第175話 崩せない防御と創造の罠
「出たねルーコちゃんの切り札……それじゃあ、まずは小手調べといこうか」
そんな言葉を口にしたアライアが杖をこつんと地面に打ち鳴らした瞬間、黒く無機質な柱が無数に出現し、私の方目掛けて凄まじい勢いで伸びてくる。
『反覆創造』によって生み出される黒柱の恐ろしいところはその圧倒的な硬度と生成速度だ。
けど、それを攻撃に転用した時の速度は生成速度と比べて遅く、今の私ならその全てを見切れる。
とはいっても、あくまでそれは生成速度と比べたらの話。
もし、『審過の醒眼』を使っていなければかわしきれずに終わっていただろう。
……魔力の僅かな起こりから予測してなんとかかわす事はできるけど、構成に一切の揺らぎがないからこの眼を使っても壊すのは無理みたい。
迫る黒柱の群れを避けながら観察し、その結論に至った私は魔法で加速しつつ、僅かな隙を見つけるべく飛び回る。
「ふふ……こうしてると初めて会った時の事を思い出すねルーコちゃん」
「っ……そう、ですね。というかアライアさん、あの時、手を抜いてましたよね?」
笑みを浮かべてそんな事を言いだしたアライアへ恨み言のようにそう返す私。
今の攻防で分かった事だが、一番初めに戦った時と比べて黒柱の速度が明らかに違う。
あの時の私が未熟だったというのもあるだろうけど、それを考慮しても手を抜いていた事は明らかだった。
「さあ?どうだろうね。あの時は調子が悪かっただけかもしれないよ」
「……らしくない惚け方ですね。意趣返しのつもりですか?」
始まる前の挑発を根に持っての返しかと思ったけれど、アライアは私の言葉に答えず、笑みを深めて黒柱を差し向けてくる。
っこのままだと避けるのに精いっぱいで先に私の気力が尽きる……どこかで反撃の糸口を見つけないと……
反撃する隙が無いわけじゃないが、私の攻撃は全て一瞬で生成される黒柱の防御で遮られてしまう。
だから黒柱を突破できる威力か、もしくは生成を上回る速度での攻撃が必要になってくる。
「……つまりアライアさんはあの黒柱を突破するために醒花を使えって言いたいんだろうね。けど――――」
この戦いの目的が醒花を扱えるようになったかを確認するためのものだというのは分かってる……だけど、そうするためにはある程度、魔力を消費しないといけない。
だから今、狙うのは醒花以外の突破方法。黒柱の嵐を掻い潜って思いつく限りの魔法を試す他なかった。
「〝暴れ狂う風、押し寄せる波濤、混じり集いて、全てを呑み込み、全てを切り裂く螺旋の弾丸〟」
まず狙うのは対剣聖戦で使った異なる属性の相乗魔法だ。
防御に特化した剣聖の〝醒頑〟を貫いたこれならあの黒柱を打ち破れる可能性は十分にあるだろう。
――――『一点を削り穿つ轟嵐』
左右の銃杖から放たれた暴風と波濤はぶつかり、混じり合い、互いに互いを巻き込みながら勢いを増してアライアを守る黒柱へ突き進んでいく。
激突する魔弾と黒柱。ぎゃりぎゃりとなにかを削るような音が響き、凄まじい衝撃が辺りを震わせる。
やがて撒き散らされた風と水によって塞がっていた視界が晴れ、表面が少しだけ削れた黒柱が姿を現した。
「……これで半分すら削れないなんて少し硬すぎじゃないですか?」
「お褒めに預かり光栄だね。でも、ぼやいてるだけじゃ突破できないよルーコちゃん?」
呆れ混じりの呟きに挑発で返してくるアライア。その反応から察するにやはり醒花を使わせたいのだろうけど、生憎とまだ使えない。
……とは言っても、あれが通じないなら後は重ね掛けくらいしか真正面から突破する手段は思いつかないんだけど……どうしようかな。
真正面からの突破が難しいなら搦め手で……と言いたいところだが、あの防御力を前にそういった手段は通じない。
後は生成を上回る速度での攻撃だけど、それには死の危険がつきまとう。
あの圧倒的生成速度を超えるためには『風を生む掌』の多重掛けを使うしかない。
でも、もし生成速度を上回れなければ私は超加速したまま硬質の黒柱に激突して死ぬ。
実際に比べたわけじゃない以上、そんな危険な賭けに踏み切るわけにはいかなかった。
「こうなったら黒柱に干渉しない形で仕掛ける……!」
加速して飛び回り、黒柱の猛攻を避けつつ、アライアの足元を狙って銃杖を構える。
「何を――――」
「〝土は水を吸い込み、その在り方を変えていく〟――――『水土の泥沼』」
両の銃口から放たれるのは水と土の性質を含んだ魔法弾だ。
それらがアライアの足元に着弾し、炸裂。地面に水と土の魔力が滲み込み、あっという間に泥沼を形成していく。
「……なるほど、これで私の体勢を崩す算段って事だね。ならこうしようか」
私の狙いに気付いたアライアは焦る素振りすら見せることなく、泥沼の中から黒柱を伸ばしてそのまま足場にしてしまった。
通じるとは思わなかったけど、こうもあっさり対応されると流石にへこむかも……
今の魔法だって並の相手ならそのまま沈んで窒息する凶悪なものだったにもかかわらず、アライアは意にも返さない。
まあ、単純にこの魔法と相性が悪いというのもあるだろうけど、それを加味してもあまりに対応が早過ぎる。
……いっそ『魔力集点』で必要分の魔力を消費できればいいんだけど、そう上手くはいかないんだよね。
『魔力集点』は自身の魔力を一気に消費する事で出力を上げる……故に消費を抑えて途中で止める事はできても、必要な量を調整して止めるなんて芸当はできない。
だから通じる通じないを問わずに魔法を使い続けるしかなかった。
「足元は駄目だったけど、地面から距離がある今なら…………」
「防壁を展開するのに一瞬の隙が生まれる、かな?でも残念、私の創る黒柱は地面でも空中でも関係なく生成できるから速度に影響はないよ」
呟きを拾い、私の目論見に気付いたアライアがそれを無駄だと口にする。
「……そう、ですか。なら他のやり方を試すだけです」
「ふふ、そっか。ならそれを楽しみにしてるよ――――」
笑みを浮かべたまま容赦のない攻撃を仕掛けてくるアライア。心なしか攻撃が激しくなっているような気さえする。
「まずっ……!?」
猛攻を掻い潜った先に現れた黒柱と激突しそうになり、慌ててそれを避けるも、避けたところを狙いすましたかのように追撃が降り注ぐ。
「ッ『風を生む掌・二重』!」
咄嗟に出せる最高速度で黒柱の雨をぎりぎりかわした私はそのままさらに距離を取った。
今の攻防、私の動きが分かっていないとできないはず……もしかしてここまで全部、誘導されてたって事……?
そうでなければ説明のつかないほど的確な攻撃を前に、まるで全てがアライアの掌の上だったんじゃないかという錯覚に陥りそうになる。
「――――そのくらいの距離じゃ逃れられないよ」
思考する私の隙を突くように上下左右、あらゆるところから黒柱が生成され、逃げ場のない猛攻が私を襲った。




