第99話 絶望の魔女と断れない提案
〝絶望の魔女〟レイズ・ドータ―。
その幼い見た目とは裏腹に戦斧を手にあらゆる戦場を駆り、恐れられてきた魔女。
相対する者のあらゆる攻撃を受けては何事もなく立ち上がり、無効化して歩く姿は正に〝絶望〟の二つ名に相応しいと言える。
これらは後から聞いた話だが、見た目に反して実年齢はアライアと同じ彼女は以前に聞いた例外……魔女を殺してその称号を手に入れた魔女らしい。
そして今、私はそんな危険な魔女から受けた突然の宣言を前にどうしたらいいか分からず、困り果てていた。
「――――どうした?ルーコよ。そんな呆けた顔をして」
「……どうしたというか……その、弟子っていうのは?」
困惑したまま、ひとまずは弟子にしてやるという言葉の真意から問い直してみる。
「意味も何もそのまま言葉の通り、弟子は弟子だぞ?お前を俺が鍛えるって事だ」
「うぇ?鍛えるって……えっと、貴女が?」
言葉の意味を理解はできていても、その事実を認識したくなくて分りきっている事をもう一度問い返す。
すると幼女……〝絶望の魔女〟レイズは面倒そうな顔をして嘆息し、片目を瞑って腕を組んだ。
「……さっきからそう言っているだろう?全く、この俺が鍛えてやると言っているんだからそこは感動して喜ぶべきだろうに」
ぶつぶつとそう呟きながら不貞腐れた表情を浮かべるレイズ。正直、さっきまで殺し合いといって差し支えない戦いをしていたのにいきなりそんな事を言われても困ってしまう。
……一体、私の何がそんなに気に入ったんだろう。
戦いに悦楽を求める彼女が弟子を取るなんて面倒な事を言い出すほどの魅力が私にあるとは到底思えない。
……というか、それ以前にあの子の弟子になったらまともじゃない修行が待ってるのが目に見えてるし、ここは絶対に断らないと。
心に固くそう決意した私はなるべく機嫌を損ねないようどうにか弟子の話をなかった事にするべく口を回す。
「あの、ええと、せっかくの申し出なんだけど、私にはアライアさんがいるから…………」
「それは知っている。別に師が二人いたら駄目という決まりはないのだから問題はない。そうだろうアライア?」
アライアを理由に断ろうとするも、あっさりとそう返され、本人へと確認されてしまう。
アライアさん……っおねがい……!
目配せをして断ってほしいという私の気持ちを伝えると、アライアはきょとんとした表情を浮かべた後で気付いたように頷き、片目を瞑って了解の合図を送ってくれた。
良かった……これで大丈夫――――――――
きちんと意思を汲み取ってくれたことに安堵したのも束の間、アライアの口から飛び出た言葉に私は絶句し、驚く事になる。
「そうだね、何の問題もない。むしろこちらとしてはありがたい話だよ、ね?ルーコちゃん」
「…………え?」
汲み取ってくれたと思ったのはどうやら気のせいだったらしい。まさかのまさか、あれだけ悪態を吐いたいたレイズ相手にこうも肯定的な言葉を返すとは思わなかった。
「それなら良かった。ああ、そうだ。ルーコを修行させるに当たってしばらく厄介になるが、構わないな?」
「あ、え、ちょ…………」
「ああ、いいとも。部屋なら空いてるし、好きに使って構わないよ」
私が話に割り込む余地もないまま、話はどんどん進んでいき、気付けばレイズの指導を受ける事が確定事項になってしまっている。
まずい……この話の流れだと私が何を言っても、もう止められない……!
