第160話 再開される死闘と進化する魔法
収束したかに思えたのも束の間、鳴り響く咆哮と共に再開されようとしている戦い。
現状、ウィルソンとトーラスはどこかに吹き飛ばされたまま戦闘不能状態のまま、ソレと相対するは、私と敵である筈の〝鏡唆の賢者〟ソフニルだ。
「――――あらかじめ言っておきますが、あまり私に戦力としての期待をしないでください。偽っていたとはいえ、ニルとして言った事は全部本当ですから」
「……つまり、あの魔物に対して碌な攻撃手段を持たないぽんこつって事ですね」
「…………否定はしませんが、ニルの時と比べて随分、辛辣ですね」
「当然でしょう?自分達のした事を胸に手を当てて考えてみては?」
「それを言われると何も言えませんねっと、お喋りはここまで――――きますよ」
売り言葉に買い言葉、ソフニルとのくだらない掛け合いをしている内にすぐそこまで迫った咆哮と共にソレは姿を現した。
「――――ヴォァァァァァッ!!」
聞く者を萎縮させる程の凄まじい執念を孕んだ咆哮とは裏腹に、全身ズタズタに切り裂かれ、後ろ脚も片方変な方向へ曲がり、片目は潰れ、満身創痍もいいところな姿だ。
しかし、怒りという激情に支配された魔物は痛みや可動域の限界を無視してまで満身創痍の身体を動かし、殺意を振りまいていた。
そして殺意と呼応するかのように背に生えた炎翼がうねりを上げ、その熱量は天を焦がし、大地を溶解させるほどにまで高まっている。
「……間違っても満身創痍だからと油断しないようにお願いしますよ……手負いの獣ほど恐ろしいものはないんですから」
「言われなくても分かってますよ――――っ」
ソフニルの言葉に返すよりも先に凄まじい熱量を秘めた炎翼がこちらへと襲い掛かってきた。
本体の動きに比べたらましだけど流石に…………あれ?
迫る炎翼をかわそうと強化魔法を発動させたその時、とある違和感に襲われた私は勢いのままに魔物から距離を取って、自分の掌を握っては開きながらまじまじと見つめる。
身体が物凄く軽い……強化魔法を使ってるはずなのに何の違和感もないし、魔力が自分の思い描いた通りに動かせる……!
魔力が尽きる寸前だったはずなのに回復している事もおかしいにはおかしいのだが、それよりも、後遺症によって常に感じていた倦怠感がなくなっており、何の淀みもなく魔力操作を行えるようになっている。
その感覚はまるで後遺症を負う前……いや、それ以上のもので、強化魔法程度なら息を吐くよりも容易く発動できるようになっていた。
今ならもしかして――――
驚きのままに考えを巡らせる私へ再び迫る炎翼。それに対して私の取った行動は銃杖を介さない魔法による回避だった。
――――『風を生む掌』
本来なら後遺症を負った状態で銃杖なしに魔法を使った場合、全ての魔力が抜け出してしまうのだが、私の放った『風を生む掌』はいまだかつてない程、流麗に発動し、迫る脅威から軽々と抜け出す事ができた。
「魔法が使える……!魔力が自在に動かせる……!ふふ……あはは…………!!」
空中で高速軌道を繰り広げながら昂った感情のままに私は笑う。どうしてか理由は分からないけど、ずっと私を悩ませていた後遺症がきれいさっぱり消えている。
つまり、後遺症という枷が外れた今、私は銃杖なしでも魔法が使えるし、以前とは比べ物にならない精度の魔力操作が可能になったという事だ。
「――――ヴォヴァァァァッ!」
咆哮と共に血反吐を撒き散らしながらも怒りを燃やした魔物が炎翼をうねらせ、空中の私を撃墜しようと包囲網を形成してくる。
さっきまでの私だったらその形成速度と熱の妨害を前に為す術もなく、撃ち落とされていただろう。
