第126話 早とちりと手を引かれる私
〝死遊の魔女〟ガリストの襲撃から一週間、ようやく激痛から解放された私は自身に残った後遺症の重さを改めて知る事になった。
「痛ッ……あっ!?」
布団から起き上がって部屋の外に向かう間の短い距離を移動するだけで私はすでに三回は転び、どこかに足をぶつけている。
これも偏に後遺症である視力の低下が原因だ。
全く見えないわけじゃないものの、正直、物の色を見分けるのも怪しいくらい酷い。
……覚悟はしてたけど、見えないだけでここまで動けなくなるなんて……ううん、弱音は吐かないって決めたんだからこのくらい――――
そう思って立ち上がり、再び外に向かおうとするが、またもや何かに躓いてしまい、今度は顔をぶつけて痛みに悶え、その場に蹲った。
「…………何やってるんだお前は」
「っ……その声は……トーラスさん?」
今の私の視界にはぼんやりと輪郭しか映らないため、呆れ混じりの声から入ってきたのがトーラスだという事に気付き、このまま何度もぶつけるよりはと、恥を忍んで手を貸してもらった。
「中から派手な音がするから何かと思えば……見えてないんなら無理に歩こうとするな。そもそもお前は病み上がりもいいところなんだ。誰かを呼ぶなりしてだな――――」
「……ごめんなさい。その、元はと言えば自分のせいですし、迷惑かけたくなくて」
手を引かれながら移動する最中、説教混じりのトーラスの的を得ている言葉に私はぐうの音も出ず、謝る事しかできない。
「……ここまで馬鹿に素直だと調子が狂うな………まあ、分かればいい。で、どこに行くつもりだったんだ?」
「ええと、アライアさんのところに……」
頭をがしがしと掻いて軽く息を吐いたトーラスに問われ、私はそう答える。正直、特別な目的があったわけではなく、ただ、動けるようになった事を報告しようと思っただけ……あとは強いて言うなら――――
「……そうでした、お手洗いにもいこうと思ってたんですよね。だからアライアさんのところに行く前に連れてってもらえませんか?」
「おっ…………そうだった。こいつはその辺の羞恥がないんだった」
一瞬、言葉に詰まり、頭を抱えてため息を吐くトーラス。
別段、変な事を言った覚えはないのにどうしてそんな反応をされるのだろうと首を傾げていると、トーラスは再度大きなため息を吐き、それは俺か、ウィルソン以外に連れてってもらえとそのままアライアさんのところに案内されてしまった。
到着してすぐ、トーラスはこれから仕事だからと言ってすぐに出て行ったため、部屋の中には私とアライア、そして最初からいたらしいレイズの三人が残された。
「――や、ルーコちゃん。動けるようになったみたいでなによりだよ」
「……はい、おかげさまで」
「……手を引いてもらわなければ歩く事もままならないなら動けないのと大差ないぞ」
開口一番、笑顔で言葉を掛けてくれたアライアへ当たり障りのない言葉を返すと、隣に座っていたレイズが不満そうな態度を隠そうともせずに口を開く。
「……レイズ。言い過ぎだよ。ルーコちゃんだって好きでそうなったわけじゃないんだから」
「ふん、好きでなったわけではないにしろ、こいつは覚悟して無茶を通したんだ。なら後遺症の責任は自分にあるだろ」
優しい言葉を掛けてくるアライアと対照的に突き放すような言葉を並べるレイズ。たぶん、せっかく色々教えたにもかかわらず、それが全部無駄になった事を怒っているのだろう。
「……レイズさんの言う通りです。他に選択肢がなかったとはいえ、選んだのは私……だから」
見捨てられても仕方がない。そんな気持ちで自戒を口にする私に対してレイズは小さく嘆息、そして片目を瞑り、ちらりとこちらに視線を返してくる。
「……自覚があるのならそれでいい。ひとまずはまともに動けるようになることだな。修行の再開はそれからだ」
「…………え?」
