第9話 二度目の実戦練習とお姉ちゃんの実力
そこから自分の魔力を意識しながらの特訓の日々が続き、早数十日、往復百回という課題をようやく達成した私は再び姉との実戦練習を行っていた。
「『水の礫』」
無数の水塊が姉の周りを漂い、こちら目掛けて高速で飛んでくる。
前回は避けるだけで精一杯だったけど、いまなら……!
一発目の水塊を飛び退いてかわし、続く水塊の弾道を見極めながら魔力を巡らして強化魔法を発動させる。
姉のように完璧とまではいかないものの、私の強化魔法は特訓を経て大分、無駄な魔力を抑えられるようになっていた。
強化魔法により身体能力が向上、高速で迫る水塊を容易く避けれるようになったお陰で思考を回す余裕も生まれた。
……相変わらずおかしな威力だけど、強化魔法のお陰で避けられる。
絶え間なく撃ち出される水塊を走り回って避けつつ、反撃の気を窺うも、中々隙が見当たらない。
というか、そもそもこうやってかわせるようにはなったが、反撃のために他の魔法を使おうとすると、どうしても強化魔法が途切れてしまうので下手に攻勢をかけれなくなっていた。
こっちから仕掛けたくても強化魔法を切らせばあっという間に『水の礫』の餌食になるし、このまま避け続けても魔力が尽きていずれはかわせなくなる。
かといって魔法を使わずに向かっていっても返り討ちにされるだろうし……。
強化魔法のぶつかり合いではどうしたって姉には勝てない。いや、まあ、強化魔法に限った話ではないけど、それでも他の魔法を使った方がまだ勝機はあると思う。
「んー、良い感じに強化魔法を使えるようになったね……。じゃあちょっと本気でいくよ」
途切れる事なく『水の礫』を撃ち出しながら、姉は間延びした声でそう言うと、そのまま右手を上に掲げた。
「〝水よ、礫となりて撃ち放て〟━━『水の礫』」
最初に発動した『水の礫』はそのままに、掲げた右手の上に別の水塊が生成され、分裂してからその場で高速回転を始めた。
「なっ!?」
魔法を撃ち出しながら別の魔法を詠唱するという離れ業を前に思わず驚愕の声が漏れるが、驚いてばかりもいられない。
未だに撃ち出されている『水の礫』とは比べ物にならない速度で完全詠唱の『水の礫』がこちら目掛けて降り注いできたからだ。
尋常ではない速度で降り注ぐ水塊が私を追って地面を抉り、泥を撒き散らす。
「っ足が……」
ぬかるんだ地面に足を取られて体力と集中力が余計に削られる中、最初の実戦練習と同じようになってしまったこの状況を打開すべく思考を巡らせる。
もちろん、その間にも高速で迫りくる水塊をかわし続けなければならないのは変わらず、さっきまでの余裕はすでになくなっていた。
今はとにかく考える猶予がほしい。なら……
「〝熱を伝える手、水は消え、風に流れる〟」
詠唱を口にしつつ、片方の足を軸に方向を変えた私は走っていた勢いを利用して地面に手を突き、側転の要領で移動しながら一瞬、強化魔法を解除する。
「━━『煙霧の軟風』」
地面に突いた手から熱を放出し、姉のばら撒いた水を霧に変えてこの近辺一帯を覆い尽くした。
「むむ、これは……?」
霧の向こうから姉の困惑した声が聞こえてくる。もしかしたら相手だけでなく自らの視界も塞ぐような魔法を使うことに疑問を持ったのかもしれない。
「いったぁ……やっぱり着地は無理があったかな」
打った箇所を擦りながら姉に聞こえないよう口の中で小さく呟く。
一瞬とはいえ、普段の何倍もの速度で動いている最中に強化魔法を解いたせいで勢いを殺しきれず、派手に尻餅をついてしまった。
「……でもこれで考える時間ができた」
さっきまで派手に音を立てて地面を抉っていた水塊が飛んでくる気配もないので、思惑通り姉も一旦、魔法を解いたのだろう。
魔法で張った霧の目眩ましが晴れるまでは互いに手を出す事が出来ない。つまりは仕切り直しだ。
自分の使える魔法、体力と魔力のどのくらい残っているのかを加味して反撃する術を模索する。
「〝異なる流れのつむじ風、一つに重なり、音を奏でろ〟」
