第141話 金色の瞳と試験の決着
あらゆる犠牲の末に無限に再生する肉塊の化け物を倒すため私が辿り着いた魔力の流れが見える境地。
それは後遺症で失いかけた視力を応用で補強したりと、技術として今の私の根幹を為している。
けれど、この技術にはまだ先が……いや、正確に言えば一度は辿り着いた本当の境地があった。
……あの時は本当に最後の最後、死ぬか、生きるかぎりぎりの極限状態だった。だからこそ私はあの境地……流れや強弱、そして魔法や魔術を構成する魔力の綻びさえも見抜く眼を手に入れる事ができたんだと思う。
でも、今は違う。この試験の成否がどうであれ、私は死なないし、他の誰かの命がかかっているわけでもない。
まして私の圧倒的不利ではあるものの、心身共に極限まで追い詰められているわけではない現状で、あの日以降、一度も至れていない境地に至れるのだろうか。
ここにきてまた賭け……いつもの事だけど、それでも私は負けるわけには……ううん、負けたくない!
だから私は手を伸ばす。たとえ、可能性が限りなく低くても、その先に勝利があるのなら。
「……〝集え、世界を捻じ曲げる命の光、求めるのは可能性……私の望みに応え、深淵を覗く軌跡の瞳をここに〟――――」
紡ぐ詠唱は自分の心の底から湧き上がる言霊を繋ぎ合わせたもの。上手くいく保証なんてないし、この一回が失敗した時点で私は負けるだろう。
「っ何だその詠唱は……一体何をしようとしている……!」
炎翼で煙幕を晴らしたグロウが驚愕した表情を浮かべてそう問うが、何がどうなるのかなんて私にも分からない。
私はただただ直感に従って銃口を自分のこめかみに押し当てた。
「――――『審過の醒眼』」
思い浮かんだ言霊を呪文として紡ぎ、引き金を引いたその瞬間、撃ちだされた魔力が身体中を駆け巡り、回り回って私の瞳を金色に染め上げる。
「綺麗…………」
誰かの呟きが響く中、私は金色に染まったその瞳に映る光景に思わず目を見開いた。
凄い……人も、物も、この場に漂う空気さえも、全部が色付いて視える……これが世界に満ちる魔力なんだ…………
目の前に広がる景色はあの日に見たものより鮮明で色鮮やか。
たぶん、この光景は世界の真実の姿なのだろう。
そうでなければ私の妄想という事になるけれど、どのみちそれを確かめる術はないし、なにより、今はこの試験に……グロウに勝てればそれでいい。
金色の瞳を得た私はそこ考えを止め、未だ戸惑うグロウへと真っ直ぐ駆け出した。
「ッ何をしたのかは知らないがこの炎翼を簡単に突破できると思うなよ!」
声を上げて手掌で炎翼を操ったグロウは四枚全てを以って向かってくる私を迎撃しようとしてくる。
呼吸、炎翼が震わす空気、その全ての起こりがこの眼には映る……だからさっきまで避けきれなかったこの連撃もかわせる!
身体能力が上がったわけでも、魔力が増えたわけでもない。けれど、今の私には全てが視える。
起こりが見えればその先が、疑似的な未来予知とでもいうべき精度で映る以上、私はただ必要最低限に身体を動かせばいいだけだ。
「ば、馬鹿な!?この速力、この距離で四枚羽を全てかわすだと……!?」
なおも容赦なく襲い来る炎翼を避けながら突き進み、驚愕するグロウまでの最短距離を突き進む。
もう次はない……このまま一気に決める……!
