第96話 踊る幼女と不可解な事象
安全な森でのお使いだったはずが謎の幼女に襲撃され、逃げる事も叶わない現状に陥ってしまった私は少し乱れた息を整えながらその原因である相手を見据える。
「ほうほう、咄嗟に風の魔法で衝撃を殺したのか……だが、魔法を使う瞬間に強化を解くのはいただけない。もしかして同時使用ができないのか?」
「……それをわざわざ敵であるあなたに教えるとでも?」
感心して楽しそうに笑う幼女から図星を突かれながらも、それを悟らせないように返すが、この返答自体が答えも同然。幼女は確信を持ってその笑みを深めた。
「ハハッ、それもそうだ。なら次はどう捌く?」
「つ、ぎ……っ!?」
狂気的な笑みを浮かべたまま幼女は加速、今度は横合いから戦斧の一撃が飛んでくる。
それを身を捻る事でどうにか避け、崩れた体勢を立て直すべく一旦、後ろに下がろうとするも幼女は笑いながら戦斧を返して切り上げてきた。
「ほらほら、休んでる暇はないぞっと!」
「っ……」
本来ならここまで密着した距離では扱いにくい戦斧を自在に操り、連撃を仕掛けてくる幼女相手に反撃はおろか退く事もできず、私はただただそれを避けるので手一杯だった。
「この連撃にはついてこれるか……ならこれはどうだ」
幼女はそう呟くと戦斧を地面に叩きつけ、その衝撃で土片を飛ばしてくる。
こんな土片くらい………!
強化魔法を使っている以上、ただの土片は目くらまし程度にしかならないし、むしろ今の大振りで私に距離を取る隙さえも与えてしまっている。
「しまっ……!?」
少し考えれば分かるそんな事をこの相手が見過ごしているはずがない。幼女の浮かべた笑みを目にしたその瞬間に私は自分が相手の術中に嵌っていた事に気付く。
「死ぬ気で防げよ?アライアの弟子――――」
手に持った戦斧を人の手首が持ちうる可動域を超えた動きで高速で回転させた幼女は勢いよくそれを振りかぶった。
「っ……『暴風の微笑』ッ!!」
高速回転する戦斧が幼女の手から離れたその時、頭に浮かんだ二択……強化魔法で受けるか、魔法を使うかの選択を直感で決め、咄嗟に発動できる最大出力の魔法を地面に打ち放つ。
放たれた暴風は間一髪のところで私の身体を空中へと吹き飛ばし、高速回転する戦斧をかわす事に成功した。
嘘……でしょ…………?
魔法を使い、空中で体勢を立て直した際に見えた光景に思わずそんな感想が漏れる。
私がさっきまで立っていた場所を通過した戦斧はそのまま後ろにあった大木を薙ぎ倒しながらも勢い止まらず、一周して幼女の手に戻るまでに辺り一帯の木々を切り株へと変えてしまっていた。
もし、受けるか避けるかの二択を間違えていたら今頃…………
あれだけの威力だ。私の強化魔法なんて紙くず同然、防御の甲斐なくあの大木と同じ末路を辿っていたかと思うだけでぞっとする。
「フ、ハハッ!面白い、中々に機転も利くようだし、直感も判断力も悪くない……だが、こんなものではないだろう?アライアの弟子」
戻ってきた戦斧を地面に突き刺した幼女は楽しそうに笑いながらも、どこか値踏みをするような視線を向けてくる。
……あの子の戦い方や言動、まるで私を試すみたい……でもどうしてそんな事を?
