第170話 思わぬ言葉とまさかの報酬
私の話……そう言われても、特に話すような事はないと思う。
占い師の女性が伝説とも称される時の魔女だったという事実には驚いたけれど、言ってしまえば私にとって直接関係のない話だ。
彼女との関係性といえば、王都で引き留められたあの時に少しだけ話しただけ。
しかも、一方的に意味深な事を言われ、私は言葉を返す間もなくその場を後にしたので、話したとさえ言えないかもしれない。
個人的に話すのならともかく、新しい王やら前王の裁きやらと、話題に事欠かない今、わざわざ私なんかの話をする必要があるとは尚更、思えなかった。
「おや、その顔はここで自分の話をする必要なんてないと思っている顔ね?」
「……事実としてそうじゃないですか?この場で話すような事じゃ――――」
「それがそうもいかないのよ……ねぇ?ジョージア王」
答えようとする私の言葉を遮り、時の魔女が問いを投げ掛けた相手はまさかの元王太子殿下であるジョージア王。
追いかけてくる住人から助けてくれた恩はあるけれど、今とは立場が全然違う。
向こうからすれば私はただの魔術師に過ぎないのだから言及されても困るだろうにと思いつつ、ジョージア王の方へと視線を向ける。
「……そうだな。確かにこれからするのは君の話だ……ただ、そこの魔女は言葉が足らない。王として呼んだ以上、君が何かを話すのではなく、俺が君に話があるんだ」
「…………王が私に……ですか?」
忘れかけていたけど、今、この場に立っているのは王に呼ばれたからだ。時の魔女が一方的に喋るせいですっかり頭から抜けていた。
でも、私に話って一体……?今回の件で何かあるとか……?
思い当たる節はあるものの、裁きを後回しにしてまで今、話すような事でもない気がする。
「そうだ。薄々察しているだろうが、話というのは他でもない前王をめぐる騒動についての事なのだが…………まず始めに国の代表として君に謝らなければならない。関係のない君にこの国の命運を左右するような大事を丸投げしてしまってすまなかった。頭を下げて済む話ではないと分かっているが、それでも謝らせてくれ」
「へ……?」
まさかのまさか、就任したばかりとはいえ、大国の王がたかだか一魔術師に頭を下げるなんて思いもよらない出来事を前に驚きの声が漏れた。
「……いくらその必要があるといっても、大国の王がそう簡単に頭を下げるものではないと思うのだけれど……その辺りを分かっているのかしら?」
「そ、そうですよ。正直、何の事を言っているのか分からないですけど、頭を下げられるような事なんて何も…………」
頭を下げる王に対して目を細めつつ、投げ掛けた魔女の問いに続けて私はそう口にする。
たぶんだけど、私が元王と対立して大暴れした事を指しているのだろう。
確かに前王に罪を償わせるために戦いはしたが、国の命運を左右するなんて考えもしなかった。
だから頭を下げられても困るという感情が先にきてしまい、むしろこちらの方が申し訳なく思ってしまうくらいだ。
「……いや、俺には謝る義務がある。無論、一国の王が頭を下げる意味は理解している……だが、それでも……だからこそ、謝る事でせめてもの誠意を示したかったんだ……あくまで俺の自己満足かもしれないが」
そこで言葉を区切り、顔を上げたジョージア王は真っ直ぐ私の方を見据え、言葉を続ける。
「国を揺るがす前王の愚行を止め、民草の未来を救ったこと……国の代表として改めて礼を言わせてくれ――――本当にありがとう」
再度、深く頭を下げたジョージア王からの感謝の言葉にどう反応していいのか、どう返すのが正解なのか分からず、口を開く事ができない。
たぶん、ここで私がなんと返そうと、ジョージア王は特に咎める事はしないだろう。
けれど、大国の王となった彼がその立場を理解した上で頭を下げ、感謝を口にしたのなら私も下手な言葉を返すわけにはいかない……分からないままだろうと精一杯、誠意をもって答えるべきだ。
「…………正直な話をすると、私は別にこの国の人達のために戦ったわけじゃありません。ただ前王を許せなかったから……徹頭徹尾、自分のためです。結果的にそうなったとはいえ、やっぱり私にはお礼を受け取る資格はありませんよ」
分からないながらも、思っている事を素直に口にすると、頭を上げたジョージア王が苦笑し、時の魔女は露骨に吹き出して、少し離れたところにいるアライアとレイズが呆れた表情を浮かべているのが見えた。
「……頑なだな君は。まあ、君がどう思っていようと、救われたのは事実……となれば、王としてその働きに報いなければならない」
「へ?いや、それは――――」
「ふふっ、くれるというのだからもらっておきなさいな。きっと貴女の目的には必要なものだから」
断ろうとする私の言葉を遮り、時の魔女が笑みを浮かべたまま、そんな事を口にする。
時の魔女と話したのはあの時と今の二回だけ、もちろん、私の目的がどうなんて話した覚えはない。
にもかかわらず、意味深にそんな事を言いだした時の魔女に対して不信感が募る。
「……そうやって変に秘密めいた喋り方をするから胡散臭い女だと思われるんだ。全く、お前だけならまだしも、俺まで不審がられたらどうするつもりだ?」
「あら、それは失礼。まあ、でも、私にとっては胡散臭いと思われるくらいが丁度いいので変えるつもりはないわ。それに一国の王となった貴方が今更、不審がられるも何もないでしょう?」
肩を竦める時の魔女だが、言葉の通り、態度を改めるつもりがないらしく、意味もなく、意味深な笑みを浮かべていた。
「減らず口を……はぁ、まあ、いい。今はお前の事より、魔術師ルルロアに与えるべき報奨についてだ」
「そうね、それが賢明だわ」
半ば諦めたように溜息を吐いたジョージア王に対して笑みを深める時の魔女。
今更だけど、いくら魔女とはいえ、大国の王を相手にここまで我を貫き通す態度を取れるのはある意味で凄いと思う。
「……釈然としないが、言及するのも面倒だ。だからこれ以上、回りくどい言葉は抜きにして――――魔術師ルルロア・アルラウネ・アークライト、国を揺るがす大事を治めた立役者として貴殿に魔法使いの最上位……魔女の称号を与える」
「…………え……ええぇぇぇっ!?」
思わぬ言葉にさっきまで頭に浮かんでいた時の魔女がどうだとかいう考えは吹き飛び、謁見の間に私の驚く声が響き渡った。




