第173話 思い悩む私と思わぬ糸口
私が〝凡才〟の二つ名と共に魔女の称号を半強制的に受け取らされてからすでに一週間が経過していた。
あの後、称号を受け取り、用の無くなった私達は早々に謁見の間を追い出され、その数日後には王都を離れる事に。
事の顛末として、国の行く末だとか、前王の処遇だったりだとか、これからジョージア王は後処理に追われる日々を送るのだろうけど、言ってしまえば私には関係のない事なので、それ以上は割愛する。
〝療々の賢者〟リオーレンについては結局のところ何も分かっていない。
一応の可能性を考えて、黒毛玉……〝死遊の魔女〟の成れの果てにも何かを知らないか、色々聞いてみたけれど、反応は芳しくなかった。
まあ、そもそも、リオーレンと顔を合わせた時の反応的に二人が互いを知らない事は窺い知れたので、私の心配は杞憂だったという事だろう。
ともあれ、陰謀渦巻く昇級試験から始まり、国をひっくり返す一連の騒動は私が魔女の称号を得るという思わぬ終わりを迎えた。
そして今、無事に拠点へ帰ってきた私が何をしているのかというと…………静かな森の中で迫る猛攻を必死にかわしていた。
「――――ほらルーコ、反応が遅れているぞ!」
喜色を浮かべて戦斧を振り回すのは〝絶望の魔女〟レイズだ。
謁見の間でまだ魔女の称号を受け取るだけの実力がないと言った私の言葉を受けて、なら俺が鍛え直してやると張り切り、帰ってきてから毎日、死の危険すら覚える程、激しい模擬戦を繰り広げている。
迫る戦斧を紙一重でかわし、『風を生む』の二重掛けを使って距離を取りつつ、反撃の隙を探る。
……今の私ならレイズさんにも速度で勝ってる。動きも見えるし、攻撃の後隙を突いて――――
視界の端でレイズの姿を捉えながらそんな事を考えていると、不意に強烈な光が弾け、一瞬、私の目の前が真っ白に染まった。
結局、あの後、目が眩んでいる間に距離を詰めてきたレイズの戦斧に吹き飛ばされた私はそのまま気絶してしまった。
普段なら目を覚ました後にもう一度、模擬戦という流れになるのだけど、今回は私のやられ方を含めてレイズが大変ご立腹だったらしく、これからお説教が始まろうとしている。
「――――なまじ優れた眼の魔術を手に入れたせいか、それに頼り過ぎるきらいがあるなお前は。だからただの目眩ましで大きな隙ができる……その眼の絡繰りが分からない相手ならともかく、見抜かれてしまえば確実にそこを突かれるぞ」
指摘されたのは案の定、敗因となった目眩しによる大きな隙の事だ。
確かに私は『審過の醒眼』を身に着けてからその圧倒的な性能に頼り切っていた。
まあ、相手の動きと魔力の流れから先を読み、簡易的な未来視まで可能とするほど強力な魔術なんて頼るなという方が難しいし、格上と戦う上でこれ以上、有用なものもないだろう。
「…………でも、これなしじゃレイズさんの動きや二重の魔法速度にもついていけませんし」
「別に使うなって言ってるわけじゃない。使う上でその魔術の特性や弱点をしっかり把握し、頼りきりにならないようにしろと言ってるんだ。実力が足りなかろうと今のお前は〝魔女〟……それをもっと自覚しろ」
そこから数十分、レイズのお説教が続き、ようやく解放されたかと思えばもう一度、模擬戦をする事に。
お説教の内容を踏まえて今度は目眩ましに気を付けつつ立ち回ったのに、変わらずぼこぼこにされた私は改めて魔女との実力差を思い知った。
……基礎云々も足りてないけど、やっぱり〝醒花〟を扱えるようにならないと話にならないかぁ。
経験や魔力量の差も大きいが、魔女であるレイズとの実力の違いはやはりその一点に尽きる。
だからあの一件以降、どうにか安全に醒花を使えないかと毎日、模擬戦が終わった後で頭を悩ませているけれど、良い案はいまだに浮かばない。
