第167話 苛烈な剣撃と限界の先
「――――どうした、避けるだけか小娘?」
攻め手を休めずに剣撃を仕掛けてくる剣聖がその最中、挑発するように問いを投げ掛けてくるが、生憎とそれに答える余裕なんて私にはない。
ッ先読みしてるはずなのにかわすので精一杯……こうなったら…………
詠唱する隙はない、常に高速移動していなければ剣閃の餌食、速度をこれ以上出せば制御が難しい、八方塞がりの状況で私が賭けられるのは一つ…………『審過の醒眼』の出力を上げる事だけだ。
一度も試した事がない……正確に言えばその必要性がなかったのだが、出力を上げるには神経を擦り減らす高速の攻防を繰り広げながら、発動時よりもさらに洗練された濃密な魔力を練り上げ、両の瞳へと循環させなければならない。
難しいのは承知の上、どのみちできなきゃやられる……ここが勝負どころ……!
剣閃をかわし続け、並行して『魔力集点』の要領で魔力を中心へと集め、練り上げる。
まだ……まだ……まだだ……もっと、もっと……限界の先まで――――
目まぐるしく変わる景色と焼き切れそうなほど回る思考の中、私はそれでも魔力を練り上げ続けた。
たぶん、今、この局面が私の分水嶺……剣聖という巨大な壁を乗り越えなければ、きっと魔女になる未来はない。
だからこれは徹頭徹尾、自分のための戦い。
誰のためでもない自分の意地のために私は全てを振り絞って可能性に賭けた。
「……さて、反撃がないのならそろそろ終わらせるぞ?避けられるものなら避けてみるがいい」
そんな台詞と共に繰り出されるのは先程までの手数を優に超える剣撃の嵐。
最早、一瞬先を読んだところで避ける事は叶わない物量の剣閃に対して私の出した答えは――――
「――――一瞬で駄目ならもっと先を見通せばいい……それだけだ!」
大幅な魔力の減少と連戦による疲労感、限界まで思考を回し続けた事による頭痛、そんなものは知らないと言わんばかりに無理矢理笑い、練り上げた魔力を開放した。
瞬間、私の視界に飛び込んでくるのは今までの数倍はあろうかという情報量。処理するだけで気が狂いそうになるであろう情報の塊と向き合い、噛み砕き、私は数手先の未来を読む。
袈裟斬り、薙ぎ払い、打ち下ろし、斬り上げ、変幻自在かつ、回避の難しい高速の斬撃を全て読み切ってかわして見せると、剣聖の顔に初めて驚愕の表情が浮かぶ。
「っこれを完璧にかわすだと……?」
「くっふふ……!ようやくその余裕そうな表情が崩れましたね。小娘一人殺しきれない雇われ剣聖さん?」
ずきずき走る痛みと疲労、そして、致死の剣撃をかわしきった事で情緒が少しおかしくなってしまったらしく、つい、変な笑いと共に口から挑発が飛び出てしまった。
「……なるほど、どうやら俺の剣をかわした事が余程嬉しいらしい――――調子に乗るなよ小娘がッ!」
ここまでずっと余裕な態度を崩さなかった剣聖が初めて声を荒げる。
おそらく、決めにいった剣撃を避けられたのが相当頭にきたのだろう。
その証拠にさっきまで反応を示さなかった挑発が効いており、今の剣聖は冷静さを欠いているように見えた。
……怒りは冷静さを失わせ、動きが単調になってくる……これなら十分に読み切れる。
怒りに任せ、再度、放たれる無数の剣撃を全てかわした私はそのまま剣聖の懐まで潜り込み、初めて反撃を仕掛ける。
――――『暴風の圧縮掌』
使ったのは以前、レイズとの模擬戦で使った魔法。分かりやすく言えば『暴風の微笑』を高密度に圧縮し、指向性を持たせて放つという原理だ。
単純な原理なだけに今の私なら以前の倍以上の風量を圧縮させる事ができる。
圧縮された風はうねりをあげて暴れ狂い、ぎゃりぎゃりと異音を立てながら解き放たれる瞬間を待ち望んでいた。
