第165話 暴風領域と戦力の測り違い
「――――悪いが、手柄は俺がもらうぜ!!」
待ち構える私に対し、一番最初に仕掛けてきたのはおそらく剣豪であろう金髪の男性。長剣を横合いに構え、凄まじい速度で突っ込んでくる。
「――――『風を生む掌・二重』」
呪文を唱え、魔法を展開、斬りかかってくる剣豪よりも速く移動し、空中に身を翻した私はもう一度『風を生む掌』を使ってその背後を取った。
「ッ……!」
流石は剣豪、完全に不意を突いた筈なのにしっかり反応し、反撃を返してくる。
しかし、それは想定内……私は銃杖を剣豪の頭に向け、空いた方の手で指を弾いた。
「なッ!?」
瞬間、その真横で風が弾け、体勢を崩す剣豪。おそらく、何もなければ彼の剣は私の身体を捉え、真っ二つに切り裂いていただろう。
けれど、結果はこの通り。
体勢を崩して隙を晒した剣豪の頭に向かって引き金を弾き、魔法を撃ち放ってその意識を刈り取った。
「これで……!?」
剣豪を倒した直後、私の頭目掛けて水の魔法弾が飛んでくる。
もし、これがさっきまで相手をしていた衛兵だったら、剣豪が倒された時点で動揺し、反撃をしようなんて思考自体、思い浮かばなかっただろう。
流石は称号持ちというべきか。潜ってきた修羅場の数が違うらしい。
「チッ……外したか」
杖を構えた魔術師であろう女性が舌打ちと共に次弾の魔法を構える。けれど――――
「――――遅い」
今の私の速度はあの魔物よりも上、近接が得意な剣豪で反応するのが精一杯な以上、魔術師である彼女が対応できる筈もない。
魔法を撃ち出すよりも早く真正面から突っ込んだ私は彼女が構えた杖を蹴り上げ、そのまま回転、相手の鳩尾目掛けて掌底を繰り出した。
「がっ……!?」
たぶん、ほとんど反射で強化魔法を展開したのだろう。どうにか気絶は待逃れたようだが、どのみち、今の一撃で戦闘不能になった事に変わりはなかった。
「ぐ…………この……それでも…………魔術師……か……」
「……魔術師だからって魔法だけで戦わないといけない決まりはないですよ。むしろ、そんなくだらない事を気にしながら戦っているから貴女はそうやって這いつくばっているんじゃないですか?」
「ッ……!!」
正直、今のは自分でも言い過ぎだとは思う。でも、言っている事を間違っているとは思わないし、相手の心を折るにはこう言った方が効果的だろう。
「二人倒したくらいで……!」
「良い気になるなよ……!」
圧倒的戦力差の筈が、二人立て続けに、それも容易く倒された事で向こうも考えが変わったらしく、拙いながらも連携を取り始めた。
近接職で挟み撃ち……なら――――
腐っても最上位手前の近接職の攻撃だ。強化魔法だけでは避けられないと悟った私は再び指を弾いた。
「「ッ!?」」
避けられるはずも、反撃されるはずもないと思っていたところに意識外から弾ける暴風をくらった二人は回避する間もなく、吹き飛ばされる。
「〝集え、世界を捻じ曲げる命の光、求めるのは可能性。私の望みに応え、深淵を覗く軌跡の瞳をここに〟」
――――『審過の醒眼』
そして、生まれたこの空白を使って唱えるのは数少ない私の切り札の一つ。
後遺症の無くなった今、精密な魔力操作を要するこの魔術も動きながら使えるようになった。
銃杖に魔力を込め、こめかみに銃口を当てて引き金を引いた瞬間、光りの粒子と共に瞳が金色に染まる。
「そんなこけおどしが通用するとでも――――」
先程、二人掛かりで奇襲を仕掛け、吹き飛ばされながらも体勢を立て直した一人が何かを言い掛けるが、言い終えるよりも前に私の放った魔力弾が意識の狭間を撃ち抜いた。
「……この局面で使う魔術がこけおどしな訳ないでしょう?そんな事も分からないんですか?」
「ッ小娘がぁ……!」
煽るように反応したのは奇襲をかけたもう一人の男だ。激昂した辺り、今し方、倒された一人とは知らない仲ではなかったらしい。
激情に任せて突っこんでくる男に対して私の行動は至極単純。相手の動きを見切り、最小限でかわして至近距離で魔法をぶつける……それだけだ。
「馬鹿な……最上位ではないとはいえ、それに次ぐ実力者達がこうも容易く…………」
一方的な戦いを前に重鎮の一人が呆然と呟く。おそらく、この場にいる重鎮の誰もがこんな展開になると予想していなかった筈だ。
彼等が思い描いていたのは圧倒的戦力差の前に蹂躙される私の姿だろう。
……まあ、事前準備をしてなければその通りになったかもしれないけどね。
戦いが始まった直後に私が撃ち放ったのは小さな『暴風の微笑』を目に見えない粒子状になるまで圧縮したものだ。
膨大な数を圧縮するのに数日を要したものの、魔力を圧縮して物質化できる私にとって、それより扱いやすい魔法……それも一番使い慣れている『暴風の微笑』ならばそこまで難しくはない。
まして、今の私の魔力操作は誰にも負けないといっても過言ではないくらいに極まっている。
魔力量が少ないため、一度に生成はしきれないものの、準備する時間さえあれば辺り一帯を覆う事も可能だ。
そして今、この謁見の間に散らばった粒子状の『暴風の微笑』は私が指を弾く事で解き放たれる。
目に見えない以上、理屈なんて知る由もない他の人からすれば、何もない空間でいきなり暴風が炸裂するという理不尽な状況に見えるだろう。
「ッあんな小娘一人に良いようにされてたまるか……!おいお前ら!不意にくる暴風に警戒しつつ、最低でも三人以上で連携して叩くぞ!」
焦りや憤りを滲ませながら叫んだのは最初に魔法で攻撃を仕掛けてきた魔術師の男……確か重鎮達からはサイカと呼ばれていたか。
「なに勝手に仕切ってんだ?お前の命令に従う義理はねぇぞ!」
「でもこのままだと流石にまずいんじゃ……」
「確かに……正体不明の攻撃がどういう理屈で飛んでくるのかも分かってないしな」
「不本意だが、闇雲に突っ込んで奴らのような無様を晒すよりはましだろう」
急に指示を出され、不快感を露わにしていた一団だったが、同格が四人も倒されている現状に危機感を持ったのか、渋々ながらも、それに従う素振りを見せる。
……連携されると少し厄介だけど、気持ちがばらばらな以上、付け焼刃もいいところ……今の私なら問題ない。
私が攻めてこないとでも思っているのか、未だ呑気にどう連携するかを話し合っている一団。そんな愚行を前に私は目を細め、静かに指を弾く。
きっと、彼、あるいは彼女達は微塵も思ってなかっただろう。
たったそれだけの動作を許した事で自分達が全滅する事になるなんて。
「は――――」
呑み込まれる呆然とした悲鳴。
解き放たれた暴風はさっきまでの比ではない威力で炸裂し、その中心にいた称号持ち達は為す術もなく蹂躙されて宙を舞い、吹き抜ける風と共に静寂が場を支配する。
「あ、ありえない……こんな事が…………」
目の前の惨状に最早、そんな台詞を吐く事しかできない重鎮達。
もう彼らを守るものは何もない――――はずだった。
「――――ふむ、エルフの小娘は無能の雑魚と聞いていたのだが、中々に楽しめそうだな」