これが普通の……魔女に普通も何もないかもしれないが、それでもまともそうな魔女が指導してくれるというなら喜んで受けた。
しかし、彼女はどう見たってまともじゃない。修行と称して殺し合いを強要してきたって私は驚かないだろう。
「…………無事に生き残れるかな、私」
遠くを見つめて諦観めいた溜息を吐いた口からは、思わずそんな呟きが零れ落ちていった。
そして私がレイズの弟子になる事が正式に決まり、ひとまずは拠点に戻る事に。
ちなみに私は戦いの傷や疲労に加え、『魔力集点』の反動も相まって帰りの移動はアライアの箒に乗せてもらった。
「――――ただいま、ルーコちゃんを連れて帰ってきたよ」
拠点の戸を開け、開口一番にアライアがそう言って入ると、奥の方から少し慌てた様子のノルンが駆け足で出てくる。
「おかえりなさいっ……ルーコちゃんはっ?」
「落ち着きなよノルン。ルーコちゃんならほら」
「あ……ただいま、です」
アライアに背負われた状態のまま手を上げて返事をする。別に歩く事ができないほどの怪我をしているわけではないけど、いいからいいからとアライアに押し切られる形でこうなってしまった。
「っどうしたのその怪我……ううん、それよりも先に治療をしないと…………」
背負われた私を見て問いかけた言葉を呑み込み、すぐに手当ての準備に取り掛かろうとするノルンをアライアが少し困った表情を浮かべながら呼び止めた。
「あー……ノルン?その前にちょっと言っておかないといけない事があるん――――」
「おい、いつまで待たせるんだ。いつまでも話してないでさっさと中に入れろ」
焦れて痺れを切らしたのか、顔だけ覗かせたレイズが早く入れろと催促してくる。瞬間、さっきまで心配そうにしていたノルンの表情が一変、驚愕と戦意に染まる。
「〝絶望の魔女〟レイズ・ドーターッ……どうしてここに……!」
「ん?おお、お前は……ノルンか、久しぶりだな」
その場から飛び退き、室内にもかかわらず杖を伸縮させて完全に戦闘態勢を取るノルン。それとは対照的にレイズは笑みを浮かべ、普通に再開を喜んでいるように見えた。
この反応……二人はどんな関係なんだろう。
レイズが久しぶりだと言っている時点で面識があるのは確実、そして会って間もない私が感じた印象からそれが碌でもない出会い方をしたのだろうと容易に予測できる。
「……落ち着いてノルン。レイズは敵じゃないから」
「っアライアさんでも……!」
諫めるアライアへノルンが言い募るが、彼女は首を振り、落ち着くように促した。
「気持ちは分かるけど、今回レイズはルーコちゃんに修行をつけてくれるだけだから……」
「ルーコちゃんに修行……?ってなおのこと駄目じゃないですか!?アレにルーコちゃんを任せるわけにはいきません!」
杖を握る手により一層、力を込めて今にも飛び掛かりそうな様子のノルンにアライアは困ったように溜息を吐く。
うん……やっぱりそう思うよね。ノルンさんがレイズ、さんの事を知ってるならなおさら。
アライアには悪いが、これでノルンが止めてくれるのではという期待を込めながら成り行きを見守った。
「アレって……気持ちは分かるけど…………」
「……もしかして俺、結構ボロクソに言われてる?」
ようやく自分が歓迎されてない事に気付いたらしいレイズはその狂った精神性とは裏腹な見た目にそぐう可愛らしい仕草で首を傾げる。
ここだけ見ればただの可愛い幼女なのだが、所業を知っている人からすれば逆に恐怖を覚えるかもしれない。
「……そりゃそうでしょ。自分の胸に手を当てて今までしてきたこと振り返ってみたら?」
「む……まあ、言われてみればそう歓迎はされないか」
半ば自棄気味に言い放たれたアライアの言葉に顔をしかめつつも、納得はしたようでレイズは面倒そうに頭を掻いた。
「……どのみちここで睨み合ってても仕方ないからノルンもひとまずは退いてくれないかな?もしレイズが何かするようなら私が止めるからさ」
「…………アライアさんがそう言うなら一応は分かりました。でも後できちんと事情は説明してもらいますからね」
アライアの一言でノルンも渋々といった様子で引き下がり、とりあえず先に治療をしながら事情を説明する事で落ち着いて、私達は空いた部屋へと移動する。
正直、事情を説明したところで納得してもらえるとは思えないけど、私にできる事はただ成り行きを見守る事だけなのでどうする事もできなかった。




