第129話 ぶつかり合う因縁、ノルン対レイズ
朝ご飯を食べ終え、食堂を後にした私は再びノルンに手を引かれてレイズの待っているであろう庭に向かっていた。
「…………できるならこのまま部屋に戻って二度寝をしたい気分です」
手を引かれるままに連れられながら今の正直な気持ちをぼやくように口にする。
いや、もちろん今の私の現状を鑑みればこの検証は必要な事だし、付き合ってくれているレイズやリオーレンには感謝しているけど、それでも上手く動けないもどかしさとひたすらぼこぼこにされた記憶も相まって足取りは重くなってしまっていた。
「そうね……二度寝はともかく、今日みたいな日は書庫でゆっくり読書したいわ」
「……ですね」
言われてみれば最近、ゆっくりと本を読んだ記憶がない。まあ、今の私の視力だと、文字なんて読めやしないだろうけど。
陰鬱な気分のまま庭に到着すると、案の定、レイズが待ち構えており、傍らで眠そうな顔をしたリオーレンが大きな欠伸を漏らしていた。
「――――おはよう、ルーコ。もう少し遅かったら呼びに行こうと思っていたところだったぞ」
腕を組み、笑みを浮かべたレイズが私達の方を見て相も変わらず元気そうに声を掛けてくる。
「……遅かったら呼びに行こうって、そもそもルーコサンに今日もやるだなんて言ってないんスから、呼びに行くのが普通だと思うんスけど」
「ああ、そういえば言ってなかったか。まあ、こうしてルーコの奴はやってきたんだからいいだろ」
呆れるリオーレンに首を傾げたレイズは細かい事は気にしないといわんばかりに肩を竦めて笑い飛ばした。
「…………全く、相変わらず適当ね、貴女は」
「ん?ノルンもきたのか」
怒りと呆れの入り混じった視線を向けるノルンに対し、まるでそれに気付いてない、もしくは気付かない振りをしているレイズ。
特訓の時から様子を見てきたけど、この二人の会話は毎回、険悪な雰囲気が流れている気がする。
「ええ、貴女がルーコちゃんに無茶をさせてると聞いて、それを止めにね」
「……相も変わらずお節介だなお前は。無茶も何も早く動けるようにと望んだのはルーコ自身だぞ?俺はその要望に応えただけだ」
「……そりゃルーコちゃんの心情からすれば早くと思うのは当然でしょう?問題は貴女の要望の応え方が乱暴って話よ」
「乱暴って事はないだろ。俺は今ある環境で最適かつ、最速のやり方を選んだだけだ。それに今はリオーレンの奴もいるから何の問題もない」
ばちばちと火花を散らして言い合う二人。互いが互いの主張に納得できない以上、どこまでいってもこの言い合いに決着はつかないだろう。
「……あの二人はいつもあんな感じなんスか?」
言い合いの巻き添えにならないようこちらに避難してきたリオーレンが小さな声でそう尋ねてくる。
「……ええ、いつもですよ。レイズさんが煽って、ノルンさんがそれに乗っかるか、今回みたいにそのやり方や行動が気に入らないみたいな感じで突っ掛るのが、あの二人の普段の会話ですね」
「あれが普段の会話っスか……まあ、人付き合いにも相性ってあるっスもんね……」
あの二人の場合は相性というより、過去に何かがあったからだろうが、それを知る事はできないし、知ったとしても当人同士の問題な以上、私に口出しできるようなものでもない。
だからこういうのは今の私達みたいに治まるのを待つのが正解だと思う。
「――――よし、ならこうしよう。今から俺とお前で模擬戦をして勝った方が負けた方の方針に従う……このまま言い合いをして時間を潰すよりはよっぽど良いだろ?」
言い合いの末、このままだと平行線になる事を危惧したらしいレイズがノルンに対してそんな提案をする。
