第105話 絶望の魔女と戦いの振り返り
「……どう使うかが鍵というのは分かりました。けど、魔力の質が上がると一体どんな恩恵が受けられるんですか?」
さっきの戦いで規格外の膂力を見る事はできた。けれど、それが魔力の質とどう関係しているのか、具体的な事はまだ聞けていなかった。
「そうだな……まあ、単純に言えば使う魔法の規模、効果が段違いに拡張される。さっきの戦いを例に挙げるならここら一帯を切り飛ばしたのと、お前の背後に移動した時、そしてその後の一撃だな。あれはあの瞬間に使った強化魔法が質の違いによって拡張された結果だ」
「あの時の……」
確かにいま上げた例には私も度肝を抜かれたのを覚えている。まさかあの膂力と速度の元が私もよく使う強化魔法だとは思わなかった。
「無論、強化魔法を使わずとも、〝醒花〟を使った状態なら通常の強化魔法使用時の数倍程度の出力を出せる……そこはお前の『魔力集点』と同じだな」
「…………そうですね。出力は段違いですけど」
レイズの言う通り『魔力集点』も使用中は常時強化魔法を纏っているように動けはするが、それでも〝醒花〟とは比べようがない。それが根本的な差なのか、それとも使用者が私だからなのかは分かりかねるが。
「ん、まあ、出力の面は洗練の差だろ。俺の見る限り〝醒花〟と『魔力集点』自体に差はないと思うぞ」
「……でも実際に凄い差があったじゃないですか」
片目を瞑り、そう言うレイズに私は思わずそんな言葉を漏らしてしまう。正直、洗練の差と言われても全てを燃やして発動させる『魔力集点』に練度なんて概念が当てはまるとは思えなかった。
「……それは仕方ない。洗練の差もそうだが、そもそも戦闘経験の違いだってある。たぶん、お前が思っている以上にそれは大きいだろう」
「それは……そうかもしれませんけど……」
さっきの戦いの詳細を全て聞いたわけではないけど、ここまでの情報から〝醒花〟状態のレイズは強化魔法しか使っていないように思う。
ということは、だ。最後の攻防の前にレイズが私の進路へ先回りをしていたのは単純な速度のみでそれを為した事になる。
ならばそれは経験の差以前の問題ではないのかと、どうしても感じてしまい、レイズの言っている事に対して首を傾げざるを得なかった。
「納得いってないって顔だな。まあ、仕方ない……なら詳しくそこを掘り下げる前に戦いの振り返りを終わらせるか」
人差し指で頭を掻き、軽く嘆息してからレイズは言葉を続ける。
「……そうだな。さっきの戦い……お前が防戦一方だったという自覚はあるか?」
「…………嫌味ですか?……そりゃありますよ。そもそも私の攻撃がまともに入ったのは最後の一撃だけじゃないですか。それだって全然効いてなかったみたいですし」
自覚はあるかと問われ、反射的に口を尖らせながらそう返すと、レイズは困ったように再び頭を掻いた。
「あー……別に嫌味のつもりはなかったんだが、悪いな」
「…………レイズさんみたいな人でも悪いと思う事はあるんですね」
出会った時の印象から戦闘狂で傍若無人な印象しかなかった事もあり、レイズの謝罪に対して素で思った事をそのまま口にしてしまう。すると、レイズは面を食らったように目を瞬かせ、すぐにぷっと吹き出した。
「……私、そんなに面白い事言いましたか?」
「フ、ハハッ……いいや、悪い、悪い。お前も案外、明け透けに物を言うなと思ってな。まあ、自覚があるなら話が早い。では、どうしてお前は防戦一方に追い込まれたんだと思う?」
涙を滲ませる程に大笑いしたレイズはふっと息を吐き出してから話を戻すと、再びこちらに問うような言葉を投げかけてくる。
なんか聞かれてばかりだなと思いつつも、戦いを振り返りながら理由を考えた。
