第104話 絶望の魔女と戦いの決着
今まで聞いた事のないような程の甲高い金切り音を立てて激突する私の魔法とレイズの身体。
時間にすれば一瞬、けれど感覚的に永遠とも感じた交錯を制したのは私の魔法だった。
着弾と同時に圧縮された風が指向性を持って炸裂、派手な土煙を立てながらレイズを遥か彼方へと吹き飛ばし、反動で私も大きく後ろへと吹き飛ばされてしまう。
「や……った――――………………」
一撃を当てた事による安堵と達成感、そして無理を押して魔力を込めた反動から、私の意識はそこで暗転してしまった。
どれくらい時間が経っただろうか、全身を襲う気怠さと頭に感じる微かな柔らかさに身じろぎしながらも、意識を取り戻した私はゆっくりと目を開けていく。
「ん……ぅぅ……?」
目を覚ました私の目の前にあったのは心配そうにこちらを覗き込むノルンの顔だった。
「ノル……ン……さ……ん?」
「っルーコちゃん……!良かった……目が覚めたのね……」
どうやら私が意識を失った後はノルンが膝枕をしながら介抱してくれていたらしい。身体を起こして辺りを見回すと、切り株に座ったレイズがぶすったれた顔で腕を組んでいるのが目に入った。
「あの……私はどれくらい気を失ってたんですか?」
「……ほんの少しの間だ。吹き飛ばされた後でここまで戻ってきたらすでにノルンがお前を介抱していてな。そこからコイツに説教をくらって今しがた、それが終わったところだよ」
なるほど、それでレイズが不満そうな表情をしているのか。まあ、発言をひっくり返していきなり戦いを始めたのだからノルンが怒るのも無理はないだろう。
「……なんで不満そうな顔をしているんですか。全く……そもそも当初の目的はルーコちゃんの『魔力集点』を見る事でしょう?それなのにいきなり戦い始めて――――」
「うー……分かった、分かったから。それはさっきの説教でも聞いたし、説明もしただろ。手合わせした方が本質を測りやすいって」
余程、ノルンの説教が堪えたようでレイズは辟易した様子で勘弁してくれと首を振った。
「えっと、その、本質を測るっていうのは……」
「ん?ああ、そうだな。喋れるくらいには回復したようだし、早速その辺の話をしていくか」
助けるって訳でもないけれど、言葉を拾い上げて尋ねると、レイズはこれ幸いと逃げるように私の問いに応え、ノルンのじとっとした視線をかわして話を逸らす。
「まあ、細かい内容は後で触れるとして、まず結論から言うと、お前の改良前『魔力集点』は〝醒花〟と限りなく同質のものだ。全く同じとは言わないが、出力だけみれば同等以上といっていい」
戦いを始める前にも似ているという話だったけど、やはりというべきか、改良前の『魔力集点』と〝醒花〟はレイズをして同質と言わしめる程に似通っているらしい。
……つまり、今の私は最上位の中でも一握りの人しか使えない〝醒花〟という領域に足を踏み入れているってこと?
