第174話 凡才の魔女対創造の魔女
あの日以降、私は模擬戦をこなしながら思い付いた理論をどうにか形に落とし込むために研究を続けていた。
「……理屈としては間違ってないと思うけど、流石に感覚を掴みづらいかも」
料理を元に思いついた理論を実践するには私の魔力操作精度でも中々に難しい。
けれど、できそうにないという程でもなく、そう遠くない内にそれを習得できる……とは思う。
「これをものにできれば自由自在とまではいかないけど、醒花を扱えるようになるはず……そうしたらやっと…………」
私が醒花を扱えるようになるために四苦八苦しているのは魔女の称号に相応しい実力を得るという目的もある。
でも、それ以上にアライアから出された条件を満たすためという理由の方が大きかった。
王都での騒動を終え、ここに帰ってきた後、早速、お姉ちゃんに会うため森の集落に向かおうとしたところ、アライアから止められてしまったのだ。
魔女という称号は得たけれど、実力的に未熟な私がまだ森へ行くには早過ぎる。
だから醒花をまともに扱えるようになるまでは駄目だと言われた以上、私には何も反論はできない。
正直、生まれ育った森だし、出てくる魔物もあの頃の私が倒せるくらいの強さだった。
長老やあの凶悪な魔物という不確定要素はあれど、今の私なら何の問題もないはずだ……たぶん。
「……でも、師匠であるアライアさんから言われた以上、それを無視するわけにはいかない……それに魔女になるのはまだ先だって思ってたし、そう考えると、これが形になるまでの間くらいなんでもないか」
何度か挑戦したところで休憩がてらにぼうっと見上げて独り言つ。
お姉ちゃんの安否は気になるけど、それを言い始めたら外の世界で目覚めた時に何が何でも確認しに行っている。
確信があるわけじゃない……でも、お姉ちゃんなら大丈夫。きっとなんだかんだ、のほほんと村に戻って過ごしてるに決まってる。
「…………よし、今日はもう少し頑張ろうかな」
両頬を軽く叩いて気合を入れ直した私は日を跨ぐぎりぎりまでその感覚を掴むために特訓を続けた。
そして約二週間が経ち、私はパーティのみんなに見守られながら〝創造の魔女〟アライアと対峙していた。
「――――さて、それじゃあルーコちゃんの醒花を見せてもらおうかな」
戦闘用の装備に大きな杖を携えたアライアが笑みを浮かべながら私の方に視線を向ける。
今から始まるのは私の里帰りのための最終試験。魔女に相応しいだけの実力……つまり、醒花を扱えるのだと示すための戦いだ。
……理論は為った。後はこの実戦でそれが使える事を証明できれば完成する。
この二週間、理論の実験と並行してレイズと模擬戦を繰り返してきたけれど、醒花を試す機会はついぞなかった。
だからぶっつけ本番、この最終試験でアライアにぶつけるしかない。
「……それってまさか成果と醒花をかけてます?」
「お、もしかして挑発かな?ルーコちゃんも言うようになったね」
「そういう訳じゃ……って、なんで笑ってるんですか。もしかしてからかってます?」
「ふふっごめん、ごめん。ルーコちゃんが緊張してるみたいだから和らげようとしただけだよ」
軽口を叩き合いながらお互いに杖を構え、臨戦態勢を取って開始の合図を待つ。
「……本当なら俺がやりたかったんだが、ま、こればっかりは仕方ない……それじゃあ、もう準備はようだし、いくぞ――――始め」
レイズの合図と共に私は駆け出し、先手必勝と言わんばかりに銃杖を前に出して呪文を口にした。
『暴風の微笑』
圧縮された暴風の弾が銃口から放たれる。
炸裂すれば衝撃だけで相手の意識を吹き飛ばすほどの威力を持つ魔法だが、アライアは当然のように反応し、杖を正面に構えて無詠唱で障壁を展開、何事もなかったかのように防ぎきって見せた。
「まだまだ……!」
魔力という弾丸を込めつつ、強化魔法を使って肉薄し、銃撃と拳打を織り交ぜながら攻めるも、その全てをいなされてしまい、アライアには届かない。
それどころか、アライアはその大きな杖に魔力を纏わせ、武器のように振り回して反撃してくる。
「詠唱する暇を与えないって事なんだろうけど、ちょっと考えが甘いんじゃないかな?」
「ぐっ……」
杖術とでも言えばいいのだろうか、やたらめったら振り回しているわけではなく、一つ一つの動きが洗練されており、私の隙を的確に突いてくる。
っ近接が弱いとは微塵も思ってなかったけど、ここまで強いのは反則でしょ……!
近接戦において魔女らしからぬ化け物っぷりを見せるレイズとずっと戦ってきた今の私なら十分に渡り合えると思っていただけにこの状況はあまりに想定外だ。
このままだと、醒花を使える使えない以前に試す暇さえない。
……自分から仕掛けた接近戦だけど、こうなったら距離を取るしかない。
迫る杖を避けると同時に地面へ風弾を発砲、もう片方の銃杖でアライアを牽制しながら距離を取った。
「……私から距離を取る意味を分かってるだろうから遠慮はしないよ?――――〝繰り返す想像、思い巡る理想、描くもの全てを具現し、万物を自在に操る……理よ、歪め〟」
高まっていくアライアの魔力が周囲を空気を震わせ、凄まじい圧力が私を襲う。
――――『反覆創造』
いよいよ二つ名の由来であるその魔術を発動させたアライア。
こうなってしまえば圧倒的質量の攻撃、一瞬で展開される絶対防御、攻防隙のない突破困難な状況だ。
実際、私はあの魔術を前にして完封されているし、アライアがその気になれば一瞬で制圧される可能性だってある。
でもそれは集落を出たばかりの私だったらの話……今の私にはあの頃にはなかったいくつもの手札があった。
「〝風よ、無数の矢弾となりて敵を撃て……水よ、無数の礫を撒き散らせ〟――――」
『重線の連風弾』『水礫の散弾』
交差に構えた両の銃杖から呪文と共に撃ち出すのは異なる属性の即興魔法。
今まで使ってきた魔法の中からこの場に適したものを選び出し、欲しい効果を得られるような詠唱を乗せた。
今、欲しいのは攻撃力よりも手数、アライアをあの場に押しとどめ、さらに詠唱する時間を稼ぐための魔法だ。
放たれた風と水の弾丸はそれぞれ拡散し、一発一発が決して無視できない威力の魔法がアライアへと降り注いだ。
「〝集え、世界を捻じ曲げる命の光、求めるのは可能性。私の望みに応え、深淵を覗く軌跡の瞳をここに〟」
あの程度ではどうしたってアライアの防御を崩す事はできない。それどころか、あの魔法の雨を受けても、アライアは無傷のまま攻勢に出てくるだろう。
それが分かっているからこそ、私は着弾を確認する間もなく、さらに距離を取って詠唱を紡ぎ、切り札の一つを躊躇いもなく切った。
――――『審過の醒眼』
こめかみに銃口を当て、呪文と共に引き金を弾いたその瞬間、魔力の奔流が身体を駆け巡り、私の瞳を金色に染め上げ、見える景色を一変させる。
「……さあ、ここから本番です。行きますよアライアさん」
相手に届いているかも分からないくらいの声で宣言した私は真っ直ぐアライアを見据え、銃杖の柄を強く握りしめた。