確かにこのまま言い合いをするよりは生産的かもしれないが、模擬戦という形式では〝魔女〟であるレイズの方が圧倒的に有利だ。いくら何でもその提案にノルンが乗るとは思えない。
「……分かったわ。それで構わない。ただし、戦闘の規模についてはきちんと抑えてもらうわよ?具体的にはこの庭を破壊しない事とルーコちゃん達に被害が出ないくらいかしらね」
「ああ、分かった。元から俺の方には自分で制限をつけるつもりだったからな。問題はない」
流石に実力差の部分に関してはノルンも分かっているらしく、制限をつけるといったレイズに対しても反論する事なく、そのまま模擬戦を始める運びとなってしまった。
「…………えっと、どうしてノルンさんとレイズさんが戦う事になってるんですか?」
「……さあ?ちょっとボクにも分かんないっスね」
戦いの余波に巻き込まれないところまで退避した私とリオーレンは互いに首を傾げながら、向かい合って対峙する二人を見つめる。
「それじゃあ早速始めるぞ。準備はいいか、ノルン?」
「……ええ、いつでもいいわよ。ルーコちゃん、合図をお願い」
レイズは戦斧を、ノルンは杖を身の丈程に伸ばして臨戦態勢を取り、いつでも駆け出せるような状態で構える二人の間に張り詰めた空気が流れる中、私は請われるままに開始の合図を口にした。
「――――始め!」
私の合図と共に二人は強化魔法を発動させて同時に駆け出し、互いの武器を振りかぶる。
「らぁッ!!」
まず先制したのはレイズだ。戦斧を勢いよく斜めに振り下ろし、両断しそうな勢いでノルンに襲い掛かる。
「ッそうくると思ったわよ……!――――『影千刃』」
迫る戦斧を紙一重でかわしたノルンは杖を手の中で回しながら、そのままレイズの胴体を狙って吹き飛ばし、呪文を唱えて影の刃を生み出すと同時に追撃を仕掛けるべく駆け出した。
「はぁッ!!」
吹き飛ばしたレイズの元まで一気に肉薄したノルンは先程のレイズの再現と言わんばかりに鎌と化した杖を振り上げ、一切の容赦なく振り下ろす。
「ハッ、さっきの意趣返しのつもりか?その速度では俺に届かんぞ」
「ぐっ……!」
振り下ろした刃が届くよりも早く動き出したレイズは地面に片手をつけて軸にし、身体ごと捻って今度はノルンの胴体に蹴りを叩き込んだ。
「……まだ強化魔法での範囲ですけど、やっぱりノルンさんの方が押されてますね」
ぼやける視界で細部までは見えないながらも、隣のリオーレンから補足で解説してもらいつつ、今の一連の攻防の感想を口にする。
「まあ、当然といえば当然っスね。いくら制限をしてもレイズサンは〝魔女〟……その中でも特に戦闘に特化してるっス。単純な経験の差でもノルンサンの上をいってるっスから」
具体的には聞いてないが、今回の模擬戦、レイズはどうやら〝醒花〟と自らの魔術の一切を使うつもりがないらしい。
その証拠にいつもならわざと攻撃を受けるレイズが今の攻防ではそれよりも早く反撃を繰り出していた。
「……速度と判断、昔よりはいくらか成長したみたいだが、この程度か?」
「ッ……〝日が沈み延びる影、暮れ落ちる光に染める闇、拡がれ、呑み込め、我が意を汲んで纏うは闇〟――――『影纏黒衣』!」
微かに笑い煽るような仕草を見せたレイズに対してノルンはぎりっと歯を食いしばり、魔力を練り上げて詠唱と共に呪文を叫んで影を拡げ、黒衣を纏う。
「…………本番はこれからよ。絶対にその歪んだ性格を強制してあげるわ」
「ハッ、面白い……!やれるものならやってみろ!」
自身の切り札と言える魔術を発動させたノルンと不敵な笑みを浮かべるレイズ。火花散る二人の模擬戦はさらに激しさを増そうとしていた。




