第135話 解消できない問題と新たなる武器
ひとまずの治療が終わり、しばらくの間、大事を取って安静にしなければならないというリオーレンの言葉に従って、そのまま休憩を挟むことになった。
「――――さて、それじゃあ、この休んでいる間に私から、レイズとの立ち合いを見させてもらった感想と問題点を話そうかな」
始まる前の宣言通り、私の戦いぶりを観察していたアライアがこちらの方に目を向けながら言葉を続ける。
「まあ、とはいっても、問題点なんて自分が一番分かってるだろうし、先に感想から。正直、たった一週間でここまで動けるようになってるなんて思ってもみなかったよ、よく頑張ったねルーコちゃん」
「……私だけの力じゃないですよ。ノルンさんやリオーレンさん、それに少し無茶苦茶でしたけど、レイズさんが特訓に付き合ってくれたおかげです」
事実として私一人だったらまだまともに動く事すらできていなかっただろう。だからアライアの賛辞に私はそのまま思った事を口にした。
「はぁ……確かに俺達は特訓に付き合いはしたが、そこまで動けるようになったのは紛れもなくお前自身が頑張ったからだ。素直に賛辞は受け取っておけ」
「そうね、ここに関しては同意見。これの無茶苦茶なやり方についていって頑張ったルーコちゃんはもっと胸を張っていいと思うわ」
呆れ混じりのため息を吐くレイズと、珍しく反発せずに同じ意見を口にするノルン。
特訓に付き合ってっくれた二人がここまで言ってくれるのならもう少しだけ、自分の事を褒めてもいいのかもしれない。
「……と、二人からの言葉が出たところで、問題点の話をしようと思うけど……ま、やっぱり魔法関連が使えない事だね」
やはりというべきか、アライアから挙げられた問題点は魔法が使えない事だった。
「…………そう、ですよね。魔法が使えないから強化魔法で戦う、けど、私の魔力量……それも消費が激しい今の状態だとすぐに底を尽く事に加えて、戦いの幅に限界がある……それは分かってますけど――――」
原因が分かっていたところでこればかりはどうしようもない。
努力をしようにも、魔法自体を使えない以上、私にできるのはせいぜい魔力の操作向上だけ……それだと根本的な解決はできなかった。
「分かっていてもリオーレンが治せないような後遺症を努力だけで乗り越える事はできない…………ならここで少し別の観点から考えてみようか」
「別の観点……ですか?」
それが何の事を指しているのか全く分かっていない私にアライアは微笑み、まるで講義をするかのように続ける。
「そう、確かに今、ルーコちゃんは魔法を使う事ができない。でも、強化魔法は使える……そうだよね?」
「え、はぁ、そうですけど……それだけだと限界があるってさっきも言ったじゃないですか」
いまさらどうして分かりきった事を聞いてくるのだろうと怪訝な顔をする私にアライアはまあまあと言ってその先を口にした。
「そうだね。なら強化魔法を使えるって事は魔力を操作して纏う事はできてるって事だ。それなのに魔法を使う事ができないのは体外に魔力を放出してしまうと霧散するから…………つまり、そこさえどうにかできればルーコちゃんは再び魔法を使えるようになる」
「……理屈ではそうかもしれませんけど、そのどうにかするための手段がないんですよ。どう頑張ったって魔力は霧散してしまいますし」
何度も言割れていることだけど、こればかりは魔力操作を極めればどうにかなるといった問題じゃない。
後遺症で魔力を放出する線が駄目になっているからこそ、一気に流れ出てしまう……どう操作したって構造上、無理なものは無理だ。
「……それをどうにかするための手段があるっていったら?」
「っそんな都合の良い話が本当に……?それはどんな――――」
その言葉にはっとして聞き返すと、アライアが口の端を吊り上げながら指をぱちんと弾き、私の目の前に梱包された箱が出現する。
「わっ!?ちょっ、とと……一体何を…………」
突然出現した箱に驚きながらも、どうにか落とさずに受け止めた私がアライアの方に視線を送ると、彼女は頷き、開封するように促してくる。
「これは…………確か銃……でしたっけ?」
促されるままに箱を開けると、そこには初めて街に行った時みた銃と呼ばれる武器が二つ入っていた。
「銃……そうか、なるほど、確かにこれならルーコに合っているかもな」
「え?それってどういう…………」
訳が分からず、戸惑う私と違ってアライアの意図を察したレイズが感心した様子で頷く。
確かに以前、銃という武器をサーニャから薦められはしたけど、それは私の戦い方に合っているというだけであって、アライアのいう魔力の霧散をどうにかする手段にはなりえないと思うのだが、レイズの反応を見るにそういう訳でもないらしい。
「……これは銃の形をしているけれど、単純な武器じゃない。言ってしまえばその眼鏡と同じ、ルーコちゃん専用の補助具ってとこかな」
「眼鏡と同じ……私専用で、魔法を補助する…………あ!」
アライアの言葉を反芻し、繋ぎ合わせて考えた血ところで私はようやくこれがなんなのか気付く事ができた。
「どうやら気付いたみたいだね。そう、これは魔法使いなら誰もが持っているもの。レイズの戦斧なんかは分かりづらいけど、ノルンやサーニャ、それに私だって使ってる魔法の行使を補助するための道具……それが――――」
「……杖、ですね」
箱の中に入った銃をまじまじ見ながら私はそう答える。
元々、エルフの集落では誰も使っていなかったため、私自身にも当然、馴染みのなかった杖だけど、今、考えれば確かに外の世界の魔法使いはみんな持っていた。
「…………これが杖なのは分かりましたけど、それがルーコちゃんの後遺症をどう解消するんですか?私の知る限り、杖はあくまで魔法を使える前提の補助具のはずです」
銃に目を向け、怪訝な顔をして疑問を口にするノルン。確かにその疑問は私も思っていた事だ。
「……ああ、そういう事っスか。杖は使用者に合わせて作られるもの……これがルーコサンのために作られたのなら、その特性は魔力の貯蔵と集束……だとしたらこの杖を介せば理論上、魔法を行使できても不思議はないっス」
ここまでずっと黙っていたリオーレンが難しい顔をして呟く。
「えっと、つまり……?」
「簡単に言えば、今のルーコサンは放出する線が壊れているからあの杖に出力先を移して魔法を使おうって話っスよ」
つまり、今までは基本的に手を使って魔法を使っていたのを今度はこの銃型杖を代わりにして行使するという事なのだろう。
それなら魔法は銃から出力されるわけだから、魔力が必要以上に放出されることはないのかもしれない、しかし――――
「……そんなに上手くいきますか?確かに説明だけ聞くと、簡単そうにも聞こえます。けれど、今まで手を使って行使していた感覚は容易く塗り返れないと思います」
「まあ、ノルンの懸念はもっともだね。その辺は個人の感覚の問題だから私にも分からないとしか答えられない……だから実際に使って試すしかない、そうだよねルーコちゃん?」
ノルンの疑問んいうんうんと頷いた後で私の方に目配せをしてくるアライア。そこには君ならきっとできるという期待が込められていたように感じる。
「…………できる限りの事はやってみます。あんまり自信はないですけど」
要は理論上、可能だというならここからは全て私次第だという事だ。
さっきまで可能性の欠片すらなかったのだから、僅かでも希望が出てきた今、私はそれに向かって頑張るしかないだろう。




