第133話 晴れる視界と久しぶりの楽しみ
次の日以降、模擬戦時の約束通り、ノルンはレイズの特訓に対して口を出す事はなかったけど、都合のつく限り、様子を見に来てくれていた。
「ほら反応が遅いぞ!」
変わらず容赦のない特訓だけど、私は確実に動けるようになってきている。
それは応用から思いついた一時的に視力を取り戻す術のおかげ……だけでなく、ぎりぎりの攻防を強いられることで難易度の上がった魔力操作下での身体の使い方を覚えてきたからだ。
「っ魔力が…………」
とはいえ、私の少ない魔力で常時、視力を補強なんてしていたら当然持たない。
要所、要所で使うように調整を試みているけど、強化魔法を併用してだから配分を少しでも間違えるとあっという間に魔力切れを引き起こしてしまう。
だから今のところ特訓中はひたすらにレイズの攻撃をかわすことしかできていなかった。
そして特訓を始めて一週間が過ぎた頃、街に買い出しへ行っていたアライア達がようやく戻ってきた。
「――――ただいま、ルーコちゃん」
「あ、お帰りなさいアライアさ…………」
「ルーコちゃーん!ただいま~!会いたかったよ~」
「おい、荷物を置いていくな!馬鹿サーニャ!」
戻ってきて早々、いきなり抱き着いてきたサーニャとそれを窘め、私から引き剥がすトーラス。
そんな二人のやりとりを見て騒がしい感じは久しぶりだなと思いつつ、アライアの方へと目を向ける。
……ノルンさんから帰りが遅くなるかもとは聞いてたけど、まさか日を跨ぐどころか何日も帰ってこないとは思ってなかった……そんなに買い出しするものがあったのかな?。
ここから街まで往復一日くらいだとして、買い物なんて半日あれば十分だろうし、私の眼鏡関連でそこまで時間が掛かったとも思えない。
まあ、単純にゆっくりしていただけかもしれないけど、なんとなくそれを聞こうと思った矢先、アライアが私に向かって何かを手渡してくる。
「?アライアさんこれは……」
「この間言ってた補助具……眼鏡だよ。店で聞いたらひとまずの応急措置としてこれを持ってけって。度が合わないから扱いづらいだろうけど、ないよりはましだからってね」
ぼやける視界では形の詳細までは分からないが、手渡されたそれはどうやら耳に掛けて固定するものらしい。
分からない私に代わってアライアがそれを耳に掛け、着けてくれたその瞬間、くらりとめまいがしてその場に倒れかける。
「っと、ルーコちゃん大丈夫?」
「すいません。急に視界が晴れて……っ」
アライアに支えられながら頭を振り、改めて目を開けるとそこには僅かにぼやけながらも、きちんと視界に映る景色があった。
凄い……今まで通りって訳じゃないし、ところどころぼやけてるけど、ちゃんとみんなの顔も見える……。
レイズとの特訓で一時的に見えるようにはなったとはいえ、あの時は目の前の戦いに手一杯だったから見える事への感動を感じる暇もなかった。
そのため、今、少しぼやけながらでも見えている景色に私は思わず呆気に取られていた。
「……その様子だときちんと眼鏡は機能してるみたいだね」
私の様子から見えている事に気付いたらしいアライアが頬を緩めて呟く。
両耳に掛けて使用するという性質上、激しく動く戦闘で使う事はできないだろうし、このぼやけ具合的に長時間の使用もできないだろうけど、それでも日常生活を送る上でこの眼鏡のもたらす恩恵は大きかった。
そして翌日、眼鏡を手に入れた私は気合を入れ、いつもより大分、早起きをしてある場所に向かっていた。
まだみんな寝てるだろうから音を立てないように気を付けて……と、着いた!
心の中で声を弾ませ、うきうきした気持ちでその扉の前に立つ私。
お姉ちゃんから逃げるためだったり、お姉ちゃんにバレずに出発するためだったりと、何か目的があれば別だが、普段なら今の時間帯に起きる事なんてまずありえない。
そんな私が早朝に起きてまでやってきたのはノルンとよく一緒に過ごす場所……私にとっての楽園ともいえる書庫だった。
「ふふふーん……これでやっと本が読める~」
中に入って扉を閉めたところで気持ちが抑えきれなくなってつい鼻歌を口ずさんでしまったけど、ここは他の部屋と離れてるからたぶん、大丈夫だと思う。
気になっていた本を何冊か見繕って椅子の近くまで持ってきて座り、明かりを灯して読み始める。
そこからどれくらい経ったのか、気付けばまだ薄暗かった辺りがすっかり明るくなっていた。
「――――ふぅ……少し集中して読み過ぎちゃったかな……ちょっと疲れたかも」
本を閉じ、伸びをして軽く目を抑える。この眼鏡はあくまで応急処置……きちんと私に合ったものじゃないと長時間の使用には適さない。
そう聞いてはいたものの、私には本を読みたいという欲求を抑える事ができなかった。
「……やっぱりここにいたんだねルーコちゃん」
「あ、ノルンさん。おはようございます」
ゆっくりとした足音と共に扉を開けて入ってきたのは少し呆れた様子のノルンだ。たぶん、私が眼鏡を手に入れて最初にここへくる事が分かっていたのだろう。
「うん、おはよう。そろそろ朝ご飯だからルーコちゃんを探しにきたのだけど、その様子だと結構前からここにいたみたいね」
「えっと、その、はい……いつも通りに起きると特訓が始まって読む暇がなくなると思って……」
この間の事もあって早起きしたとは言いづらく、目線を泳がせる私にノルンは小さく嘆息し、腰に手を当てながら片目を瞑る。
「……気持ちは分からなくもないけど、普段ももう少し早起きしてほしいかな」
「…………はい、善処します」
そこから少しの間、ノルンにお説教され、反省するようにと言い聞かされた私は少しだけしょんぼりしつつも、本を読めたのだからこれくらい後悔はないと開き直った。
それを見抜かれたのか、少しだけお説教が長引いた気がするけど、きっと気のせいだろう。
お説教の後で朝ご飯を食べ終え、そのまま流れるように書庫へと戻ろうとした私だったけど、運悪くレイズに見つかってしまい、強制的に庭へと連行されてしまった。
「――――さあ、今日も元気に特訓を始めていくとするか」
「………………よろしくお願いします」
できる事なら今日一日、読書に興じていたかったという本音を呑み、ご機嫌な様子のレイズへと頭を下げる。
今日の特訓にはいつものリオーレンとノルンに加えて戻ってきたアライアが見学に来ていた。
「……私達が街へ行ってる間、大体一週間くらいかな?どれくらい動けるようになったか見せてもらうよルーコちゃん」
「おう、存分に期待していいぞ」
「…………どうして貴女が答えるのよ、全く」
「まあまあ、いつもの事じゃないっスか。落ち着いてくださいノルンサン」
げんなりする私を他所に期待の眼差しを向けてくるアライアと勝手にそれへ答えるレイズ。そしてそれに対し、呆れて憤るノルンをリオーレンが落ち着かせようとする。
「……さて、それじゃあ外野も期待している事だし、早速、始めるぞルーコ?」
「はぁ……ふぅ……いつでも大丈夫ですよ、レイズさん」
気分が乗らなかろうとやる事には変わらない。息を吐いて覚悟を決めた私は眼鏡をノルンに預かってもらい、構えるレイズへと向き合った。




