第163話 無謀な決意とこれからのこと
謎を謎のまま、鏡と共にソフニルは完全に姿を消してしまい、後には人間の姿に戻ったグロウの亡骸と私だけが残った。
「…………正直、分からない事だらけだけど、今はもう考える気力も残ってないや」
地面にごろんの仰向けに倒れ、空を見つめながら私は一人呟く。
今回の魔物討伐は本当に色々あった。
王からの依頼で討伐にやってきて、その魔物の強さを前にパーティが全滅寸前になって、殺されると思ったらいつの間にか相手が満身創痍になっていて、案内を頼んだ冒険者のニルの正体が〝鏡唆の賢者〟ソフニルで、予想外の共闘をしたり、過去を知ったり、謎を残したり……今日一日であまりに色々あり過ぎた。
結局、誰があれだけの強さを持つ魔物をあそこまで追い込んだのかも分からないままだし、どうして私の後遺症が治ってたのかも謎のままかぁ…………
最終的に私の手で倒したのだからその過程で誰が、なんて気にする必要がないといってしまえばそれまでだし、後遺症にしても治ったのだからそれでいいだろうとも思うのだが、それでも気にならないといえば噓になる。
「……まあ、気になったところで私に知る術がない以上、どうしようもないんだけど」
おそらく全てを目撃していたであろうソフニルを捕まえて今度こそ無理矢理聞き出す……という方法がなくもないけれど、そもそもどこにいるのか分からないソフニルを捕まえる事自体難しいし、賢者である彼と事を構えるには相応の覚悟がいる。
もちろん、彼の所属する組織の目的如何によっては今後もかち合う可能性が高いため、その時は戦うつもりだ。
けれど、いくら後遺症が治り、新たな境地に至ったとはいえ、賢者や魔女を始めとした最高位の称号持ち相手に真正面から勝てると思うほど、私は自惚れてはいない。
ガリストを倒した時に至った境地……〝醒花〟を自在に扱えるようになれば別かもしれないけど、少なくとも今の私には無理な話だ。
「…………でもこれから私がやろうとしている事を考えれば最高位の称号持ち、そうでなくてもその一つ下の相手と対峙する可能性は高いんだよね……どう立ち回るかを考えないと」
無理でも無茶でも諦めるという選択肢はない。
試験で戦っただけの関係性、認めてもらった事は嬉しかったけど、本来なら無茶を通してまで義理立てする必要なんてないのかもしれない。
しかし、彼がこうなった原因の一旦、その理由に私がいる以上、関係ないと割り切る事はできない。
たとえ、自分自身に非がなかったとしても、弄ばれた彼の命に対しての責任を取らなければ私が私を許せなかった。
「――――おーい、ルーコの嬢ちゃんー無事かー?」
遠くの方から私を呼ぶ声がして、寝転がったままその方向を向くと、そこにはトーラスを背負いながら手を振るウィルソンの姿があった。
「ウィルソンさん!良かった無事だったんですね」
その姿を見つけた私は慌てて立ち上がり、駆け出して二人の様子を確かめようとする。
「おう、この通り……と言いたいところだが、流石にこんなボロボロで無事とは言えないわな。ま、俺はこうして動けるくらいには元気だよ。トーラスの方は骨の二、三本は折れてるだろうが、命に別状はないしな」
「…………おい、そろそろ降ろせ。自分で歩ける」
心配させまいとしてか、軽い調子で笑うウィルソンと私の前で背負われるのは恥ずかしいと思ったのか、不貞腐れたような表情を浮かべるトーラス。
なんにせよ、ひとまずは二人共、生きていてくれて良かったと思う。
「嬢ちゃんの方も無事みたいでなにより…………あーその前に何か羽織った方が良いな。俺はともかく、トーラスの奴には刺激が強過ぎる」
「刺激?……ああ、そういうことですか」
ウィルソンに言われて自分の格好を見返すと、肩口からお腹に掛けて服がばっさり切り裂かれており、肌が派手に露出している。