修行の再開……確かにそう聞こえた気がして、もう見限られたんじゃと思わぬ一言に呆けた声を漏らす私を見てレイズは呆れた表情を浮かべ、隣のアライアはくすくすと笑いを堪えていた。
「何を呆けた面をしている。まさかとは思うが、俺がその程度の後遺症でお前を見限るとでも思ってたのか?」
「え、あ、それは…………」
「……これはレイズの言い方が悪いね。あれじゃあルーコちゃんが勘違いするのも無理ないよ」
あたふたする私を庇うようにアライアがそう言うと、レイズはふんとそっぽを向いてしまい、しばらくの間、口を開く事はなかった。
そしてへそを曲げたレイズを他所にアライアが私の今後についてを色々話してくれる。
「……さて、ルーコちゃんの患った後遺症は色々あるけど、一つずつ解決していくとして……まずはその視力をどうにかしないとね」
「どうにか……あ、そういえばリオーレンさんがそれ専用の補助具があるって……」
起きた直後の会話をおぼろげ思い出しながらそう呟く私にアライアは小さく頷き、少し困ったように言葉を続けた。
「確かにあるにはあるんだけど、あれは症状の度合いによって作らないとだから本人のルーコちゃんが店に行く必要があってね……流石に今の状態だと難しいかな」
「……そう、ですね。せめてもう少しまともに動けるようになれば」
いくら補助があっても、室内で動き回るのとは訳が違う。離れた街中で付きっきりという訳にもいかない以上、見えないにしてもある程度は動けるようになる必要があった。
「…………それなら修行次第でどうにかなるかもな。世界には目が見えなくても戦える凄腕もざらにいる」
ここまでずっと黙っていたレイズがぼそりとそんな事を口にする。強者を求めて世界を彷徨ってきたレイズならではの意見だが、単純に修行でどうにかなるものなのかと疑問に思ってしまう。
「……そりゃ私だって知ってるけど、正直、あれらは参考にならないでしょ」
「……確かにそういう奴らは得てして化け物染みているし、そもそもルーコとは根本的にものが違うだろう」
私自身が普段から思っている事だし、今更否定もしないけど、そこまではっきり言わなくてもいいだろうと内心思っている中、レイズはだが、と言葉を続けた。
「肝心なのはそこじゃない。要は目が不自由だろと戦う手段はあるって事だ。すぐに元通りとは言わないが、俺が修行をつけている以上、変に不安がる必要はない」
「いや、今してるのは戦いの話じゃなくて……いや、でもこれはレイズなりにルーコちゃんを励まそうとしてるのか……なら、でも、うーん…………」
どうにも話が逸れている気がするが、仮に戦闘という観点でいうのなら、私には視力よりもどうにかしなければならない大きな問題がある。
「その、目が見える見えない以前に今の私には魔法が使えません。レイズさんのいう通り、修行である程度動けるようになるかもしれませんが、もう元通りには…………」
少なくとも魔法使いとしても私は死んだも同義だろう。まだ私を見捨てないでくれるのは嬉しいけれど、もうレイズの期待には応えられそうになかった。
「ふむ……使えないと決めつけるのは少し早計が過ぎるんじゃないか?リオーレンが言っていたのは魔法を使うと魔力が放出されるって話だろう」
「……はい、一回でも使えば魔力切れになると、ですからとてもではないですけど使い物にはなりません」
言葉を返すとレイズは腕を組み、指をとんとん鳴らして考える仕草を見せ、何かを思いついたようにすっと立ち上がる。
「……ならまずはそれが本当かどうか試してみるとするか。もしかしたら魔法によって使えるものがあるかもしれん」
「え?でもそれは――――」
「それもそうだね。悲観するのは色々試した後でも遅くない……ほら、行くよルーコちゃん」
唐突な提案に訳も分からないままの私は何故かレイズの案に乗り気なアライアに手を引かれ、そのまま外へと連れ出される事になるのだった。




