第164話 再びの謁見と最後通告
魔物との死闘を終えてから一週間後、私は討伐の報告をするために王城へとやってきていた。
「…………できるだけの準備はした。後はトーラスさん達が上手くやってくれると信じるしかない」
今回、王城へ向かうのは私一人だけ。一緒に討伐へ向かったトーラスとウィルソンはアライア達と共にとある目的のために別行動をしている。
まあ、そうでなくても今から私がする事を考えれば一人の方が動きやすいのかもしれないけど。
門番の兵士に話を通して場内へと足を踏み入れ、謁見の間へと進んでいく。
前回来た時のように嫌な大臣の案内ではないが、不審な真似をしないようにと見張りの騎士が二人ほど近くについていた。
「――――ここから先はお一人で。王がお待ちです」
監視の騎士の一人がそう促すのでそれに従い、中へ足を踏み入れると、王を含めた重鎮たちの視線が私の方に向けられる。
相も変わらず嫌な視線……まあ、気にするだけ無駄だろうけど。
こちらを見下してくる視線を無視しながらまっすぐ進み、王の前で膝をつく。
本音を言うならこうして礼儀を尽くすなんて御免だけど、一応、形式としてそれに従った私へ王が冷めた様子で口を開いた。
「――――魔術師ルルロアよ。よくぞ討伐依頼を達成した。褒めて遣わすぞ」
早速、本題を切り出した王は椅子の手摺に頬杖をつきながら感情の乗っていない賞賛を向けてくる。
……自分達の目論見を潰されて面白くないって内心を隠そうともしない……もう私が気付いているだろうと開き直っているのか、それとも気付いたところで私程度どうとでもなると思っているのか、どっちにしても向こうは私を舐めてかかってるって事だね。
ただのエルフの小娘なんて国を統べる立場からすれば吹けば飛ぶような存在……その反応は当然だけど、私からすれば好都合だ。
「……ありがとうございます。ところで王様、私共が今回、討伐した魔物なのですが、色々と妙な事がありまして」
「ほう……妙な事とな?」
「はい、まず私共が討伐に赴いた際、周囲に何者かが妨害の魔法を張り巡らせており、さらには討伐対象の魔物がなにやら見覚えのある魔術を使ってきたのです」
わざと大袈裟に、演技掛かった身振り手振りで説明してみせると、ジルドレイ王はあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「妨害に見覚えのある魔術か……つまり、何者かがお前たちの邪魔をしてきたと?」
「はい、そしてなにより、一番妙なのは討伐した魔物の姿がなんと見知った人間のものに変わったのです……私の試験を担当した〝炎翼の魔術師〟グロウ殿の姿へ」
「…………魔術師ルルロアよ。つまりお前は何が言いたいのだ?確かにその話が本当なら何とも面妖な話だが、最終的に魔物を討伐したのなら問題なかろう?」
確信を突いた私の言葉にあからさまな態度を取るジルドレイ王。そろそろこの無意味な問答も終わらせる頃合いだろう。
そう思った私は膝をつくのを止めて立ち上がり、真っすぐジルドレイ王を見据えて宣言するようにその言葉を口にする。
「――――もう化かし合いは止めましょう。私は今回の討伐依頼が貴方達の自作自演で、グロウさんを人体実験で魔物へと変えた事も知っています。全員、大人しく罪を認めて裁かれてください」
回りくどい言い回しの一切を省き、私は全てを知っているから諦めて投降しろという旨を言葉を伝えると、ジルドレイ王を除く重鎮たちが呆気に取られた表情を浮かべた後、すぐに顔を真っ赤にして激昂し出した。
「なっ……寄りにもよって我らが人体実験していたと宣うか小娘!」
「勘違い、濡れ衣も甚だしい!恥を知れ!」
「そもそも礼儀はどうした!不敬だぞ!」
「衛兵!その不届き者を捕らえろ!国家反逆罪で縛り首にしてやる!!」
案の定、激昂した重鎮たちは口々に私へ怒号を撒き散らし、兵士を呼んで私を捕らえようとしてくる。
「…………魔術師ルルロア。お前は小娘だが、この場で堂々とそんな事を言えばこうなると分からないほど馬鹿ではあるまい――――最後通告だ。今、発言を撤回し、頭を下げるなら聞かなかった事にしてやろう」
そんな中、周囲を威圧感で黙らせたジルドレイ王から投げかけられる最後通告に対しての返答はすでに決まっていた。
「――――貴方達に頭を下げるつもりなんて微塵もありません。その言葉、そっくりそのままお返しします」
「…………そこまで愚かだとはな。いいだろう。望み通り処刑台に送ってやる――――そこの小娘を捕らえよッ!!」
響き渡るジルドレイ王の命に呼応して衛兵達が私を捕らえんと一斉に動き出し、あっという間に囲まれてしまう。
「……罪を認める気はない、と…………なら私も実力行使させてもらいます」
包囲する衛兵をぐるりと見渡した私は少し体勢を低くして戦闘態勢を取り、真っ直ぐ走り出した。
「なっ――――」
私の真正面に位置する衛兵の懐まで一気に潜り込み、その鳩尾に掌底を叩き込む。
「まず一人――――」
突然、仲間が吹き飛ばされ混乱している内に顎や鳩尾を狙って打撃をぶつけ、次から次に薙ぎ倒す私。
正直、今の私なら不意打ちや混乱の隙を突かなくても一般衛兵くらい真正面から制圧できるだろうけど、この後の事を考えるなら少しでも魔力を温存しておく必要があった。
囲んでいた最後の衛兵を吹き飛ばしたところでジルドレイ王の方に向き直ろうとした瞬間、横合いから魔法が飛んでくるのに気付き、私は飛び退く事でそれを回避する。
「――――ちっ外したか」
魔法が飛んできた方向に目を向けると、杖を構えた魔術師風の男が顔を顰めて立っているのが見えた。
「おお!魔術師サイカ!」
「魔術師だけではない、こちらには剣王に強闘士、剛戦人と最上位に迫る称号持ちが十人以上いる!」
「きてくれたか!これであの小娘も終わりだ!」
魔術師を筆頭に集まった国所属である最上位手前の称号持ち達が登場した事により、重鎮たちが歓喜の声を上げる。
同じく最上位手前とはいえ、魔術師になったばかりに私に対して過剰ともいえる戦力の投入、普通に考えれば一方的に蹂躙されて終わりだろう。
――――そう、普通なら。
……この対面になるのは国と対立すると決めた時から分かっていた。だから――――
腰の専用収納から銃杖を取り出した私は魔力を込め、事前に用意していたそれを真上に撃ち放った。
放たれた翡翠色の魔力弾は空中で弾けて細かい粒子となり、部屋中に飛び散っていく。
「一体何を……」
「これは魔法……なのか?」
「ハッ、攻撃性の欠片もないこんなもの、ただのこけおどしだろ」
「そうね、戦力差は圧倒的だもの。ハッタリでも何でも使おうって腹なんでしょ」
私の行動に最上位手前の称号持ち達が困惑の表情を浮かべながらも、ただの見せかけだと決めつけて攻勢に出ようとしてくる。
「――――これで準備は整った。もうここは私の領域だ」
待ち受ける自分と同格の称号を持つ幾人もの相手を前に私は用意した秘策が上手くいく事を祈りつつ、銃杖を構えた。