そう、さっきまでの私だったら。
「――――『風を生む掌・二重』」
口にするのはずっと頭の中にはあったけれど、妄想の域を出なかった理論だけの魔法。
通常の『風を生む掌』を展開しながらその中に小さな風の塊を生成し、最初の加速と同時に解き放って二重に魔法を発動させるというものだ。
構造的に複雑という訳でもないにも関わらず、理論だけで実現できなかった理由は二つ。
一つは単純に私の身体が速度に耐えられなかったから。
強化魔法と他の魔法を併用できない私では発動させてから加速し、強化魔法を張り直す僅かな間に掛かる負担に耐えられず、身体がばらばらになってしまうため、『風を生む掌』以上の速度を出す事ができない。
もう一つは偏に魔力操作の難易度が桁違いだから。
魔法の中にもう一つ魔法を生成するのは魔力同士が干渉するため、相当に難しい。
例えるなら暴風吹き荒れる嵐の中で小さな針に糸を通すようなもの。
いくら魔力操作には自信のある私でもそんな離れ業はできなかった。
けれど、後遺症を経て、異次元ともいえる魔力操作を期せずして身に着けた今の私ならそれらの問題を解消する事ができる。
併用はできなくても、切り替えの隙を限りなく失くす事で強化魔法を維持し、桁違いにまで磨き上げられた魔力操作を駆使して『風を生む掌』を二重展開し続ければ――――
手元で二重に爆ぜる風に乗って加速した私の速度は万全なあの魔物と比較しても遜色なく、それよりも速さの劣る炎翼はまるで追いつけていない。
――――どんなに威力が高くても当たらなければ意味はない。そして速度で勝っているなら攻め手はいくらでもある。
超高速軌道で炎翼をかわしながら隙間を掻い潜り、狙いを定めた私は素早く強化魔法を切り替え、呪文を口にする。
『突風の裂傷・二重』
振り下ろした手と共に放たれるのは鋭い風の刃。普通なら満身創痍とはいえ、凄まじい硬度の外皮を持つあの魔物に真正面から通用するような魔法ではない。
しかし、通常の魔法を覆うように鋭さを孕んだ風の刃を纏わせたこの一撃は通る。
直撃した瞬間、最初の風の刃が表面を削って間髪入れずに第二の刃が対象を切り裂き、魔物の胴体に浅くはない一撃を刻んだ。
「ヴォァッ!?」
思わぬ反撃に驚愕の入り混じった悲鳴を上げる魔物。そして、今度は無数の鏡がその周囲へと展開される。
「――――追い打ちをかけるようで申し訳ありませんが、この機は逃しませんよ」
最初の攻防以降、様子を窺っていたソフニルがそんな台詞を吐きつつ、指を鳴らしたその瞬間、光が弾けて鏡に乱反射、無数の熱線が魔物へと降り注いだ。
「…………やはり効果は薄いですか」
熱線の威力、その一つ一つは並の相手なら一撃で屠る威力を秘めていたものの、魔物の身に纏う高熱によって軌道を捻じ曲げられてしまい、そのほとんどが本体まで届いていない。
辛うじて掠めた数発も、あの魔物自身に熱耐性があるせいで大して効いておらず、ソフニル自身の宣告通り、彼を戦力として数える事は難しいらしい。
……でも、これで魔物の注意はソフニルの方に向いた。いまなら――――
自らの攻撃が通じない事はソフニルも分かっていた筈だ。にもかかわらず、攻撃を仕掛けたという事はこの隙を上手く使えという事だろう。
「――――〝暴れ狂う風、螺旋を描く鏃、集い混じりて、重ね合え〟…………」
紡ぐ詠唱は先程も放った魔法に手を加えたもの。弓矢を番える動作と共にその呪文を解き放つ。
――――『一点を穿つ暴風・二重』
放たれた風の鏃はうねりを上げて一直線に魔物へと向かい、炎翼を退け、その身体を穿ち射貫いた。




