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第32話 普通で特別

 玩具屋から走って逃げて、ようやく相手を振り切ることができた。

 汗まみれだけど、追いつかれたと思うと冷や汗が出る。


 裏路地に逃げ込んだ俺は、彼らがもう来ないか外の様子を確認してホッとため息をつく。

 

「ははは……特撮ヒーローみたいにさ、相手を倒せたらカッコ良かったんだけど、文句言うので精いっぱいだったよ」

「そんなことないよ。もうメチャクチャカッコ良かった」


 俺は息を切らせてるというのに、凛は平然としている。

 勉強もできるのに体力もあるのか。


 凛はハンカチで俺の汗を拭き、笑顔で言う。


また(・・)私を守ってくれた……うん。直くんは凛のヒーローだ」

「……また?」

「やっぱり覚えてないんだね」


 苦笑いする凛。

 俺は前もこんなことがあっただろうかと過去を思い起こす。


「…………」


 しかし、やはりそんな記憶はない。

 記憶喪失になったとか、そんなことないよな?


「……凛が中学になった時にさ、直くん、言ってくれたじゃない」

「なんて言ったっけ?」

「『凛は凛だ』ってさ」

「……ああ」


 そんな話をした記憶はある。

 

 あれは確か……凛が中学三年生の時。

 俺が大学二回生の時だ。


 ◆◆◆◆◆◆◆


 凛は学校でよくトラブルを起こしていた。

 いや、正確に言うと、トラブルの中心になっていたという方が正しいか。

 そのあまりにも優れた容姿で、男子の間で凛を巡る言い合い罵り合いが頻繁に勃発していたらしい。

 らしいというのは凛から聞いた話だから。

 俺は大学生で凛は中学生。

 そんな学校事情なんて知るわけがないだろ?

 そもそも顔見知りぐらいの関係なのだから、詳しい話は聞いたこと無かったけれど。


 とにかく、凛はそのことで精神を消耗していた。

 毎日自分と関係ないところで自分のことで言い争う男たち。 

 女子たちはそんな凛を妬んで陰口悪口言いたい放題。

 さらには学校外に大人のストーカーが多数いたとか……


 この頃樹は凛のことばかり気にしていて、あまり会えなかったのを覚えている。

 それで夏休みに入ってようやく樹と会うことになって、彼らの家に行った時……

 凛は見るからに落ち込んでいた。

 リビングのソファで膝を抱えてテレビをボーッと眺めていた。


「ストーカー、大変みたいだな」

「……ストーカーもだけど、学校も大変なんだよね」

「そうなの?」

「うん。色々あってさ」


 その時凛が、ぽつりぽつりと現状を説明してくれた。

 俺は凛の隣に座って、ただ静かに彼女の話を聞くのみ。

 こういう場合って、全部吐き出した方がいいものだから。

 そう考えて俺は、ただ黙って凛の話を聞いていた。


 すると凛はジーッと俺の顔を見つめ、不思議そうな顔をした。


「……学校の先生でも気持ち悪い考えしてる人多いのに……木更津くんって普通だね」

「ははは。俺は普通も普通。至って普通。カッコイイわけでもなければカッコ悪くないわけでもない。本当にどこにでもいる普通の男さ」


 これは主観的な意見ではあるが。

 お願いだから不細工なんて言わないでね。

 傷ついちゃうから。


「そういうことじゃなくてさ……皆、凛の前では恰好つけたり見栄張ったり、うんざりするぐらいなのに、木更津くんは普通の態度じゃない」

「え? 普通で当然だろ? 凛は凛なんだから」

「え?」

「いや、だって樹の妹でさ……昔から凛のことは知ってるし。あ、知ってるって言ってもあんまり話したことないから知ってるとは言わないのか? まぁどっちにしても、凛は凛だ」

「凛は、凛……」


 ポカンとしている凛。

 すると次の瞬間、彼女はお腹を抱えて笑い出す。


「あはははは。なんだか悩んでたのがバカみたい! そっか。凛は凛なんだ」


 笑う彼女はとても可愛くて……正直惚れてしまいそうになるぐらいだった。

 しかし相手は中学生。

 それなりに常識と良識は持ち合わせているつもりだ。

 犯罪者になるつもりなど毛頭ない。


「そっか……周囲の考えなんてどうでもいいんだ。凛は間違ってない。おかしいのは周りなんだ」

「?」


 ◆◆◆◆◆◆◆


 凛は懐かしそうに微笑んでいる。

 

「いや、確かに言ったけどさ……でも助けたわけでもなんでもないだろ?」

「凛は助けられたんだよ。直くんの一言で。普通でいてくれる直くんがいたからこそ、今の凛がいるの」


 凛は俺の頬に手で触れる。

 彼女の手は暖かくて、真っ直ぐ見つめるその瞳に俺は緊張していた。

 

「普通だからこそ、特別なの。普通の直くんだからこそ、凛のことを特別救えたんだよ?」

「そ、そうなの?」

「そうなの……」


 凛は俺を愛おしそうに目を細めて見つめている。 

 こんなの……緊張しないわけないだろ!

 心臓がバクバクいっている。

 顔が熱くなり、足が震える。

 ちょっと待て……もしかしてこのままじゃ……


 凛がスッと目を閉じる。

 やっぱりこの流れかー!

 どうする、俺?

 どうしたらいい?


 凛の顔がゆっくりと近づいてくる。

 このまま受け入れればいいのか?

 それとも否定すればいいのか?

 どうすればいいんだよ!


「ああ……北条さん、木更津……くん」

「「え?」」


 裏路地の奥から、薄汚れた格好をした男性が姿を現す。

 彼は奥の方でゴミを漁っていたらしく、手には廃棄された弁当を持っている。

 その顔は、俺のよく知る顔だった。


 大西課長。


 俺をイジメ抜いてくれた、元会社の上司だ。

 しかしこんなところで何をしているんだろう?

 こんなところで……なんでこんな格好を?


「ああ……木更津くん。俺は君に謝りたかったんだ」

「え、あ、え? そうなんですか?」

「はい……数々の無礼、申し訳ございませんでした……どうか、どうかわたくしめをお許しください、どうかお願いいたします……」


 涙を流しながら俺の足にしがみ付く大西さん。

 え? これどういう状況?

 何があったの、この人?


「も、もういいですよ……やられたことは許せないけど、もう会うことも無いでしょうし」

「すいませんでした……すいませんでした」


 大西さんは俺に謝りながらも、チラチラ凛を見て身体を震わせていた。

 彼がこれだけ落ちぶれてるのは……凛が原因か!

 ちょっと本当に何やったの、君?


 涙を流して懇願する彼を見下ろす凛の目つきは怖い。

 俺は彼と共に震えながら、凛のそんな表情を見つめ続けていた。

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