第125話 後日譚と凡才の代償
ガリストの襲撃から一週間、諸々の疲労や傷のせいでずっと眠り続けていた私は自室の布団で目覚め、全身に走る激痛で早々に悶える事になった。
「――――どうやら目が覚めたみたいっスね」
傍ら聞こえてきた覚えのある声に痛みを我慢してその方向を向くと、ぼんやり誰かがいるのが見える。
「えっと……リオーレン、さん……ですか?」
「はい、毎度お馴染みのリオーレンっスよ。ああ、今のルーコサンには見えないんスね」
声の調子から少し困った表情を浮かべているであろう事は想像できるが、リオーレンのいう通り、私の視界はぼやけて全ての景色が曖昧にしか見えない状態だった。
「こ、れは…………」
「……今回の件でルーコサンが無茶した代償の一つっス。内側から溢れ出た魔力に圧迫され続けたせいで視力に影響が出たんスよ」
詳しい理屈は分からないが、リオーレンによると二度の『魔力集点』と魔力結晶の服用は私の身体に様々な後遺症を残したらしい。
その中の一つが視力の著しい低下……これが一番日常生活に支障をきたす症状だ。
慣れたところを行き来するだけなら問題はないだろうが、こんな状態ではまともに外を歩く事はできないだろう。
「……一応、視力の低下に関しては同じような症状で苦しむ人用の補助具があるのでどうにかなるとは思うっス。問題は他の後遺症の方っスよ」
「他の……ですか?」
自覚がある症状と言えば身体を動かす度に走るこの激痛くらいで、他の後遺症と言われてもいまいちぴんとはこない。
「そうっス。視力以外の後遺症……一番軽いのは今もルーコサンを襲っているであろう激痛っスね。これは後、一週間もすれば消えると思うっス」
「い、一週間はこの激痛が続くんですね…………」
リオーレンのいう事が本当なら私は向こう一週間、まともに動く事すらできないという事だろう。
いずれ治るとはいえ、これが一番軽いというのだから、他の症状を聞くのが少し怖くなってくる。
「治るだけましと思ってください。で、次というか、これが一番重い症状なんスけど、魔力を外に放出する線がずたずたに壊れてるって事っス」
「?それはどういう…………」
「簡潔に言ってしまうと、今のルーコサンが魔法を使うと魔力が全部放出されるって事っスよ」
「…………え?」
語られた後遺症は確かに私にとっては一番重いもの。日常生活を送る上で支障はなくても、〝魔女〟を目指す私にとっては致命的だ。
だって魔法を使うと魔力が全部放出されるという事は、一度使うだけで『魔力集点』の使用後と同じになるという事……実質、魔法を使えなくなったと同義だろう。
「……動揺するのも無理はないっスけど、この程度で済んだだけ幸運っス。運が悪ければ常時魔力が流れ出る状態になってもおかしくなかったんスから」
「…………そう、ですね。元々、命を賭ける覚悟で使ったんです。生きてるだけ喜ぶべきですよね」
失ったものは戻らない。いや、生きているし、動けている以上、失ってすらないのだからこの程度で折れてどうする、と自分に言い聞かせるが、そう簡単に割り切れる筈もなかった。
「……落ち込んでるところ悪いんスけど、後遺症はそれだけじゃないんス。分かりやすいのはさっき挙げた三つっスが、それとは別にルーコサンの内側……とりわけ内臓が全部脆くなってるっス」
「内臓……?」
「ハイ、自分が到着してルーコサンの診た時、魔力を圧迫や外傷からくる衝撃で内蔵はぼろぼろでした。それこそ生きているのが不思議なくらいに」
正直、気絶こそしていなかったものの、戦いが終わってすぐに反動がきて悶えていたため、自分がどういう状況で、具体的にどう助かったかというのは分からない。
薄っすら聞こえてきた会話からしぶとく生き残っていたガリストが何かをしたというのは知っているが、それだけだ。
「……一応、ボクの魔法で表面上は治ったっス。けど、ルーコサンも知っている通り、治癒魔法はあくまで自身の治癒能力の延長にあるもの……あそこまでの損傷は各臓器に深刻な負担を与えました」
「…………つまり、私は今、どういう状態なんですか?」
魔法についての後遺症の衝撃から抜け出せていない現状で次から次に説明され続けたせいか、思わず返す声に苛立ちを乗せてしまう。
「……今のルーコサンは病気や外部からの衝撃を受けただけで内臓が傷つき、機能に支障をきたすっス。もしかしたら日常生活でも吐血くらいはするかもしれません」
私の苛立ちを感じ取ったのか、リオーレンは目を伏せ、どこか申し訳なさそうな表情を見せた。
「…………ごめんなさい。悪いのは無茶をした私でリオーレンさんは治してくれたのに」
「……いえ、ボクの方こそ配慮が足らなかったっスね。ともかく、分かっている症状は今挙げたものっスけど、他にも何かあったら教えてください。しばらくはここに滞在しますから」
そもそもこの後遺症は私が無茶を通したせいなのだから治してくれたリオーレンを責めるのは間違っているし、そんな資格はないだろう。
「――――さて、暗い話はこの辺にしましょうかね。外にルーコサンが目覚めるのを待ちに待っていた人達がいますからね」
「……?」
何の事かと首を傾げる私を他所に、そう言って立ち上がったリオーレンは扉の前まで移動すると取っ手を掴んで開け放った。
「ルぅぅーコちゃぁぁんッ!!」
「!?ちょ、サーニャさ――――」
瞬間、開け放たれた扉から顔面を涙と鼻水に染めたサーニャが勢いよく部屋に入ってきてそのまま私の方に勢いよく飛び込んでくる。
きっと、一週間意識の戻らなかった私を凄く心配してくれたのだろうし、逆の立場だったらそうするのも分かるのだが、よく考えてほしい。
今の私は少し身体を動かすだけでも激痛が走る状態……そんな中で勢いよく飛び込んできたサーニャを受け止めればどうなるか。
「ッ――――!!?」
全身に走る形容しがたい激痛が声にならない悲鳴となり、さらに衝撃を受けたせいか、吐血……もう半日寝込む羽目になってしまった。




