第149話 落ち込むノルンと募る不安
結局、あの後、国……ジルドレイ王からの依頼を断る事はできず、私はなし崩し的に魔物の討伐を引き受ける事になってしまった。
「――――ううぅ……物凄い疲れた…………」
城を後にし、王都で拠点にしている宿まで戻ってきた私は緊張と気疲れからくる疲労で大きなため息を吐く。
「……別に大して動いたわけでもないだろうに……鍛え方が足りなかったか?」
「いや、鍛え方がどうとかじゃないでしょ。あんな気分の悪い視線や空気に晒されたんだから、疲れるのも当然だよ。お疲れ、ルーコちゃん」
そんな私に対してレイズは小首を傾げ、アライアがそう労ってくれる。
確かにレイズのいう通り、動いたわけではないけれど、人の多さに酔い、向けられる視線の気持ち悪さに疲れてしまった私にとっては、まだ修行をしている方がましに思えてしまった。
「…………今日はしばらく休んでもいいですよね?正直、今から動ける気がしませんし」
「まあ、問題ないんじゃないかな。依頼の準備は進めないといけないけど、今すぐって訳でもないしね」
「……どのみち今回の依頼に関して、俺達は手出しできないし、お前が主導で依頼を進めなければならない以上、どう動くかに口出しするつもりはない」
レイズの言い方はどこか引っ掛かるけど、どう言われても、今の私に何か行動を起こす気力はない。丸一日……とは言わないまでも、もう少し休んでからじゃないと頭も回らないと思う。
「…………ごめんなさいルーコちゃん」
「へ?どうしたんですかノルンさん。いきなり……」
帰ってきてからここまでずっと黙っていたノルンの突然の謝罪に困惑して問い返す。
「……私、あの場に一緒に行ったのに何もするどころか、何か喋る事もできなくて……ルーコちゃんがあんな視線に晒されていたのに」
「――――それで形だけの謝罪か?そんなもの畜生の餌にもならない。本当に謝るつもりがあるならもっとましな言葉を吐くんだな」
いつも通り、いや、いつも以上に苛烈な言葉をノルンへとぶつけるレイズ。その様はまるでわざと悪ぶっているようにも見えた。
「……レイズさん、それは言い過ぎですよ。流石に看――――」
「ううん、いいのルーコちゃん。全部本当の事だもの。その誹りは甘んじて受け入れるわ」
庇おうとする私の言葉を止め、ノルンは力なく首を振る。その言い様から、彼女が酷く責任を感じているのが伝わってきた。
「…………気負い過ぎだと思うけどね。魔女と呼ばれる私やレイズだってなんでも出来るわけじゃない。全部が全部自分の責任だって背負い込む必要はないよ」
「そうですよ。それに何もできなかったっていうなら私も同じです。そもそもああやって侮られ、見下されていたのは私自身の問題なんですからノルンさんが気に止む事じゃありません」
肩を竦めてそう言うアライアに続き、私の正直な気持ちを伝えるも、ノルンは伏し目がちにでも……と食い下がろうとする。
「はぁ~……ったく、相変わらず変なところで頑固だなお前は。俺の言った事に言い返してもこないとは……こっちの調子が狂うぞ」
「それは……全部本当の事だから…………」
「……これは重傷だな。いいか?とことん勘違いをしているようだからはっきりと言ってやる。特別な立場でもなく、別段、権力も持たないお前があの場で何を語り、どう行動しようと、あのどうしようもない連中がルーコへの扱いを変える事はなかった。だからお前の後悔なんて何の意味もない。分かったか?」
頭をがしがしと掻いたレイズが大きなため息の後、片目を瞑って言い聞かせるように言葉を並べ立てると、ノルンは唇を噛んで俯き、押し黙ってしまう。
あの場で行動はおろか、喋ったとして、何も変わらない事なんて私だって理解できる。
そして、私でも分かったという事は頭の良いノルンならレイズに言われる前からその事を分かっていたはずだ。
にもかかわらず、こうして何もできなかったと後悔するのはたぶん、自分で自分が許せなくて、どうしていいか分からないから。
……後悔して自分が許せないというのは少しだけ私にも理解できる。
だから、ノルンの気持ちも少しだけ分かるし、わざわざレイズがいつもより突き放すような態度を取るのかも、なんとなく分かってきた。
「……その、たぶんですけど、レイズさんは〝気にするな、責任なんてない〟って言いたいんだと思います。当人である私も実際にあの場で何もできませんでしたし、結局、悪いのはあんな視線を向けてきた人達ですから」
「ルーコちゃん…………」
「おい、ちょっと待て。俺がいつそんな事を――――」
「はいはい、今はちょっと黙っていてね~」
私の言葉に抗議しようとしたレイズの口をアライアが物理的に封じる。
まあ、せっかくノルンが顔を上げて前を向き始めたのに、ここでレイズが照れ隠しに何かを言えば元に戻ってしまう可能性があるため、その判断は正しいのだろう。
「……ありがとねルーコちゃん。まだすぐには切り替えできないかもしれないけど、おかげで気が楽になったわ…………それから、その、一応、貴女にもお礼は言っておくわ」
「むぐっ…………ぷはっ…………お礼?何の――――」
「はいはい、余計な事を言わず素直にお礼を受け取っておきなよ~」
ぷいっと少しだけそっぽを向きつつも、小さな声でレイズにもお礼を伝えるノルン。
それに対してまたも悪態を返そうとしたレイズの口を再びアライアが封じ、そんなやりとりを見て私とノルンは思わずくすりと笑いを溢して、さっきまでの暗い空気が一気に霧散する。
「……何はともあれ、ノルンさんが元気になったみたいで良かったです」
「……心配かけてごめんなさい。この分は依頼で頑張って巻き返すから任せて――――」
「あー……張り切っているところ悪いけど、今回の依頼、ノルンは同行できないよ」
「…………え?」
アライアからの思わぬ言葉にノルンが唖然とした表情を浮かべて声を漏らした。
「えっと、同行できないっていうのは……?もしかして王からの依頼は私一人で行かないといけないとか……」
「いや、まあ、ルーコちゃんの力試し的な側面があるから魔女である私達は参加するわけにはいかないけど、流石に後遺症の事もあるし、同行者はつけるよ。ただ…………」
「ただ?」
「……いくら後遺症の事を考慮すると言っても、今回はあくまでルーコへの依頼、お前やサーニャのように過剰な心配をするのは論外って事だろ」
言われてみれば今の私が依頼を受けたとして、同行者がノルンとサーニャの二人だったら必要以上に心配されるのが目に見える。
誰かが監視しているわけではないけれど、仮にも魔術師として依頼を受けたのに心配されてばかりというのは確かにいただけない。
「そんな……じゃあ、今回の依頼に同行するのは…………」
「……トーラスとウィルソンの二人って事になるね」
「消去法だが、こればかりは仕方ない。まあ、後遺症があるとはいえ、今のルーコなら大丈夫だろう」
「…………本当に大丈夫だといいんですけど」
初めての組み合わせ、後遺症の及ぼす影響、魔術師としての依頼、様々な不安要素を前に、私は少しだけ陰鬱とした気分で溜息を吐いた。