湧いてきた疑問の答えを探しつつも、幼女から少し離れた場所に着地し、ここからどうするかも考える。
挑発めいた言動を思えば幼女が私の魔法を誘っている事は明白、しかし、このまま強化魔法だけで戦っていても埒が明かないし、なによりこちらの体力が持たない。なら挑発に乗る形になったとしても魔法を使うべきだろう。
「〝突き進む鏃、曲がらぬ軌道、風は真っ直ぐ射貫く〟――――『直線の風矢』」
それでもまずは様子見として放った魔法は相手を貫かんと真っ直ぐ飛ぶも、幼女は笑みを浮かべたまま避ける素振りどころか防ぐ素振りすら見せず、まともに風の矢を食らって吹き飛んでしまった。
「え……?」
様子見で放った魔法がまさか命中するとは夢にも思わず、呆気に取られた声が漏れる。正直、あの膂力がある以上、捉えれたとしても余裕で防がれると思っていただけに少し拍子抜けしてしまった。
「――――威力も速さもそこそこの及第点、今のは様子見ってところだな」
「!?」
吹き飛んだ先、倒れたまま喋り出した幼女は何事もなかったかのように立ち上がると、服についた砂を払って落とした戦斧を拾い直す。
「最初に使った魔法もその次に咄嗟に使った魔法も、そして今の攻撃魔法も……なるほど、風魔法が得意という訳か」
再び戦斧を担ぎ直し、片手を顎に当てて考える仕草をみせる幼女。まともに防ぐ事なく魔法を食らった筈なのに、その身体どころか服にさえ傷一つついていない。
……おかしい、確かに今の魔法は一撃で相手を倒せるほどの威力はないけど、それでも何の防御もなしで無傷で済むわけがない。まして服すらも破れていないっていうのは何か仕掛けがある筈だ。
「何かが変わってる……?」
明らかにおかしな事態を前にして逆に冷静さを取り戻せた私は幼女の容姿の変化に気付く。最初に見た時は透けるような白髪だった筈なのに、今は一節だけ緑色の髪の毛が混じっていた。
「しかしながら様子見ってのは悪手だぞ?こと、俺を相手にするのにおいて、なっ!」
「っ!!〝分かたれる鏃、重なる軌道、風は集まり射貫く〟――――『重ね分れる風矢』!!」
地面が爆ぜたかと錯覚する程の踏み込みで距離を詰めてこようとする幼女に対し、その攻勢を阻止すべく今度は手数に任せて魔法の風矢を撃ち放つ。
「なっ!?」
無数の風矢を前にしても幼女は速度を緩めることなく突貫し、先程と同じように回避も防御もしないまま衝突――――さっきと違うのは魔法が少女に当たる寸前のところで霧散するように消えたところだ。
「――残念、もう俺にお前の風魔法は効かない」
「しまっ――――」
予想外の事態と幼女の速力によってあっという間に距離を詰められ、幼女の振り抜いた戦斧を前に回避すら間に合わなくなった私は咄嗟に少しでも衝撃を和らげるべく後ろに跳び、出来得る限りの出力で強化魔法を纏った。
瞬間、衝撃が全身を貫き、嘔吐いたかと思えばすぐに背中へ再びの衝撃、肺の空気が血反吐と共に口から吐き出される。
「がっ……おぇっ…………!?」
それが木に叩きつけられたからだと気付く頃には全身が痙攣し、涙と鼻水が流れ落ちていた。
痛……苦……早……く……た…………な……いと…………。
痛みと息のできない苦しさでぐちゃぐちゃになる思考をどうにか取りまとめ、立ち上がろうと藻掻くが、声にならない呻きだけが漏れる。
「ぐっ……はっ……はっ……はっ…………っああああ!!」
そんな中でも必死に意識を繋ぎ止め、魔力を出力して無理矢理治癒魔法を発動させる。
詠唱も呪文もなしに魔力に任せて発動させた治癒魔法は傷を癒す効果こそ薄いものの、幸い痛みや苦しさを和らげる程度の効果はあったらしく、少しはまともに動けるようにはなった。
「っはぁ、はぁ、はぁ……ぷっ……うぇ…………」
口の中の血の塊を吐き出してどうにか呼吸を落ち着けようとする。
あ、危なかった……まさかこんなに吹き飛ばされるなんて…………。
振るわれた戦斧の威力が想像以上に高かったのか、私は薙ぎ倒された木々のさらに向こうまで吹き飛ばされていたようだった。
「痛っ……思ったよりも傷は深くないけど、必要以上に魔力を消費しちゃったみたい……」
幸いにも戦斧の刃は潰してあったようで両断されずには済んだが、それでも巨大な鉄の塊で殴られた事に変わりはないし、骨にひびくらいは入っているだろう。
加えてまだ習得して日の浅く、高い難易度の治癒魔法を無理にそれも無詠唱で使ったせいで、残りの魔力が半分を切るくらいまで消費してしまった。
「今のままあれを相手にするのはきついね……」
できるなら距離の空いた今のうちに逃げてしまいたいけど、あの速さで追いかけてこられたらすぐに追いつかれてしまうのは目に見えている。
だから戦うしかないのだが、正面切って戦うには相手の情報が少な過ぎるし、様子を見ようにも向こうの方が力も速さも圧倒的に上……はっきりいって私の勝ち目はかなり薄い。
「……でもこのくらい、今までと比べたら何でもない」
集落を脱出した時、ダイアントボアやジアスリザードと戦った時、そしてあの化け物と戦った時、もっと絶望的な場面はいくらでもあったし、力不足だって勝ち目が薄いのだっていつものこと……この程度で諦めるつもりは毛頭なかった。




