第151話 思い出す言葉と今の私にできること
「――――うーん、やっぱり今のルーコちゃんは中途半端だね」
いつだっただろうか、特訓の最中、アライアに言われた言葉だ。
その時は後遺症に悩んでまだ強化魔法しか戦う手段がなかったころだったと思う。レイズとの組手の後にアライアが突然、そんな事を口にした。
「……中途半端って、そんな事を言われても」
「ふむ、まあ、アライアの言わんとする事も分からなくはないが……ここでそれを指摘するのは酷ってもんだろ」
いまいち反応に困る言葉に対してどう返していいか分からないでいる私の代わりに、アライアの意図を察したレイズが片目を瞑り、答えたのを覚えている。
――――あの時、アライアさんに言われたのは…………
迫る爪をかわし、銃杖を構えながら、そんな事を頭に思い浮かべる。
「――――それはそうだけど、現状の把握は大事でしょ?今までのルーコちゃんは魔法使いらしからぬ強化魔法と多種多様な魔法の組み合わせが強みだった。でも、魔法の使えない今、残ったのは強化魔法だけ。確かに練度は凄いけど、ルーコちゃんの体格的にも、技術的にも、どうしたって本職の戦士や拳士には劣る……だから、今のルーコちゃんは中途半端な状態なんだよ」
そうだ、アライアは確かにそう言った。今、思い返してみればあの時の自分を言い表すのにぴったりな言葉だったと思う。
今でこそ、銃杖があるから多少は改善されたが、強化魔法しかない私は魔法使いとは決して呼べず、拳士としての技もなければ、軽さ故に火力もない。
銃杖があるとはいっても、魔力操作による疲労を考えれば、おいそれと使えないし、先程の攻防を鑑みるに、今も中途半端という問題点は抱えたままといえるだろう。
「〝水よ、礫となりて、撃ち放て〟――――『水の礫』」
魔物のお腹に回し蹴りを喰らわせて吹き飛ばし、強化魔法一瞬、解除してから銃口を魔物に向け、引き金を引く。
放たれた水の弾丸は数匹の魔物をまとめて貫き、吹き飛ばすも、全員を仕留める事はできなかったらしく、生き残った個体が血を撒き散らしながらも、決死の特攻を仕掛けてくる。
「っ『風を生む掌』」
追撃をしたいところではあるけど、流石にこの距離で詠唱はできない。地面に向かって風の塊を放ち上昇、特攻をかわして魔物達の上を取る。
「〝分かたれる弾丸、重なる軌道、風は集まり撃ち貫く〟――――『重ね分れる風弾』」
詠唱するのは今まで使っていた魔法を銃杖用に改良したもの。
呪文と共に引き金を引いたその瞬間、大きな風の塊が二つの銃口から放たれ、拡散。無数の風弾となって魔物達に降り注いだ。
くっ……思ったよりも数が減らせない…………
巻き上がる土煙の先、風の弾丸を受けた魔物達は死屍累々な有様で、絶命している個体も確かにいるものの、血溜まりを作りながら未だにこちらへ向かってこようとしている。
「〝漂う水塊、触れれば弾け、弾けば撒き散らす、さあさあ、どうする水浸し〟――――『弾ける水風船』」
唱えたそれは普段、攻撃で使うものとは違う言葉の組み合わせで作った魔法。得意の風ではなく水……それもただ辺りにそれを撒き散らすだけの魔法だ。
しかし、それだけに少ない魔力で多量の水を撒き散らす事ができる。そして――――
「〝風よ、冷気を以て、彼の者を縛れ〟――――『北風の戒め』」
片方の銃口から大きな水の塊を、もう片方から爆発的な冷気を撃ち放った。
撃ち放たれた水の塊が弾けて魔物達に降り注ぎ、冷気の風が触れた端から熱を奪っていく。
これなら倒しきれなくても魔物達の動きを封じれる……トーラスさんの方は…………
ようやく周りを見回せる余裕ができ、トーラスの方を気に掛けると、向こうはこちらの倍以上の数、魔物達が群がっていた。
「ットーラスさん!」
攻撃を避けつつ、上手く立ち回り、確実に数を減らしているものの、それでも苦戦を強いられているように見える。トーラスがこのまま負けるとは思えないけど、大きな怪我を負う可能性は否めない。
っ援護したいけど、今、使える魔法じゃトーラスさんを巻き込んじゃう……こうなったら――――
「〝捻くれ者のつむじ風、狙った的には決して当たらず、ただ悪戯に吹き切らす〟――――『捻くれつむじの悪戯風』」
即興で詠唱を口にし、狙いをトーラスに定め、呪文と共に引き金を引く。
銃口から撃ち出されるのは鋭さを孕んだつむじ風。口径に縛られているため、あまり効果範囲はないものの、狙った標的目掛けて一直線に飛び、直前で進路を変え、トーラスの周りを囲む魔物達を切り裂いた。
「――――魔法……これは……」
即興で創ったとはいえ、詠唱にきちんと意味を含ませた魔法は私の思う通りの効果を発揮してくれたようで、あれだけ周囲を無差別に切り裂きながらも、狙った相手であるトーラスには一切、当たる気配はない。
「トーラスさん!今の内に――――」
援護に気付いたトーラスは私の言葉よりも早く意図に察し、魔法によって怯んだ魔物達を一気に切り伏せる。
「――――〝周地千刃〟」
呟きと共にトーラスが剣を振るったその瞬間、残った魔物達が一瞬の内に切り刻まれ、形勢がこちらに傾き始めた。
そこからは苦戦するは事なく、程なくして襲ってきた群れを全て撃退する事に成功。
攻勢に出ていた私とトーラスは疲労と汗にまみれながら、御者を守っていたウィルソンと合流した。
「――――お疲れさん。こっちはお前さんらのおかげで問題なかったぜ」
土魔法によって生成された防壁を解きつつ、ウィルソンが労いの言葉をかけてくる。
「お疲れ様ですウィルソンさん。えっと、御者の人は……」
「ん、ああ、どうにも緊張状態が続いてたせいか、今は気を失ってるよ。まあ、その内、目が覚めるだろ」
ウィルソンの言葉に後ろを覗き込むと、そこには気絶した御者とすっかり怯えてしまった馬が見えた。
「あの状況じゃ仕方ないな。恐慌状態になって叫び暴れ出さなかっただけでもましか」
「……そうかもな。っと、それよりも、魔物の死体処理なんかは俺がやっとくから、お前さんらは一旦、汗と汚れを拭いてこい」
「え、でも……」
流石に全部を任せるのは悪いと思い、言い募ろうとする私だったけど、ウィルソンが首を振り、それを止める。
「いいから早く行ってこい。分かってると思うが、交代で馬車の中を使えよ?ああ、それと、嬢ちゃんが入ってる時に覗くなよトーラス」
「っ誰が覗くか!……たくっほら、いくぞルーコ。ここでこうしてるだけ時間の無駄だ」
「え、あ、ちょっ待――――」
少しだけ頬が赤く見えるトーラスに手を引かれ、半ば無理矢理、連れていかれた私はそのまま馬車の中に押し込められてしまうのだった。