霧で覆われた不明瞭な視界の中、姉の詠唱が響くと同時に二つの方向から音を立てて風が渦を巻くように一点へと集まっていく。
「っまさか、この規模の霧を魔法で……」
姿を隠したからと油断してその可能性を失念していた。姉の魔法の腕を考えれば当然、あり得た筈なのに。
私の後悔を他所に立ち込めていた霧が渦巻く風に吸い込まれ、不明瞭だった視界が一気に晴れてしまった。
「━━『巻風の二重奏』」
一点に集まった風は巨大な渦となって空高く打ち上がり、呑み込んだ霧と共に霧散する。どうやらこの魔法は私の張った霧を晴らす為だけに使ったらしい。
「ルーちゃん見ーつけた」
「っ……!」
霧が晴れた瞬間に攻撃なり体勢を整えるなりをすれば良かったのに姉の魔法に呆気をとられて次の行動に移るのが遅れてしまった。
「〝水よ、礫となりて、撃ち放て〟━━」
右手を上に掲げて詠唱を始める姉にこのままだとさっきまでと同じ展開になってしまうと思った私は両手を前へと突き出した。
「〝土よ、隆起し、苦難を阻む壁となれ〟━━」
姉から少し遅れる形で詠唱を始めた私は突き出した両手を地面に向かって勢いよく振り下ろす。
『水の礫』
『土くれの防壁』
生成された水塊が発射されるのとほぼ同時にこちらの魔法も発動し、私の身長の倍くらいはある土壁が地面から突き出した。
本来なら水の魔法と土の魔法は相性的に土が有利なのだが、そんなものは関係ないと言わんばかりに無数の水塊が激しい音を立てて土壁を削っていく。
「やっぱり防ぎ切れないか、なら━━」
焦ってはいたけど、何も考えずに防壁を張った訳じゃない。限られた選択肢の中で、最適と思えるものを選んだつもりだ。
「〝曲がる鏃、反れる軌道、風はそれでも射貫く〟━━『流線の風矢』」
水塊が土壁を削る音に紛れて詠唱、真横に突きだした右手から風の矢が曲線を描いて姉の方に向かっていく。
「攻撃……?でもこのくらい━━『土くれの防壁』」
私の放った魔法に気付いた姉は水塊を撃ち出しながら片足を踏み鳴らし、土壁を作り出した。
詠唱を省いたにもかかわらず、私のものと遜色のない土壁を作り出す姉の腕には舌を巻くが、それも予想通り。この程度で勝てるとは思ってない。
「〝風よ、冷気を以て、彼の者を縛れ━━〟」
姉の意識が風の矢に移ったであろう瞬間を狙って、その反対側に勢いよく飛び出し、狙いを定めながら詠唱を紡ぐ。
『北風の戒め』
冷たい空気を含んだ帯状の風が地面を這うように吹き抜け、対象の自由を奪うべく枝分かれして姉へと迫った。
最初の実戦練習の時に使ったのと同じ魔法。だけど完全詠唱した今、その強度はあの時の倍以上だ。いくら姉でもこれが決まれば抜け出す事は出来ない。
「っこっちからも魔法……!」
不意を突いて迫るもう一つの魔法に姉が驚きの表情を浮かべる。それは実戦練習において、初めて姉の余裕を崩せた瞬間だった。
「流石ルーちゃん、でも━━」
完全な不意打ち、たとえ詠唱を省いたとしても魔法の行使は間に合わない状態でそう呟いた姉は撃ち続けていた『水の礫』を止め、自分で作り出した土壁に向かって跳躍。そのまま身体を捻って弧を描くように空高く跳び上がった。
「は……?」
確実に姉を捉えた筈の魔法が空を切り、思わず呆けた声が漏れる。まさかあんな方法でかわされるなんて思いもしなかった。
「お返しだよ━━『細雪の纏繞』」
空中で身を翻した姉が魔法を撃ち放ってくる。おそらくこの魔法で決めるつもりなのだろう。
「っ━━『土の……」
その魔法を防ぐため防壁を張ろうとした私の視界が白に覆われ、全身を刺すような冷気が襲い掛かってきた。
寒さで舌が回らない……!?
どうやら私が使った『北風の戒め』と同様に姉のこの魔法も相手の動きと詠唱を封じるものらしく、呂律だけでなく段々と体の自由が効かなくなってくる。
これは……雪の結晶……?
寒さにやられ、霞む視界の中で見えたのは細かな雪の結晶が自分の全身に張り付いている光景だった。
こ、の魔、法は…………
ようやく姉の使った魔法の正体に気付いた私はそこで意識を失った。




