第157話 決死の攻防と倒れる仲間
自分が死なないなんて思っていない。むしろ、弱い私はいつ、どんな要因でも死にかねないとさえ思っている。
実際、今まで何度も死にかけてきたし、死を覚悟した場面もある……けれど、自分の力ではどうしようもない死がこうして目の前に迫っている状況は初めてだった。
「――――うぉぉぉぉっ!!」
迫る確定した死を眺めるだけの私の耳に裂帛の気合が込もったトーラスの叫び声が響く。
技術も何もなく、ただただ渾身の力を込めて振り抜かれた一撃。
しかし、こちらに気を取られていた魔物はそれをかわす事ができず、隙だらけの胴体に渾身の一撃が命中し、私は寸前のところで九死に一生を得た。
「っまだまだぁ!」
いくら渾身の力を込めたといえど、赤熱化した魔物の外皮は相当の硬度だったらしく、刃が全く通らない。
けれど、そんなのは関係ないと言わんばかりにトーラスは力のあらん限りに剣を振り打ち続ける。
全てを体毛に弾かれ、凄まじい熱にその身を焦がされながらもトーラスは手を止めなかった。
っ今なら――――
効かないと分かっていてトーラスが攻撃を止めないのは私が脱出するための機会を作ってくれているんだろう。
その意図を汲み、今出せる最大の出力で強化魔法を発動させてどうにかその場を脱出する事に成功した。
「っトーラスさん!」
「任せろ!今度は俺が隙を作る!」
私が脱出したという事は当然、魔物の注意はトーラスへ向く。
剣戟が通じていない以上、反撃が飛んでくるのは必至。だからウィルソンが中距離から斧を思いっきり振りかぶった。
「――――トーラス!避けろよ!!」
ウィルソンがそう叫んだ瞬間、一心不乱に剣を振っていたトーラスがその場から跳んで離脱し、豪快な戦斧の一撃が地面を削りながら繰り出される。
「グ――――」
土魔法と共に繰り出されたであろうその一撃は魔法と戦技の融合。
おそらく並の相手ならあっという間に粉々になってしまうような土石流の大波をまともに浴びた魔物は抵抗する暇もなく呑み込まれてしまった。
「っおい!僕ごと生き埋めにするするつもりか!」
「脱出できたんだから文句はねぇだろ!それより今の内に体勢を立て直せ!たぶん、あいつはすぐに出てくるぞ」
トーラスの抗議の声を無視してそう指示を出すウィルソンの言葉通り、魔物が生き埋めになっている土石の山が赤熱化して爆発する。
「ガルアァァァァッ!!」
黒色の煙が爆ぜ、中から無傷の魔物が咆哮を上げて現れる。
あれで仕留められたとは思っていなかったけど、あそこまでの威力を誇るウィルソンの一撃を受けて無傷なのは流石に予想外だ。
「あれを受けて無傷かよ……」
「……僕の剣も通らなかった。速度もだが、あの体毛の硬度も厄介だ。どうする――――」
冷や汗を浮かべながらそんな感想を漏らす二人だったが、今、この状況においてそれはあまりにも悠長過ぎた。
全身を真っ赤に染めた魔物はその巨体を激しく動かし、背の炎翼と共にウィルソンとトーラスを強襲する。
「は――――」
「な――――」
その速度は今までの比ではなく、巨体が掻き消えたと錯覚する程の速さで迫る魔物。
そして二人がそれに気付き、驚愕しながらも防御態勢を取った瞬間、炎翼と鋭い爪の一撃が同時に振り下ろされる。
「っウィルソンさん!トーラスさん!」
速過ぎてよく見えなかったが、どうやら二人は辛うじて直撃だけは防いだようでそのまま凄い勢いで遠くまで吹き飛ばされてしまった。
「っ人の心配よりも自分の心配をしてください!次の標的は――――」
ニルの言葉を最後まで聞く前に近付く熱気を感じた私は即座に銃杖を彼女へと向け、風の塊を撃ち放つ。
「っ嘘でしょ!?」
瞬間、ウィルソンとトーラスを強襲していた筈の魔物がさっきまで私達が立っていた場所にその巨大で鋭い爪を突き立てていた。
「ガァッ!」
「っ……!」
獲物を逃した魔物が方向を変え、私の方へ一足飛びに追撃を仕掛けてくる。
その速度はやはり私の目には映らないもので、あっという間に距離を詰められてしまった。
ッ平面で追いつかれるなら立体的に……!