才能のない私に限ってこんなにとんとん拍子で進むような上手い話があるのだろうかと内心、首を捻り、引っ掛かりを覚えたある部分を口にする。
「……同等以上って言いましたけど、それが本当ならどうしてここまで差が生まれるんですか?私、レイズさんに手も足も出なかったんですけど」
出力が同等以上だというならあの戦い内容には納得がいかない。
力、速度、あらゆる面で私は圧倒されていたし、最後の一撃だってレイズがあえて受けようとしなければ攻防自体が成立しなかった。
それなのに同等以上と言われてもぴんとこないのは仕方のない事だろう。
「そりゃあくまで同等以上なのは出力だけだからだ。それをどんな場面でどう使うか、あるいはより効率的に出力させるか、他の面が足りない分、差がつくのは当然の事だろう?」
「それは、そうですけど……」
当たり前の事、確かにそうだ。今までそこそこ戦いを経験してきたつもりだが、それでも歴戦の強者であろう絶望の魔女と比べたら、そんなものないに等しい。
だからこそ経験で優るレイズにそう言われてしまうと私としては何も言い返せなくなってしまうため、できることなら具体的な説明がほしかった。
「……納得のいってない顔だな。ならさっきの戦いを一つ一つ振り返るか……ノルン」
腕を組み、片目を瞑ったレイズはいまだに不機嫌そうな表情を隠そうともしないノルンに声を掛ける。
「……何かしら?」
「ここからはしばらく講義の時間になるから、今のうちにアライアの奴を呼んできてくれ」
いまから振り返りを兼ねた講義になるというのは話の流れから察する事ができるけれど、どうしてアライアを呼ぶ必要があるのだろうかと疑問に思っていると、ノルンが眉間に皺を寄せて答える。
「……貴女とこの状態のルーコちゃんを二人きりにしていけると思うの?」
「この状態のルーコに俺が何かをすると本気で思ってるのか?」
エリンからの険の込もった問いに対して間髪入れずに問い返すレイズ。そして二人の間に少しの沈黙と睨み合いが生じるも、最終的にノルンが溜息を吐いて折れる。
「…………分かったわ。どのみちこの惨状は早めにどうにかしないといけないでしょうし、ここでいがみ合うよりもさっさと呼んできた方が良さそうね……今のルーコちゃんは魔力切れで動けないんだから無茶をさせないでよ」
「……お前も心配性だな。大丈夫、分かってるから。それじゃ頼んだぞ」
そっと私を膝からおろして立ち上がったノルンは再度、念押しをしてからアライアを呼びに、来た道を戻っていった。
「――さて、それじゃあ早速、始めるか。えーと、まず最初に聞くぞ。さっきの戦いを経て、お前から見て〝醒花〟はどういう風に映った?」
「どうって……単純に次元が違うなぁって思いました。力も速さも爆発的に上がってて、あれならこの前の戦いを地味だって言うのも頷けるかな、と」
質問の意図が分からず、首を傾げながらも、思っていた事を正直に口にする。
まあ、レイズの戦い方のせいもあるだろうが、今の〝醒花〟の印象は、言ってしまえば物凄い強化魔法といった感じだった。
「ふむ、まあ、確かにさっきの戦いをみればそう思うのも無理はない。だがな、実のところ、力や速さが上がるのはあくまで副産物……〝醒花〟の本質はそこじゃない」
「本質……ですか?」
副産物での強化があの振り幅なら、本質というのは一体なんだろうと考え始めたところで、自身の魔術であり、〝醒花〟と同質らしい『魔力集点』の事が思い浮かんだ。
そういえば私の『魔力集点』も溢れる魔力の余波で強化魔法を纏ってるみたいになるけど、あの魔術の本質は魔力量の底上げ……つまり、それと同じってこと?
しかし、魔力量の底上げなんて根本的に総量の足りない私だから必要な事だ。だから〝醒花〟の本質が『魔力集点』と同じだとは思えなかった。
「そうだ。最初にもいった通り、〝醒花〟は一つの境地……その本質は魔力そのものの質を上げる事にある」
「魔力の質……?」
そのものの質を上げると言われてもやはりぴんとこない。そもそも私の認識では魔力に質なんて概念があること自体を知らなかった。
せいぜい魔力の大小があるくらいだと思っていたからこそ、その差を埋めるために『魔力集点』を編み出したのだから。
「そう、質だ。たぶんだが、お前は〝醒花〟の事を魔術か何かと同列に扱っているだろう?」
「えーと…………」
言われてみれば確かに私は初めて〝醒花〟の話を聞いた時から、それ自体が何か強化の意味を持つ共通の魔術のようなものだと思っていた。
「まずその認識からして間違いだ。〝醒花〟は魔力の質を上げる境地ではあるが、それだけ。至るだけではなく質の上がった魔力をどう使うかが、その先へ進む鍵になる」
なるほど、それならさっきの私の考えもあながち間違ってはいなかったのかもしれない。
つまるところ、『魔力集点』が溢れた魔力の余波で強化魔法を纏っているように見えたのと同じく、〝醒花〟も上がった魔力の質が膂力を底上げしていたという事だろう。