「ッ!?」
剣聖の胴体目掛けて解き放たれた暴風は瞬間的に凄まじい圧力を生み出し、対象と効果範囲内のあらゆるものを抉り、切り刻む。
放たれた魔法が通った後には何も残らない……そのくらいの威力を私は込めたつもりだ。
実際、その軌道上の床や柱は跡形もなく切り刻まれている。
――――けれど、肝心の対象……魔法をまともに受けた筈の剣聖は吹き飛ばされてはいるものの、その身体には傷一つ、ついていなかった。
……一撃で倒せるなんて思ってなかったけど、あれをくらって無傷なのは予想外。たぶん、なにか仕掛けがあるんだろうけど。
とはいえ、予想外であっても、絶望はない。
魔法が効かなかったのには何か種がある筈だし、『暴風の圧縮掌』が私の最高火力という訳でもない……むしろ、これで反撃する事ができると確信が持てた。
問題があるとすれば残りの魔力が少なくなってきた事だ。
いくら精密な魔力操作のおかげで最小限の消費で効率よく魔法が使えるようになったといっても、私の魔力量が増えたわけじゃない。
事前に準備していた分は除いても、ここまで二重や三重の魔法を使い、かなりの魔力を消費してしまった以上、ここからはより一層、気を付けなければならないだろう。
「ッ馬鹿が……俺の〝醒頑〟の真価は速度じゃなく硬度!あの程度の魔法で倒せるとでも思ったか!!」
なるほど、あの防御力は〝醒頑〟由来のものだったか。それならさっきの魔法を受けて無傷だったのも頷ける。
身体だけじゃなく、鎧や剣も無傷な辺り、身に着けているものにも影響を与えるようだ。
……硬度って言ってる辺り、際限なく無敵という訳じゃないはず、ならまだ手はある。
幸い、剣聖は頭に血が上り、冷静さを欠いたまま……私が魔法を使う隙はまだあるはずだ。
剣聖の言葉に嘘がないとすれば、あの〝醒頑〟はたぶん、硬度を筆頭に全体的な強化を施す類のもの……でも、それにしては派手さに欠けるような気がする。
……絶望の魔女であるレイズさんが〝醒花〟を使った時は広範囲の木々を薙ぎ倒すくらいの一撃を放ってた。
絶望の魔女が例外だとして、いくら防御性能に偏っていようと、国の最高戦力と称される近接職の最上位である〝剣聖〟の切り札がこんなものであるはずがない。
…………そっか、この場所で全力を振るうわけにはいかないんだ。
この場所……謁見の間はかなり広い。それこそ、私と最上位手前の集団が多少、派手に戦ったところで重鎮達へ影響が出ないほどに。
けれど、それはあくまで多少の範囲……最上位の称号持ちが全力で戦おうものなら謁見の間どころか、城まで吹き飛ばしかねない。
だからこそ、剣聖は全力を出せない。速度はともかく、まとめて吹き飛ばすなんて力技はできないのだろう。
「……ならこれで――――『白煙の隠れ蓑』」
単調な剣撃を全てかわし、少しだけ距離を取る事に成功した私が使ったのは風以外で最も得意と言っても過言ではない煙幕の魔法。
謁見の間の隅から隅まで白煙が覆い尽くし、あっという間に辺り一面、真っ白に染まった。
相手は剣聖……視界を潰されたところでそこまで支障はないのかもしれない。けど、私にこの眼がある以上、その差は大きく出てくるはず…………
この視界不良の中、動き回る私を重鎮達に気を付けながら攻撃するのは余計に難しい。
まあ、剣聖が全てを投げ捨てる覚悟なら別だが、そんな事ができるのなら最初からそうしている筈だ。
「ッ煙幕なんて姑息な真似を……!この程度で俺を――――」
「――――『縛り絡む旋風』『細雪の纏繞』」
憤り、声を上げる剣聖へ私が放ったのはどちらも強力な拘束魔法。
練り上げられた風と爆発的な冷気が剣聖を取り囲み、絡みつくようにその身体を侵食していった。