最早、勘で魔物の一撃をどうにか避け、そのまま連続で『風を生む掌』を撃ち出して空中へ逃れようとする。
「くっ……!!」
いくら速かろうと空なら追ってこれないと踏み、魔力の多大な消費を覚悟してまで逃れたものの、魔物は炎翼を自在に操って私を撃ち落とさんと迫ってきた。
上下に左右と、まさに縦横無尽という言葉がぴったり当てはまるよう炎翼の包囲網を前に魔力の消費を気にしている余裕なんてない。
常に最大出力の『風を生む掌』を撃ち出し続け、神経を擦り減らしながら炎翼を回避する。
ッまず――――
魔力が尽きるよりも、集中が途切れるよりも前に炎翼の放つ熱が上空に満ち、私の生命線である魔法の軌道を狂わせてしまった。
姿勢の制御を失った事で予想外の方向に回転してしまい、ぐるりとした浮遊感と不快感と共に一瞬、意識が途切れかける。
っ~!!まだ、まだここで意識を手放すわけにはいかない……!
幸い、魔物の方も私が突然、落下するとは思わなかったようで、炎翼の狙いが逸れ、未だに無事でいられるのだが、それもいつまで持つか分からない。
だから一刻も早く体勢を立て直さなければならなかった。
「っ……『暴風の微笑』!」
真横に両手の銃杖を向けて呪文を叫び、自由落下からどうにか抜け出すも、消費した魔力の量は馬鹿にならないし、現状を打開するための何かも見いだせないままだ。
だから魔物の攻撃から逃れたこの僅かな時間に少しでも状況を動かす一手を打つ必要がある。
とはいっても、今の私達はあの魔物にまともな傷一つ負わせる事も出来てない。
……それどころか、現状だと全滅寸前……もうここまできたら撤退できるかも怪しいかも。
私自身の魔力は最早、半分の半分もいいところ、ウィルソンとトーラスの生死は不明で、無事だったとしても戦線復帰は望めないだろうし、唯一、無傷なニルも得意な魔法が通じない、八方塞がりな状況だ。
正直、ウィルソンとトーラスの安否を確かめたい気持ちはあるけど、最優先はあの魔物を倒す、ないし、退けること。
今のままでは安否を確かめたところでまとめて魔物にやられてしまうのが目に見えている。
もうここまできたらなりふり構ってられない。多少の危険性を呑み込んででも、賭けに打って出るべきだ。
「〝集え、世界を捻じ曲げる命の光、求めるのは可能性……私の望みに応え、深淵を覗く軌跡の瞳をここに〟――――」
詠唱している間は当然、自由落下になってしまう。だから集中力を途切れさせないよう、焦りも、落下の恐怖も振り払って銃杖へ魔力を込める。
……今の私は『魔力集点』を使えない。だからここで詠唱するのはあの時、境地に至るために創り出した現状使える最大の魔術だ。
落花する最中、詠唱を紡ぎ終えた私は呪文と共に銃杖をこめかみに当てて引き金を弾いた。
――――『審過の醒眼』
撃ち出された魔力が身体中を駆け巡って瞳を金色に染め上げ、映る景色を一変させる。
どうにか魔術は発動した……この状態も長くは持たない……だから――――
そのまま自由落下に任せ、地面に当たる直前で魔法を使って減速し、着地。息つく間もなく、周囲へと目を向けた。
「ウィルソンさんとトーラスさんの魔力が見えるって事はまだ生きてる……良かった……っ!?」
二人の安否を確認して安心したのも束の間、迫る炎翼に気付いた私は身体を僅かに逸らす事でそれを回避し、一歩下がって追撃を仕掛けてきた魔物を見据える。
この境地に至った今の私なら最低限の動きで攻撃をかわせる……後はあの魔物の弱点を見極める事ができれば…………ッ!?
そこまで考え、金色の瞳は魔物を捉えたその時、私は知りたくなかった真実と直面するのだった。




