第161話 明かされる真実と決意の宣言
今の私が放つ風魔法は全て一段階上へと昇華されている。
最初に使った二重加速の『風を生む掌』、魔物の硬い表皮を切り裂くために使用した二重掛けの『突風の裂傷』、それぞれ同じ魔法を二重で発動させ、別の方向性で強化を施した。
そして今し方、放った『一点を穿つ暴風』は元々の高い貫通力をそのままに、矢の内側へ魔法を生成、着弾して穿ち食い込んだ瞬間に炸裂し、螺旋状に圧縮されていた風が対象の体内で暴れ狂うという凶悪な性能へと進化を遂げている。
「グ――――ッ!?」
身体を貫かれながらも、先程と同じようにそれを無視してこちらに反撃を仕掛けようとしていた魔物だったが、その内側で魔法が弾けて炸裂、肉を切り裂く水っぽい音と共に全身から鮮血を撒き散らした。
常時展開されたままだった炎翼は消失し、ぐらりとその身体を揺らしてゆっくりと倒れる魔物。元々が満身創痍、まだ息はあるものの、どうやら私の放った魔法は致命傷になったらしい。
「…………随分とえげつのない魔法ですね」
炸裂した魔法と倒れ伏す魔物を見てソフニルが呆れたようにそんな感想を漏らす。
効果を考えれば妥当な反応だろうけど、正直、あの魔物相手でもなければこんな魔法は使わない。
他の魔物相手なら過剰な火力だし、人間相手なんて以ての外、消費魔力も多く、隙も大きいため、威力があろうとも、実際はかなり使いどころの難しい魔法だ。
「ゥ…………」
その過剰ともいえる火力を受けて致命傷を負い、倒れ伏した魔物が力なく鳴き声を上げる。おそらく、もう身動き一つ取る力も残っていないだろうに、焦点の合わない虚ろの瞳をこちらに向けていた。
「……貴方はこの魔物の正体を――――」
「知っていますよ。というか、その質問を投げ掛けてくるという事は貴女気付いていたんですか。正直、何も知らずに戦っているものだとばかり思っていましたよ」
肩を竦めるソフニルの言葉に対して私は魔物の方に視線を向けたまま言葉を続ける。
「……私も最初は気付きませんでした。けど、全てを見通せる眼を使った時にあの魔物と〝炎翼の魔術師〟の魔力が同質のものだと気付いて、もしかしたらと思ったんです。確信はありませんでしたけど」
「……確信がなかったというなら貴女にとって真実は非情な現実を突きつけられる事でしょうね……それでも知りたいというのなら、私の知っている限りの事をお教えしましょう」
敵である筈のソフニルが私に気を遣った素振りを見せるとは思わなかったけど、たぶん、それだけその真実とやらがそれだけ残酷だという事だろう。
「…………お願いします。確信がないだけで、ある程度察しはついていますから」
何も知らないままでいるという選択肢も確かにある。非情な現実が待ち受けているのなら知らずにいた方が幸せなのかもしれない。
けれど、私の事を認めてくれたあの人の最後を……何も知らないまま看取る事なんて私にはできない。
「……貴女の覚悟は分かりました。私も全てを知っているわけではないですが、あの魔物にまつわる真実を語りましょう――――」
ソフニルの口から語られたのは私の予想とそう違いのないもの……あの魔物の正体はやはり〝炎翼の魔術師〟であるグロウだった。
私の昇格試験の後、城へと戻った彼は蟠った疑問を重鎮達にぶつけた。
その際にどんなやりとりがあったか、その詳細は分からない。でも、その結果としてグロウは重鎮達から反感を買い、裏で密かに進められていた非人道的な実験の検体にされてしまった。
そこから先は知っている通り、実験の末に魔物となったグロウの討伐を依頼として出し、妨害まで用意して私を殺そうとした。
様々な偶然や運、そして不確定要素が重なり、こうして私は生き残ったものの、命を落としてもおかしくはなかったと思う。
将来有望な人材であるグロウを切り捨てるという血迷った判断をした事もそうだけど、気に入らないからと言ってここまで手の込んだ嫌がらせを仕掛けてくる事も含めて、あの国の重鎮は腐っているとしか言いようがない。
「――――と、私の知っているのはこれくらいですかね。あの国は先代から軍備増強のために非人道的と言われる実験を行っていて……今の王になってからはさらに力を入れるようになり、年間で行方不明になる国民が倍以上に増えたようです。その意味は……言わなくても分かりますね?」
「自国の民を使って実験を繰り返していたと?そんな事をして周りが何も言わないのもおかしいんじゃ……」
「……そうですね。普通なら諫める誰かがいるのでしょうが、王の行いに対しておかしいと感じた者、あるいは異を唱えた者は病死か、行方不明になっていますから」
つまり、逆らう者は片っ端から排除、もしくは被験体にしたという事だろう。確かにそこまで徹底しているというのならグロウが標的になった事は仕方がないのかもしれないが、だとしてもあそこまで優秀な人材を切り捨てるとは思えない。
……いや、軍備増強のための実験……それが人間を魔物にして戦力にする事なのだとして、その強さが元となった人に依存するのだとすれば〝炎翼の魔術師〟という人材は優秀な被験体としても見られていた?
もしそうだとしたら今回の件は国としても絶好の機会だったという事だ。なにせ、国の命令に従う優秀な人材だっただけに何の理由もないまま被験体にはできなかった中、グロウの方から疑念を抱いてきたのだから。
グロウとしても反逆の意思があったわけではないだろうけど、国側からすればそんなのは関係ない。真意がどうであろうと、疑念を抱いた時点で論外、なまじ優秀なだけにそこから裏側まで暴かれる可能性があるならなおさらだ。
「…………つまり、グロウさんは私との試験がきっかけで国としての在り方に疑問を持って、そのせいでああなってしまったという事ですか」
「……まあ、端的に言えばそうですね。貴女のせい、とまでは言いませんが、無関係とはいえないでしょう」
事切れる寸前の魔物……グロウへと目をやりながら呟いた私の言葉にソフニルが答える。もし、私がいなければこの結末にはならなかったのかもしれない。
そんなたらればを考えたところで意味はないと分かっていても、グロウの悲惨な末路を前にしたら考えずにはいられなかった。
「…………ここで何を言っても自分のための慰めにしかならないのは分かってます。だから謝る事はしませんし、やった事を悔やむつもりもありません……でも、こんな事態を引き起こした元凶に報いを受けさせると誓います」
口にした言葉はただの自己満足だと思う。復讐なんていうつもりもないし、正義に目覚めたわけでもないけど、それでも真面目に生きてきたグロウの人生を弄んで何食わぬ顔でいる奴らは報いを受けるべきだ。
私にそれが可能かどうかなんて関係ない。たとえ不可能だろうと私は絶対に諦めない……これはその誓いを込めての宣言だった。
「……もう彼には聞こえていませんよ。まあ、魔物に変えられてから意識があったとは思えませんが…………このまま朽ちていくのは流石に忍びないですね。せめて姿だけでも――――」
目を伏せ、そんな言葉を口にしたソフニルが息絶えた魔物……グロウに向けて指を鳴らすと同時に鏡が出現し、彼の亡骸を映し出す。
「一体何を――――」
瞬間、眩い光がグロウの亡骸を照らし、見る見るうちにその姿を元の……人間ものへと変えていった。