「……そもそもの話、私には醒花に至るだけの魔力が足りないのが問題なんだよね……『魔力集点』はあくまで爆発的に魔力を消費してるだけで総量が増えるわけじゃないし……やっぱり魔力結晶を使うしかないのかなぁ」
自室で椅子に座りながら足をぷらぷらさせて独り言ち、その結論に至る。
良い案が浮かばない原因とでもいうべきだろうか、どれだけいろんな方法を考えても最初に醒花を成功させた方法をなぞってしまいそうになってしまう。
あの半ば強引な方法でも安全に制御できる方法が見つかるならそれでもいいんだけど、失敗した時点で終わりだからおいそれと試せない。
というか、内側から外へ身体を食い破ろうと暴れる魔力の奔流から生じる激痛を魔法で誤魔化してるだけのやり方では今度こそ私自身が弾けて四散する可能性の方がずっと高いだろう。
ぐるぐるぐるぐると変わらず堂々巡りする思考に考えの行き詰まりを感じていると、不意に扉を叩く音が聞こえてきた。
「――――ルーコの嬢ちゃん、今ちょっといいか?」
そのまま扉を開けて入ってきたのはパーティの仲間であり、いつも美味しいご飯を作ってくれるウィルソンだ。
この時間帯にわざわざ部屋まで呼びにきた時点でウィルソンの用事がなんなのかは予想がつく。
「大丈夫ですよウィルソンさん。晩御飯の用意ですか?」
「ああ、ちょっと手間のかかる料理でよ、手伝ってほしいんだが……」
「分かりました。今行きますね」
案の定、手伝いを頼まれたのでそれを了承し、思考を止めてウィルソンの後に続いて台所へと向かった。
「……よし、それじゃあ嬢ちゃんはこっちの肉だねをこねてくれ」
髪を後ろでひとまとめにしてから手を洗い、ウィルソンに言われた通り、大きめの器に入った肉だねをこね始める。
うう、冷たい……でも、なんだかこうしてるとお菓子をお姉ちゃんと一緒に作った時の事を思い出すかも……
ひんやりとした肉だねの何とも言えない感触と不意に過った思い出に笑いそうになりながらも、粘り気が出るまでこね続けた。
「お、そっちもいい感じだな。それじゃあ今度はその肉だねを成形して……こういう風に空気を抜いてくれ」
肉だねを掌くらいの大きさに取り、両手を使って軽く叩きつけるように放り回すウィルソン。
それに習い、見よう見真似でやってみるも、手が小さいせいか、ウィルソンのように丁度いい大きさにする事ができない。
「……こんな感じですか?」
「おう、その調子で次も頼むぜ」
悪戦苦闘しながら自分にできる大きさで成形し、ウィルソンと一緒に肉だねがなくなるまで作っていく。
「…………おし、それじゃあこれを焼いていくわけだが、その前に網脂で巻くっていう工程が重要になってくるんだ」
「重要……それを巻かないとどうなるんですか?」
「焼く時に肉汁が漏れ出て仕上がりがぱさついちまう。まあ、完璧にやるんならもっと肉だねをきんきんに冷やした方がいいんだが、そうすると流石にこねづらいからな。そこはしゃあない」
肩を竦めるウィルソンの説明に私は料理って色々な手間や工夫の上で美味しくなっているんだなぁと、思わず感心して頷いた。
なるほど、この白い膜で包んで中の肉汁を逃さないようにするんだ……中身が漏れないように包む…………ん?
引っ掛かりと既視感を覚え、頭の中で今、思い浮かべた言葉を反芻していく。
「ルーコの嬢ちゃん?どうした――――」
「っすいませんウィルソンさん!ちょっと思いついた事があるので抜けさせてもらってもいいですか?」
「あ、ああ、そりゃ別に構わねぇけどよ……」
「ありがとうございます!失礼します!」
困惑するウィルソンを他所に頭を下げてお礼を言った私はそのまま台所を後にし、急いで自室に戻った。
この後、夢中で思いついた事を紙に書き留めていたせいでご飯に遅れ、怒られた事は言うまでもない。




