第144話 初めての王都と噂を巡る出会い
炎翼の魔術師グロウから合格をもぎ取った特例試験を終えて数日、街で自分に合った眼鏡を買いに行ったり、装備を整えたりしつつ、旅の準備を進めて出発した私達は目的地である王都……ユートピアへとやってきていた。
「――――って、なんで私は追いかけられてるの!?」
初めて訪れる王都、ギルドのある街よりも遥かに大きく賑わっている風景を前に期待と不安に胸を膨らませていた私は今現在、みんなと離れて何故か知らない人達に追いかけまわされている。
っなんで……私、何も悪い事はしてないのに……どうして…………
理由も分からないまま追いかけられて逃げながらも、混乱する頭で状況を整理しようと試みるが、いくら考えてもさっぱり分からない。
追いかけてくる人達からは悪意は感じられない……代わりに変な圧というか、熱気?みたいなものは感じるけど、私の事を害そうとか、そういう意図はないと思う……たぶん。
仮に追いかけてくる人達が私に危害を加えるつもりがないのだとしても、何をされるか分からない以上、捕まる訳にはいかない。
だからこのまま逃げて撒く必要があるのだが、いかんせん、初めて訪れた場所のため、全く地理が分からず、そう上手くはいかなかった。
「……今のところは逃げられてるけど、ずっと走ってはいられないし、どうしたら――――わっ!?」
本当にどうしようかと悩んでいたその時、曲がり角に差し掛かった辺りで突如、腕を掴まれ、建物に引き込まれてしまう。
「一体なん……むぐっ!?」
「しー……静かに。通り過ぎるまでは大人しくしててくれ」
訳も分からないまま口を塞がれ、喋らないよう強要される私。声から察するに男性だと思うが、この行動にどんな意図があるのかまでは読めない。
どのくらいそうしていたのだろう。やがて私を追いかけていた人達が通り過ぎ、建物の中がしんと静まり返る。
「……もうそろそろ大丈夫か。済まなかったな、突然引き込んで」
外の様子を気にしながら口を塞いでいた手をどけ、開口一番、そう言って謝罪してくる男。その様子からこちらを害そうという意思は感じられないため、私は警戒をしつつも、それに答える事に。
「…………いえ、どうやら助けてもらったみたいですし、むしろありがとうございます。えっと」
「ああ、俺はジ……いや、ジョージと呼んでくれ。あー……それと礼はいらない。これはあくまで勝手なお節介だからな」
ジョージと名乗る金髪碧眼の男はどこか気まずそうに頭を掻きながらも、言葉を続ける。
「……それに今、巷を賑わせてるエルフの少女がどんな人物か見たいという興味本位の物見遊山だ。なおのことお礼の必要なんてない」
「…………巷を賑わせてるってどういうことですか?」
「おいおい、まさか自分が追い掛けられてる理由も知らないまま逃げてたのか?」
眉根を寄せ、首を傾げる私にジョージは呆れた表情を返す。
そんな反応を返されても王都に来たばかりの私が知るわけないとだろう思っていると、ジョージは表情からそれを読み取ったらしく、その理由を説明してくれた。
「……今、王都では君の噂で持ちきりなんだ。突如として現れた新星の魔法使い……かの有名な〝創造の魔女〟を師に持ち、ギーア元一等級魔法使いの陰謀を正面から打ち破り、国をも滅ぼしかねない突然変異体であるジアスリザードの群れを討伐、街を襲う死体の群れやそれからなる肉の化け物を退け、悪名高い〝死遊の魔女〟を倒して、新進気鋭の賢者候補〝炎翼の魔術師〟を相手に特例試験で合格をもぎ取ったエルフの美少女が王へ謁見しに訪れる……そんな具合でな」
「……随分と脚色の入った噂ですね、それ」
長々と語るジョージの話自体、大まかなところは間違っていないが、そのどれも私一人の功績じゃない。
全く活躍しなかったとは言わないけど、私よりも他の人の力が大きいと思う。
「脚色、か。まあ、この手の噂は大きくなるのが常だからな……とはいえ、それらの功績自体が嘘ではないだろ?」
「それは、そうですけど……というか、その噂がどうして追いかけられる理由に繋がるんですか?」
噂が流れているとして、そういう人がくるんだなと思っても、わざわざみんなで寄ってたかって追いかけようなんて思わないはずだ。
まさか〝炎翼の魔術師〟であるグロウさんが慕われていたからそれを倒した私が気に入らないとか……でもそれなら追いかけてくる人達に害意がないのは変だし……
自分でいくら考えても理由に繋がらないので諦めてジョージへと尋ねてみる。
「それは本気で……言ってるみたいだな。はあ……まあ、俺みたいに物見遊山な奴もいるだろうが、大半が君の事をアイドル扱いしてる。だから一種のファンとして追いかけてきたんだろう」
「あいどる?ふぁん?」
「……言葉の意味が伝わらないか。あー……そうだな。少し違うが、分かりやすく言うと、今までの実績から君を英雄視して、話や握手をして触れ合うために追いかけてきたって事だ」
聞きなれない単語だったけど、ジョージの要約によってどうにか理解する事ができた。
真実はどうあれ、つまるところ、私は王都の人達にとっていわゆる憧れの存在という事なのだろう。
私自身にそういう趣味や習慣はないものの、憧れの存在と触れ合いたいという気持ち自体は理解できた。
「なるほど、そういう理由で追いかけられてたんですね。それじゃあ無理に逃げなくても良かったのかも……」
「まあ、特に危害は加えられないとは思うが、お勧めはしない。たぶん、囲まれて一日中何かしらの対応を求められ、もみくちゃにされるだろうからな」
「それは……確かに嫌ですね。そういうの凄く苦手ですし……」
集落にいた頃、お姉ちゃんに嫌というほど構われていた記憶が蘇り、思わず辟易した表情を浮かべる私の反応がおかしかったのか、ジョージが口の端を緩めて笑う。
「…………なら変装でもして誤魔化すしかないな。単純に防止でも被るか、全身を隠せる服を着るかでもすればバレないだろ」
「そんなこと言われても服は預けた荷物の中ですし、買おうにもこのままじゃお店にも入れませんよ。それに今はお金も持ってません」
「……ふむ、それもそうか。それなら――――」
少し考え込むような仕草を見せたジョージは自分の羽織っていた外套を脱いで私の方に差し出してきた。
「えっと、これは?」
「……全身を覆い隠すには足りないが、頭から被れば顔くらいは隠せるはずだ。ないよりはましだろう」
「いや、そういう事じゃなくて…………」
あったばかりの見知らぬ人からここまでしてもらう謂れはないという意味で問い返したのだが、ジョージは肩を竦め、そのまま踵を返す。
「その外套はそのまま持っていってくれ。いらなければ捨ててくれて構わない」
「や、だから…………」
「どうせその辺で売っている安物だから気にしなくてもいい。それじゃあまたな」
私の話を聞かずに半ば無理矢理外套を押し付けてきたジョージは最後にそれだけ言い残すと、片手をひらひらさせながら去っていった。




