第152話 到着と気怠さと一時の休息
「うー……あー……」
魔物の襲撃を乗り越え、目的地まで大分、近付く中、私は馬車に揺られながら呻き声を上げ、ぐったりとしつつ、窓の外を見つめていた。
「……せっかく魔法を使えるようになったってのに難儀なもんだな。こりゃ」
項垂れる私に視線を向けたウィルソンが眉根を寄せて呟く。
「鍛え方が足りない……と言いたいところだが、どうにもあの銃杖での魔法行使は効率の良い分、倍以上に神経を擦り減らすらしいからな。こうなるのも仕方ないだろ」
トーラスのいう通り、現在、私は魔物と戦った時に行使した魔法の代償として、少し身体を動かすのも怠く感じる程の疲労感に襲われていた。
以前の……後遺症を負う前は魔力切れこそあっても、魔法行使だけでここまで疲れる事はなかった。
銃杖の恩恵があるとはいえ、今の私は魔力の放出自体が困難な状態……そんな中で物に魔力を込めるのは相当に神経を使う。
まして戦闘中ともなれば尚更、特に今回は即興の魔法をいくつか使ったため、調整する暇もなく、余分に魔力を注ぎ込んで成立させた。
つまり、集中力だけでなく、魔力も多大に消費したせいで余計に疲労を感じているのがこの現状だった。
程なくして、目的地……の前の村に到着した私達は、馬車と御者にはそこで待機してもらいつつ、徒歩で先へ進む事に。
ここから目的地の村までは普通に進んで半日程らしく、暗くなるまで進んでから野営し、次の日の昼前頃には到着する予定だったのだが、途中、何度か魔物と遭遇してしまい、着く頃には日が沈みかけていた。
「――――はぁ……どうにか夜になる前に辿り着けましたね……」
村長に事情を説明してから村の外れにある空き家を借り、ようやく一息吐いたところで誰に向けるでもなく呟く。
「そうだな。最初のグラヴォルフの群れといい、ああも出くわすなんて思わなかった。この辺はそこまで魔物の動きが活発じゃなかったはずなんだが……」
「……魔物の動きが活発というよりは意図的に私達の進路を邪魔しているようにも見えましたけど」
トーラスの言う通り、動きが活発ともいえるのだろうけど、なんというか、魔物の敵意みたいなものが私達に向いていたような気がする。
「意図的……それは……いや、確かに言われてみれば襲ってきた魔物達は数が減っても逃げなかった。つまり…………」
「――――そこには誰かの意図があるってか?流石にそれは考え過ぎじゃねえか」
夕食の準備をしていたウィルソンが料理を運びながら考え込むトーラスの言葉の先を続けた。
正直、意図的と口にしたのは私だけど、ウィルソンのいう事にも一理ある。
言ってしまえば私とトーラスの感覚の話で、何の根拠もない。
仮に意図的だとしたその目的はなんなのか、どうやって魔物をけしかけたのかという話になってくる。
手段に関してはそういう魔法ないし、魔術がある事も考えられるけど、目的に関しては皆目見当もつかない。
……意図的だと仮定して、魔物をけしかけて狙っているのは私達か、それともあの道を通る誰かか、うーん……どっちだとしても目的が分からないし、推測するのは難しいかな。
一瞬、これも私をよく思わない貴族達の妨害かと思ったけど、流石に国からの依頼を妨害するとは思えないし、気に食わないからというだけでここまではしないだろうと、その可能性を頭から消した。
「……考え過ぎかもしれないが、警戒しておくに越した事はないだろう。何かあってからじゃ遅いからな」
「ま、そうだな。ひとまず、難しい話は置いといて、飯にしようぜ。せっかくの料理が冷めちまう」
「……ですね。お腹が空いてる状態だと考えもまとまらないですし、なによりこんなに美味しそうなご飯を前に考え事なんてしてられませんから」
良い匂いに心を奪われ、きゅるるとお腹を鳴らしてしまった私はそう言って一度、話を切り、目の前のご飯へと向かう。
空き家を借りたとはいえ、出先の設備が心許ない台所でも、ウィルソンの作るご飯は変わらず美味しい。
道中は馬車の中である事に加え、魔物の襲撃が何度もあったせいで、保存食ばかりだったため、より一層、美味しく感じたのかもしれない。
楽しい楽しい食事の時間はあっという間に終わり、後片付けを終えて手持無沙汰になった私は眼鏡を一度拭いてから、王都でこっそり購入した本を取り出し、読み始めようと部屋の隅に移動する。
「……おい、何をしようとしている?」
「何って……本を読もうとしてるんですけど?」
眉根を潜めて尋ねてくるので同じような表情で言葉を返すと、トーラスは一瞬、青筋を浮かべ、大きなため息を吐いた。
「…………別に読むなとまでは言わないが、今は明日以降の動きを擦り合わせるべきだろ。魔物の襲撃が人為的かどうかの話もまだ突き詰める必要が――――」
「明日は村の人達に話を聞いた後、例の魔物が潜伏しているらしい場所に向かって、可能ならそのまま討伐します。魔物の襲撃に関しては考えたところで根拠がない以上はどうしようもないですし、トーラスさんの言った通り、警戒はしておきますよ。まだ他に何かありますか?」
読書の時間を邪魔されたくない……というのも、もちろんあるけど、実際、私が言った事柄以上に話し合うべきことが現状ないのだ。
討伐対象である魔物の詳細が分からない以上、どういう動きで、対策はどうするかなんて言うのは擦り合わせようがなく、どうしたって話を聞いてから、という事になる。
「ぐっ……この…………」
「……それくらいにしてやれよ嬢ちゃん。トーラスも良かれと思って言ったんだろうからよ」
言い包められ、二の句が継げないトーラスを見兼ねたのか、ウィルソンが困ったように頭を掻いて私の方を見やった。
「……ともかく、現状、詰められるような話はありません。だから今夜は明日に備えて休むなり、英気を養うなりしてください。私もそこまで夜ふかしするつもりはありませんから」
トーラスはともかく、ウィルソンからそう言われては流石にばつが悪く、ふいっと顔を背けながらそう返す。
「だ、そうだ。俺も武器や調理器具の手入れをしてから寝るつもりだし、お前さんも自由に過ごすこったなトーラス」
「…………分かった。確かに今回は僕が逸っていたようだし、ルーコの言っている事は正しい……心情的には納得しかねるが」
「……一言余計ですよ。まあ、でも、その、私も少し高圧的だったかもしれません。ごめんなさい」
私が謝ると、何とも言えない表情を浮かべてから、がしがしと頭を掻き、再度、ため息を吐いたトーラスは最後に先に休む、読書も程々にしろよと言い残し、向こうの部屋に消えていった。
「――――おやすみなさいトーラスさん」
聞こえていないだろうけど、儀礼としてそう言った私は改めて本へと向き直り、誰にも邪魔されない読書を始める。
……次の日、案の定、寝坊した私をトーラスが叩き起こすという一悶着があったのは言うまでもない。




