第158話 どうしようもない現実と撒き散る鮮血
「ありえない……なんであの魔物から………………」
全てを見通し、魔力の流れを捉える金色の瞳に映った情報は到底、信じがたいもの。
あの炎翼を羽ばたかせる魔物の中、その魔力の流れに私は見覚えがあった。
この魔術を初めて発動した時……私の魔術師昇格試験で対峙した〝炎翼の魔術師〟グロウと寸分違わず同じだった。
たまたまあの魔物とグロウさんの魔力の流れが同じだった……?ううん、流石にその偶然はありえない。でも……仮に私の推測が当たっているとしたら…………
魔力の流れが見える境地に至ったばかりのため、例が少なく、断言はできないけど、似ている事はあっても全く同じというのはないと思う。
それに国からの依頼と謎の妨害、私の事を疎ましく思う存在、突如として現れたグロウと同じ魔力の流れを持つ魔物、ここまで要素が揃っていればその可能性に至る事は難しくない。
「……あれは私の事を良く思わない国の重鎮が確実に始末するため、グロウさんを使って創り出した魔物……そう考えると辻褄が合う」
いくら私が気に入らないからといってそこまでするだろうか、国が人を魔物に変えるなんて悍ましい手段を用いるのか、グロウという将来有望な人材をこんな風に使い潰すだろうか、否定的な疑問は浮かんでくるが、心の底で私は確信に近い予感を抱いていた。
……推測の通りだとすると、あの魔物はグロウさんの成れの果て……そんな相手を前に私は戦えるの?
私の心に一瞬、そんな葛藤が過る。
映る姿も、行動も、最早、魔物そのもの。
あそこまで人間の面影がなくなった以上、グロウを元の姿に戻すなんて事、私にはできない。
その道の専門家なら可能性はあるかもしれないけど、ここにはいないし、そもそも、あんな状態のグロウを指して、生きているといえるのだろうか。
「――――グルァァァァッ!!」
そんな私の心情なんてお構いと言わんばかりにグロウと思しき魔物は咆哮を上げて炎翼をうねらせ、避けにくい軌道で攻撃を仕掛けてくる。
っいくら避けにくくても今の私ならこのくらい――――
思いも寄らぬ真実に多少、揺らいだとしても、この境地でいる間ならどんな攻撃だろうと見切って避けられる……そう確信して全ての炎翼をかわした私に魔物の鋭い爪が襲い掛かった。
「ッまだ――――」
炎翼に紛れての直接攻撃だろうと、今の私にとっては奇襲足り得ない。しかし、思考の乱れた一瞬を突かれたその一撃は私の頬を掠め、体勢を大きく乱す。
いくら見えていても身体がついていかなければ当然かわす事なんてできない。
奇襲じみたその爪をぎりぎり避けられたものの、体勢が崩されたのは私にとって致命的だった。
「ガルァッ!」
体勢を崩した私を見て好機だと悟ったらしい魔物が炎翼を集中させて追撃を仕掛けてくる。
それはまるで炎翼の牢獄のように隙間のない攻撃で、この瞳を以てしても、全てをかわす事は不可能。まして、体勢の崩れた今の状態では尚更だろう。
ッかわしきれないなら撃ち落とすしかない……!
早々にかわす事を諦め、崩れた体勢から片手を地面につけて思いっきり回転。その最中に炎翼へと狙いをつけて魔力の弾を撃ち放った。
魔物の正体が変異したグロウだというならこの炎翼は彼の代名詞である魔術と同質のものであるはずだ。
なら試験の時と同様に魔術を構成する核を撃ち抜けば霧散する。
その確信の下、放った魔力弾は炎翼の核を撃ち抜いた……筈だった。
「ッ!?」
たぶん、私の考え自体は間違ってはなかったと思う。実際、撃ち放った弾のいくつかは炎翼の核を掠め、形状を歪ませている。
ただ、この瞳で魔力の流れや核の位置を見通せても、正確に撃ち抜けなければ何の意味もない。
まだ付け焼刃もいいところな射撃の腕で、あんな風に体勢の悪い中、回転しながら正確に核を撃ち抜くなんて芸当、私にできる筈もなかった。
っ……大丈夫、もう一度――――
霧散させる事はできなかったものの、幸い、形状を歪ませたことできた包囲網の隙間を潜って避け、再度、炎翼へと狙いをつける。
「……今度は外さない。撃ち抜け――――」
ゆっくり狙いをつけている暇なんてないけれど、それでもさっきよりはましな状況で私は展開されている全ての炎翼の核を漏らす事なく撃ち抜いた。
過たず霧散する炎翼、あれだけの威力を誇っていた魔術をこうも容易くかき消してしまう事のできるこの瞳の力は反則もいいところだが、あくまで攻撃を防いだだけであの魔物は傷一つ負っていない。
正直、魔物の猛攻を防ぐだけで手一杯。攻勢に移ろうにもあの素早い攻撃に対応できるのが私だけの現状でそれは難しい。
「ガルァァッ!」
だからこそ、僅かでもできた隙を見逃すわけにはいかない。炎翼を消されて攻撃の手数が減ったまま魔物が仕掛けてきた瞬間を狙って私も駆け出した。
もう一度、炎翼を展開されたらまたさっきと同じ事になる……ううん、同じならまだ良いけど、たぶん、もう私の魔力がもたない。だから次の攻防で決めきる……!
覚悟を決め、魔物を見据えながら頭の中で動きを反芻して想像した通りに自分の身体を操る。
無傷に近い状態、それもかなりの耐久力を誇る相手に高速の攻防を強いられる状況で私に取れる手段は一つしかない。
超至近距離から貫通力の高い魔法で弱い部分を撃ち貫く……効果があるかは分からないけど、これに賭ける――――
凄まじい速度を誇る魔物の爪をあえてギリギリでかわし、弱点を見極めて最低限の動作で銃杖を構える。
ッここ――――『一点を穿つ暴風』
撃ち放ったのは今の私が使える中で最大の貫通力を持つ魔法。
その威力は魔女であるアライアやレイズからも一目置かれており、当たってさえいれば仕留められたとさえ言わしめた程だ。
詠唱も呪文さえも破棄した最速の一撃は私の残った魔力をほとんど消費しながら撃ち放たれ、狙った位置へ吸い込まれるように飛んでいく。
ゆっくりと流れていく景色、普通なら視認もできない速度で放たれる風の弾丸が魔物の身体に着弾して撃ち貫く瞬間さえ、まるで止まっているように見える。
あ――――――――
いくら破格の力を秘めたこの瞳でも、ここまでゆっくりと景色を映す事はない。
そこに考え至ったその瞬間、私はこれが走馬灯だという事に気が付いた。
「ルァッ!!」
私の魔法が撃ち抜いた傷なんて意にも返さず、反撃の爪を振るう魔物。その鋭い一撃は無防備な私の身体に食い込み、鮮血を撒き散らした。




