第131話 ノルン対レイズ……模擬戦の決着
〝絶望の魔女〟を相手に踊ってもらうと大見得を切ったノルンはその宣言通り、拡げた領土から今までの比にならないくらい膨大な影の槍を生成して放ち、レイズに回避行動を強制させる。
その様は正に踊らされているように見えるが、レイズ本人の口元は笑っており、心底楽しそうだった。
「――――なるほど、膨大な影を使った波状攻撃か。確かにこの質量の暴力は防御一辺倒ではない……切り札として相応しい魔術だな」
「っ……いつまでその余裕が続くかしら!」
手掌で影を操り、幾重もの追撃を仕掛けるノルンだが、一向にレイズへ届く気配はない。それどころか、むしろノルンの癖を見切って少しずつ回避の精度も上がってきているように見える。
「どうした?こうも単調だと踊りには付き合ってやれないぞ」
「っならこれで変調よ……!」
煽るレイズに叫んだノルンは影を操って人形と獣を複数生み出し、槍と並行してそれらを同時に放った。
レイズに襲い掛かるのは影の剣を持った人形と鋭い爪を持った獣。まるでそれぞれが意思を持ったように連携を取っている。
「ほう、面白い……っと、流石にこの量は捌ききれないか、なら――――」
迫る剣をかわし、爪を掻い潜って槍を跳んで避けたレイズが地面へ足を打ち鳴らすと、大地が隆起して無数の壁が出現する。
「その程度…………」
「逸るなよ。これで終わるわけないだろう?」
隆起した土壁を隠れ蓑にして僅かな時間を作ったレイズは片腕を軽く薙いで風の刃を放ち、間髪入れずに指を弾いて炎を撃ち出した。
それぞれ放たれた魔法は無詠唱とは思えない程の威力を秘めており、影人形の首を刎ね、獣を燃やし尽くす。
「っと、鎮火しないと庭のものに燃え移るな……『静かな小雨』」
残った影の槍を避けつつ、周囲を見回したレイズが手を掲げて呪文を唱えると、小さな雨雲が発生。燃えている箇所に降り注ぎ、あっという間に鎮火していく。
「あんなにも簡単そうに色んな魔法を……」
土、風、火、水と、この短い攻防の間に様々な属性の魔法を操ってみせたレイズの姿は紛れもなく〝魔女〟と言えるだろう。
「……まあ、ああ見えてあの人も〝魔女〟っス。なった方法がアレといっても、そう名乗る以上、それ相応の魔法技術はきちんと持ってないとおかしいっスから」
「アレ……魔女を倒して魔女になるって方法ですか…………」
実際に会う前に聞いた話だったけれど、レイズの印象的にその方法で〝魔女〟になったのが本当でも不思議はない。
けれど、それと同時にレイズが何もなく〝魔女〟を殺してその称号を得たとは思えなかった。
「…………ずいぶんと器用な真似をするわね。まるで大道芸だわ」
「ハッ、確かにただ色んな魔法を使うだけでは大道芸かもな。だが、こういうのはどうだ?」
影人形と獣を全て倒されながらも、槍での攻撃は続けつつ、挑発を吐くノルンに対してレイズはにやりと笑って再び指を弾く。
瞬間、拡がる炎。影の獣を屠ったそれをノルンは黒衣で防ぐべく構えるが、レイズはそれを見て三度指を弾き、今度は水の塊を生成した。
最初に放たれた炎とぶつかった水塊は音を立てて蒸発し、高熱の水蒸気を発生させる。
「っこの……」
目の前で発生した水蒸気の熱で火傷を負いながらも、影を使って振り払うノルンだが、その一瞬に僅かな死角が生まれてしまう。
「――――『纏わりつく風』『花火の粉塵』」
その一瞬を突いてレイズは接近、二重で呪文を唱え、風と小さな火花を撃ち放った。
一つ一つの魔法自体はさした威力のない小さなもの。対象の周りにそよ風を発生させるであろう魔法と小さな火花を起こす魔法だろう。