「…………やっぱり単純な基礎値の差じゃないですか?速度も力も上回られているから後手に回って対応しないといけなくなって、防戦一方になったんだと思います」
後は最初の一撃の威力の見て気圧されたというのもあるけれど、それを差し引いても原因はそこの差だろう。そもそも私が制御も危うい域まで加速してなお、先回りをされたのだからそれ以外には考えられなかった。
「ふむ、なるほどな。確かに膂力の差が大きいというのはそうだろう。しかし、だ。速度に関していえばさっきの戦い時点でお前の方が勝っていたぞ?」
「……そんなはずはないです。現に私よりも速く動いて先回りをしてきたじゃないですか」
規格外の一撃を避けて空へと逃れた時も、速度を限界まで上げて距離を取ろうとした時も、レイズは常に私を捉えて攻撃してきた。
それなのに速度で勝っていると言われても、納得できる筈もない。
「あれはそれこそ経験則で先回りしただけだ。勘の良い奴は大抵、俺の一撃を飛んでかわすし、その後でお前が速度を上げた時も、操作しきれていないと思ったからこそ遮蔽物の多くなる低空飛行を避けると踏んであの位置に陣取ってたんだよ。単純によーいどんで速さを競ったら負けるのはこっちだ」
肩を竦めるレイズの言葉に私は改めて戦いを振り返り、彼女の言っている事が間違っていない事に気付く。
……言われてみれば直接、レイズさんとの速度差を見比べてないかも……それに今考えると、強化魔法だけの時はともかく、魔法を使った移動に関しては確かに単純な速度差で先回りできるものじゃない気がする。
経験則だけであそこまで正確に私の出てくる位置を読めるものだろうかと疑問に感じるところもあるが、それでもあの速度を遥かに上回る速さで先回りされたと言われるよりはいくらか信じられるだろう。
「……じゃあレイズさんは速度差を分かった上でそれが悟られないように立ち回っていたって事ですか?」
「いいや?俺はお前がその差に気付いていないとは思ってなかった。現に速度で勝負しようとしてきたからな」
私の問いに否定を返したレイズはそれに、と言葉を続ける。
「俺は悟られようと悟られまいと立ち回りは変えない。そもそも〝醒花〟同士で戦うとなると、相手の方が速い事なんてざらにある。だから前提として有利な情報は知られているものと仮定してるんだよ」
魔女、あるいは他の最上位の称号持ち相手と何度も戦っているであろうレイズだからこその前提な気もするけど、その考え方自体は私も見習うべきかもしれない。
……もし、さっきの戦闘をその前提で立ち回っていたら、少しでもまともに戦えてたのかな。
そんな考えが頭を過るが、答えは否、だろう。たとえ、先回りされている事に気付けたとしても、私にはそれをどうにかする術がないし、レイズもその前提で立ち回っている以上、どうしたって経験の差で負けるのは目に見えている。
「……もし、レイズさんが私の立場ならもっと戦えましたか?」
何かの参考になればと思い、そんなたらればを投げかけると、レイズは少し考えるような仕草を見せてから口を開いた。
「お前の立場、か……そうだな、経験が活かせるっていうのならやりようはいくらでもあるだろうが…………まあ、勝つのは難しいだろうな」
「……無理、とは言わないんですね。ということは今の私でも勝算があったんですか」
経験を活かせるという前提からそう言ったのなら、私にはまだ可能性があるということ……そしてその可能性こそ、おそらくレイズがこれから私に教えようとしている事柄なのだろう。
「……いや、まあ、正確にいえば今のお前には無理な手法ではあるし、そもそも俺との相性もあるから一概に言えないってだけだ」
「でもそれならこれから次第で勝てるようになる見込みはある……ですよね?」
食い下がるように聞き返す私に対してレイズは片目を瞑り、肩を竦めながらも、小さく頷いた。