この間にも私の魔力は凄まじい勢いで消費されている。いくら未来予知に近い精度で視えようと、魔力が尽きてしまえばそれでおしまい……つまり、この攻防で決着をつける事ができなければ私の負けという事だ。
「ッなるほど、理屈はともかく貴殿がこれをかわすのは分かった……なら奥の手だ!」
「なっ!?」
言葉と共にグロウの魔力が膨れ上がり、その背中からさらに二枚の炎翼が生えて襲い掛かってきた。
ッ分かっていてもこの距離はかわせない……!なら――――
新たに生えた二枚の炎翼を避けられないと悟った私は両の銃杖へと魔力を込め、走りながら迫る脅威へと狙いをつける。
「これが『枯紅の炎翼』本来の姿!正真正銘、私の本気だ!!」
「なら私はそれを撃ち破って勝ちます……文字通りに!!」
迫る炎翼……その魔力構成の綻びに向けて私は銃杖の引き金を引いた。
瞬間、銃口から魔力の銃弾が放たれ、過たずに対象を撃ち抜くと同時に炎翼が紅い粒子となってあっという間に霧散する。
「…………は?」
目の前で起きた現象を理解できずに驚愕の表情を浮かべるグロウの前へと躍り出た私は銃杖を逆手に構え、勢いのままに振りかぶった。
「――――これで……終わりです!!」
魔力の乱れている事をこの眼に映る情報として知り、特に薄い部分に狙いを定め、呆けるグロウの鳩尾目掛けて強化魔法と体重を乗せた拳を振り抜き、思いっきり吹き飛ばす。
「がっ……!?」
思わぬ事態に呆けてできた隙に魔力の一番薄い部分へ加速した勢いと強化魔法を乗せた一撃を受けたグロウは思いの外派手に吹き飛び、そのまま倒れ伏して動かなくなってしまった。
「――――そこまで!試験官であるグロウ=レートの戦闘不能により特例試験はルルロア二級魔法使いの勝利とします」
エリンの凛とした声音が響き、試験の終了を告げる。
「…………終わっ……た?」
その声を耳にした瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れ、私を包んでいた魔力が霧散、『審過の醒眼』によって金色に変わっていた瞳も元に戻ってしまった。
「おめでとう~!ルーコちゃん!やったね!!」
「わっちょ、サーニャさん!?」
戦闘の余韻で立ち尽くす私の下にずっと試験を見守っていたサーニャが勢いよく抱きついてくる。たぶん、物凄く心配してくれたのだろう。
よくよく見ればサーニャの目の端に涙が浮かんでいた。
「ん、おめでとうルーコちゃん。色々、言いたい事はあるけど、ひとまず身体の方は大丈夫?見た事ない魔術を使ってたみたいだけど……」
「ふぇ?あ、はい、大丈夫です。あれはあくまで視力強化の延長線上にある境地ですから」
少し困った表情のアライアに問われ、サーニャに抱きつかれながらもそう答えると、不意にぞくりとした悪寒が背筋に走る。
「――――そう。ならちょっと私とお話をしましょうか。ね、ルーコちゃん?」
私の感じた悪寒の正体……それはアライアの後ろで、物凄く良い笑顔を浮かべながら、言いようのない圧力を放つノルンだった。
「ひっ……ノ、ノルンさん?その、えっと…………」
「ねぇ、ルーコちゃん。ルーコちゃんはどうして練習した訳でも、確信がある訳でもないのにあんな危険な事をしたのかしら?」
「そ、それは……あの、ええと…………」
「その銃杖は杖である前に銃なのよ?それを自分のこめかみに向けて引き金をひくなんて……もしも弾が出ていたらどうするつもりだったの?」
そこから笑顔のまま怒るノルンの長い長いお説教が始まり、意識を失ったグロウをエリンが治療している間もずっと、私は正座でそれを受け続ける。
うぅ……せっかく合格したのにノルンさんのお説教が待ってるなんて…………
お説教を受けながら心の中でげんなりする私。もちろん、ノルンが凄く心配してくれている事は分かってるし、ぶっつけ本番であんな行動をした私が悪いというのも分かっているけれど、それでも今は合格を素直に喜びたかったなぁ……としみじみ思うのだった。