しかし、実際に引き起こされた現象は違う。そよ風と火花が重なって一気に燃え上がり、悲鳴を上げる暇もなくノルンが炎に包まれてしまった。
「っノルンさん!」
「待つっス、ルーコサン。まだノルンサンは大丈夫っスよ」
心配で思わず駆け出そうとする私をリオーレンが止める。この戦いを止める役目を負ったであろうリオーレンが大丈夫というならそうなのだろうけど、あの様子を前に心配するなという方が無理な話だ。
「――――お前の影を纏うその魔術……攻防一体優れ、一見、何の欠点もないように見えるが、その実、大きな穴がある」
ノルンが炎に包まれる中、片目を瞑って一人で喋り始めたレイズ。その内容と語り口調はまるで誰かに講義をするかのように見えた。
「…………っはぁ……はぁ……大きな穴、ね。後学のためにもご高説願えるかしら?」
纏わりついていた炎を影を膨張させる事で振り払ったノルンが皮肉な笑みを浮かべて言葉を返す。
ここまでに使った魔術による魔力消費に加えて今の攻防で負った火傷がそれなりに響いているのだろうか、その笑みと声から苦しさと痛々しさが伝わってくる気がした。
「……ハッ、気付いているのにわざわざ聞いてくるとはな。さっき自分でも言っていただろう?認識できない攻撃は防げない、と」
「………………」
確かに雷魔法を受けた時も、今の攻防で水蒸気や炎を受けた時も、黒衣……影の防御は間に合ってはいない。
前者は認識が追い付かない速さ故に、後者は魔法の組み合わせが引き起こす現象を予測できなかったため、どちらも共通しているのはノルンの思考の外からの攻撃だという事だった。
「お前の魔術による防御力は確かに圧倒的だろう。それは雷魔法をくらって動けている時点で明らか。だが、それはあくまで黒衣を纏っている範囲の話だ。露出している顔や肩の部分は影を伸ばして防ぐ必要がある。だから認識外からの攻撃には今みたいに一手遅れてしまう……違うか?」
「…………ええ、その通りよ。私の魔術は黒衣という形に影を圧縮する事で防御力を得た半面、それ以外を守るためには自分の認識で動かす必要があるからどうしたって速度に限界がある……まあ、その欠点に気付いて突いてくる相手はそういないけれど」
指摘に対し、苦虫を噛み潰したような顔で肯定するノルンとは対照的に自身の予想が当たっていた事でどや顔を浮かべるレイズ。
一見、攻防共に隙のない魔術にそんな弱点があった事には驚きだが、ノルンも言っていたように認識外の攻撃を仕掛けてくる相手なんて滅多にいない。
ましてノルンの実力的にそれを突ける相手なんてレイズみたいな超越者くらいだろう。
「フッ……相手はそういない、か。その考えは甘えだなノルン。現に俺にその隙を突かれたんだぞ?」
「……そうね、確かに最後の言葉は失言だったわ。貴女に指摘されるのは癪だけど」
「ハッ、そう言うなよ。俺はお前の師匠だからな、指摘だってする」
「…………そう、だったわね。もう大分、昔の事だけれど」
互いに軽口を言い合いながらも、相手を見据えて構える二人。
次の攻防がこの模擬戦の最後になるという予感と共に張り詰めた空気が漂う中、ノルンとレイズは同時に駆け出した。
「全てを呑み込め――――『影天地落』」
「一点を穿て――――『雷碧緋穿』」
ノルンは膨大な影を纏った漆黒の一撃を、レイズは全身に三原色の雷を纏った光速の一撃をそれぞれ放ち、辺りが光と闇に支配され、轟音が響き渡る。
そして訪れる静寂、激闘の末にその場に立っていたのは――――〝絶望の魔女〟レイズ・ドータ―だった。




