先から指向性を持った衝撃と轟音が放たれた。
「っ……!?」
私の放った魔法は土壁を貫通し、水の幕ごと姉を遥か後方に吹き飛ばした。
「やっ……た……?」
魔術による熱と尽きかけている魔力のせいで朦朧とする中、吹き飛んだ姉と自らの魔法が引き起こした現象を前に放心状態で呟く。
最後に使った魔法は指先から軽い衝撃波を出すだけのもので、本来ならここまで馬鹿げた威力は出ない。
それが姉の張った二つの防御魔法を容易く貫き、吹き飛ばすほどの威力を持ったのは偏に『魔力集点』のおかげだった。
「あ……れ……まず…………」
どうやら『魔力集点』の効果が切れたらしい。さっきまでの熱が嘘のように引き、かわりに凍えるような悪寒と脱力感が一気に襲ってくる。
これ……が……反……動…………。
最早、まともに思考する事すら出来なくなった私は、そのまま崩れ落ちるように地面に倒れ、意識を失ってしまった。
その後、私はしばらく意識を失っていたのか、目が覚めると空が赤らみ、辺りが薄暗くなり始めていた。
「う……?私は……」
「━━あ、ルーちゃん目が覚めた?」
まだぼんやりとしている意識の中、上の方から少し間延びした姉の声が聞こえてくる。
「お姉……ちゃん……?」
「はーい、お姉ちゃんですよ~」
私の言葉に微笑みを返す姉。ここでようやく気付いたが、どうやら私は姉に膝枕されている状態らしい。
「ルーちゃん大丈夫?痛いところとかおかしいところとかない?」
「え、あ、うん……大丈夫……」
心配の言葉を投げ掛けてくる姉に対し、少しずつ意識がはっきりしてきた私は戸惑いながらそう返す。
たぶん魔術の反動で倒れてた私を介抱してくれたんだろうけど、お姉さまも魔法を受けて吹き飛んだ筈じゃ……。
どうやら疑問がそのまま顔に出ていたらしく姉がそれに答えてくれる。
「ルーちゃんの魔法は確かに当たったよ?まさか重ねた防御魔法が破られるとは思わなくてびっくりしちゃった」
肩を竦め、困ったような笑みを浮かべた姉は私の頭を撫でながら続ける。
「咄嗟に強化魔法を使って防いだから気絶まではしなかったけど、それでもあの一撃は効いたよ……本当に強くなったね」
「…………でも結局、お姉さまには勝てなかったし、せっかくの魔術も全然上手く使えなかった」
姉の膝の上で拗ねるように顔を逸らし、自分の実力不足を痛感する。
もちろん姉が強過ぎるというのもあるが、今回に関しては私の至らなさが主な敗因だろう。
負ける事を覚悟して使ったけど、やっぱり悔しい……。
魔術の代償を考慮しての賭けに出て、結果的に当初の目標である一撃加える事は出来たものの、やはり悔しい事に変わりはなかった。
「そうだね。ルーちゃんの魔術は凄い効果だったけど、あんな風に魔力を使ったらすぐに倒れちゃうのも無理はないかな」
「……自分でもわかってる。あの魔術は相手がお姉さまだから使えただけ……これが実戦だったら私の命はなかったって」
一対一が保証されていない実戦において使ったら倒れてしまう魔術なんて話にならないし、それに加えて発動にも時間が掛かり、集中力も擁する私の魔術は論外だった。
「……ルーちゃんが自分でわかってるならそれでいいと思うよ。それに問題はあったけど、魔術の効果自体は凄かったし、これから改善していけば大丈夫」
「……うん、元々未完成の魔術だったからそのつもり。今回使った事で知れた欠点もあったからね」
模擬戦だったとはいえ、実際に戦いの中で使えたのは大きい。
まだ具体的な改善策は見えてないが、それでも方向性が見えただけで充分な成果といえる。
……まだまだお姉さまには追い付けないけど、何かあった時に逃げれるくらいの実力はついたと思う。
これならいつかここを旅立ち、外の世界に行くための下見くらいは出来る筈だ。
「そっか、なら良かった。そうだ、私も魔術の改善手伝おうか?」
「え、あ、ううん、大丈夫。わからない事があったら聞くかもだけど、次の模擬戦に備えて秘密にしておきたいから私一人で改善するよ」
申し出を断った私は、姉の膝の上から起き上がり、ぐっと伸びをしてから立ち上がる。
「ん~……日も暮れてきたし、そろそろ帰ろ?」
「……そうだね。お夕飯も作らなきゃだし、帰ろっか」
これからの展望を想像しながらも、その日は後から立ち上がった姉と二人で駆け足気味に家路に着いた。




