第179話 正座とお説教と届かない実力
「――――で、何か言い訳はあるか?」
醒花と醒花の激しいぶつかり合いの末、辺り一帯を更地にしかけた私達二人は地面に正座させられ、レイズからお説教を受けていた。
「……えっと、その、つい勢いに呑まれたというか、皆さんなら大丈夫かなと」
「ほうほう、なるほど。この俺が直前で抑え込まなければ全員仲良く消し飛んでいた訳だが、それでも大丈夫だったと」
「…………ごめんなさい」
笑顔のまま青筋を浮かべるレイズに対して私は誠心誠意、謝罪する。正直に言えば、最後の攻防の瞬間は周囲への配慮なんて全く頭になかった。
「まあまあ、ルーコちゃんも反省してる事だしそのくらいに……」
「何、自分は関係ありませんみたいな顔してるんだアライア。お前はルーコ以上に反省するべきだからな?普段から俺にあれだけ自嘲しろだの、被害を考えろだの言ってたのにこの様か、あ?」
「…………それは、その、ちょっと勢い余ったというか、ルーコちゃんと全力をぶつけあえるって思ったらつい」
いつもとは逆の立場からの指摘にアライアは目を泳がせる。レイズの言っている事は全て正論のためアライアも反論ができないようだった。
「…………はあ、気持ちは分からんくもないがな、周りの事をきちんと考えろ。俺だってやり過ぎる事はあるが、最低限の線引きは守れ。自分の力で仲間を殺したくはないだろう」
「……そうだね。いつも注意しろって言ってる側の私が暴走してたら話にならないし、強大な力には責任が付きもの……うん、肝に銘じるよ」
「分かってるならそれでいい。ほら、さっさと壊れた箇所を直して飯にするぞ。他の奴らは先に戻って準備してろ」
ぱんぱんと手を打ち鳴らし、指示を出して場を取り仕切るレイズ。今日に限って言えば完全にレイズとアライアの立場が逆転しているように見える。
アライアの醒花で荒れてしまった箇所を再生した後、拠点までの戻る道すがら、今後についてを話していた。
「――――ええと、一応、私は醒花を使える事を証明できたと思うんですけど……結果はどうなったんですか?」
まず切り出すのは一番気になっていた事だ。いくら醒花を使って戦えると証明しても、ここで認めないと言われてしまえばそれまで、お姉ちゃんとの再開も遠のいてしまう。
「結果、ねぇ……俺としては見る限り問題ないとは思うが、実際に戦ったアライアはどうだ?」
「……私も実力は問題ないと思う。無限という醒花の特性もルーコちゃんに合ってる……でも、合格を出すにはいくつか聞いておかないといけない事があるかな」
概ねレイズの意見にどうしながらも、アライアは難しい顔をして眉根を寄せる。
「……聞いておかないといけない事、ですか?」
「うん。まず最初にルーコちゃん、今、体調は大丈夫?どこか痛んだり、動かなかったりするところはない?」
「……後遺症の心配なら大丈夫ですよ。魔力はもう残ってないですけど、戦闘中に負った怪我以外は特に異常はありません。そのために頭を悩ませてきたんですから」
アライアの心配の一つは後遺症について。初めて私が醒花を使った後に起こった事を考えればその心配も当然だろう。
「だ、そうだぞアライア。醒花を使って魔力を消費するのは妥当だし、後遺症もないならなおさら問題ないだろ」
「……後遺症がないのは分かったけど、もう一つ。これは私の推測なんだけど、もしかしてルーコちゃんの醒花は発動するために条件があるんじゃないかな?」
「それは……」
確かに私が醒花を発動させるには一定の魔力を消費しないといけない。
それは魔力結晶を摂取する関係で必要な工程で、別に隠す事でもないけど、たった一回の戦いでこうも簡単に気付かれるとは思わなかった。
「その反応的に図星みたいだな。まあ、大方、魔力結晶を取り込む関係上、事前に魔力量を調整する必要があるってとこだろ」
「…………よく気付きましたね。まだ誰にも言ってないのに」
直接戦っていたアライアはともかく、傍から見ていたレイズが的確に条件を当ててきたのは予想外だ。もしかしたら醒花を使うまでに時間をかけた事が違和感に繋がったのかもしれない。
「なるほどね。つまり、ルーコちゃんが醒花を使うにはある程度、普通に戦って魔力を消費し、結晶の取り込む工程を踏む必要がある、と」
「……付け加えるなら戦いの最中に宣言した三分は私が醒花を扱える時間です。使用後は魔力切れになるのでそういう意味でも文字通り最後の手段ですね」
どうせ気付かれるのならと、指摘される前に全てを明かしてしまう私へレイズが呆れたような視線を向けてきた。
「お前な、いくら仲間とはいえ、そんなにあっさりと切り札の弱点を話す奴があるか」
「……言わなくても二人はどうせ気付くでしょうし、それなら正直に話してしまった方が良いと思って」
「ま、そうだね。決着を焦ってそうな辺りで薄々、そうじゃないかなとは思ってたよ。そもそも、無限の魔力を何の制限もなく使える訳もないだろうし、もし使えたとしたら戦い方はもっと変わってたんじゃないかな」
アライアの言う通り、仮に無限を自由に使えたなら魔力切れという概念もなく、理論上は常に醒花を発動した状態を維持できる。
だから離れたところから無限に魔法を撃ちこむという戦法が最適解になるのだが、もちろん、そんな反則じみた事を私ができる筈もない。
「ルーコがそれでいいなら構わんが……それにしても弱点を克服すれば随分と無法な性能だな。それこそ極めれば俺やアライアも超えられるんじゃないか?」
「……それはないですよ。私じゃ逆立ちしたって二人に及びません」
「そんなに卑屈にならなくてもいいと思うよ。レイズも言った通り、ルーコちゃんの醒花はそれだけの可能性を秘めてる。でも……」
頷きながらも、そこでアライアは一旦、区切り、眉根を寄せて言葉を続ける。
「今の実力じゃ森へ戻る許可は出せないかな。醒花を使うと魔力切れになるのは駄目だね。そこを突かれたら逃げる事もできずに殺されちゃうよ?」
「っそれは…………」
突きつけられるのは事実然とした正論。
あの森の事は分かってるだとか、出てくる魔物だってかつての私が倒せたくらいだから問題ないだとか、反論はいくらでもできる筈なのに、アライアの真剣な表情を前に何も言葉が出なかった。
「……流石に基準が厳し過ぎるんじゃないか?俺の目から見てもルーコの実力は申し分ない。里帰りくらい許してやったらどうだ」
「…………これに関しては妥協するつもりはないってレイズも分かってるでしょ。ルーコちゃんには悪いけど、そこは譲れない」
「そんな……」
レイズからの助け舟も空しく、アライアは頑なに許可を出してはくれない。
言い分を鵜呑みにするなら醒花を完成させれば許可が出るのだろうけど、それにはたぶん、何年……ううん、下手したら何十年かかると思う。
一年や二年ならともかく、何十年なんて待ってられない。
こうなったら正攻法は諦めて他の手を考える他ないだろう。
「……あまり抑えつけてやるなよ。お前がルーコのためを思ってるのは分かってるが、逆にそれが――――」
「この話はこれでお終い。ほら、さっさと戻ってご飯にしよう」
何かを言い掛けたレイズの言葉を遮るように無理矢理、話を打ち切ったアライアはそう言うと、私の方を振り返ることなく、そのまま先へ歩いて行ってしまった。