傷自体は癒えているものの、流石に服までは元に戻っていなかったらしい。
「…………おい、その言い方だとまるで僕が変態みたいじゃないか」
「……いや、だってなぁ?」
「トーラスさんが問題ないというのなら私はこのままでも構いませんよ?」
少しすーすーするけれど、別に気になるほどじゃないし、村まで戻れば着替えくらいはあるだろうからそこまで我慢すればいいだけの話だ。
それに見られたところで今更だし、私の身体なんて見ても面白くもないだろうから正直、そこまで過剰に反応しなくてもいいと思う。
「っお前は本当に……はぁ…………怒るだけ無駄か。ともかく、お前はもう少し羞恥心を持て。変態でも何でもいいから、その服はどうにかしろ……目のやり場に困る」
「…………そうですか。まあ、困るというのでしたらどうにかしますよ」
顔を赤くさせたかと思えば、大きく溜息を吐いて呆れた表情を浮かべるトーラスの言葉に従い、私は肌の露出を押さえるべく、上手い具合に服を縛ってそれを隠した。
大きく破れている分、どうしても隠せない部分は出てくるものの、これが今できる精一杯、トーラスにはこれで我慢してもらうしかない。
「…………もう少しどうにかならなかったのか?」
「これ以上は無理です。文句があるならこっちを見ないようにしてください」
「そうだぜトーラス。さっきよりは大分、ましにはなったんだから我慢しろ。それより、そろそろ何があったかを聞かないとだろ」
まだ何か言いたげなトーラスを無視してそう聞いてくるウィルソンに対し、私は事の顛末を二人へ説明した。
無論、ソフニルの過去など、全部が全部を話したわけではないが、それでも大体の事情と私の目的を話すと、二人は難しい表情を浮かべる。
「…………なるほど、な。まさかあの国がそこまで腐っていたなんて思いもしなかったが、ルーコの嬢ちゃんが嘘を吐くとは思えないし、まあ、本当の事なんだろうな」
「……自国民を犠牲にした人体実験なんて他国に知られたら批難は必至だ。当然、向こうも必死に証拠を隠してくるだろう。事実だとしても証拠がないと逆に僕達があらぬ疑いをかけた犯罪者として裁かれる事になる……お前がやろうとしている事を考えればなおさらだ」
やはりというべきか、国の所業に嫌悪は抱いても、二人共が私のやろうとしている事に難色を示していた。
「…………分かってますよ。でも、私は止まるつもりはありません」
相手は国、一個人が足掻いたところでどうしようもない事は私だって分かっている。
けれど、ここで退けばまた誰かが犠牲になるし、なにより私が私を許せなくなる。
だから、たとえ一人になったとしても一矢報いてやるというつもりだったのだが、二人の反応は私の予想外なものだった。
「……はぁ、まあ、嬢ちゃんの雰囲気からしてそうだろうとは思ってたよ。止まらねぇっていうんなら俺達は最悪の事態にならないよう立ち回るしかないわな」
「…………元々、黒い噂の絶えなかった国だ。アライアさんに協力を仰いで……それから伝手も使って……どうにか証拠を掴むしかないな」
「え……二人共、止めないんですか?」
さっきまでのやりとりからして、絶対に止められると思っていただけに、思わずそう聞き返してしまう。
「止められるんなら止めるけどよ、嬢ちゃんは止まらねぇ。ならそうするしかないだろ?それに心情的には俺も同じ気持ちだしな」
「……一人で突っ走って玉砕されても困る。非合法の人体実験なんてものは僕だって許せない……やるんなら確実に、徹底的に潰すべきだ」
「ウィルソンさん……トーラスさん…………分かりました。二人共、私の我儘に付き合ってもらいますよ」
仕方ないといった表情を浮かべる二人に対して私は笑みを返し、これからどうするかという話を進めるのだった。




