第28話 学校では虚無。想い人が現れると天使
「で、お前も付いて来るの?」
「一応、毎日送り迎えしてるからな。今日だけ一人で行ってしまったけど」
樹の車に乗って凛の大学へと向かう。
そういえば凛がどこの大学に通っているか知らないな。
あいつは勉強できるんだろうか。
ちなみに俺はごくごく平均的な大学に通っていた。
樹はそこそこ大学。
顔もいいし、俺より頭もいい。
最高の物件のはずだがまともに彼女がいたことはない。
俺も人のことは言えないけれど……
まぁしかし、樹に彼女がいないのは凛が一番の原因だと思う。
溺愛し過ぎなんだよ、妹を。
「なんて目で見てくるんだよ……何かしたか、俺?」
ジト目で見ていたのがバレた。
俺は笑いながら樹に言う。
「カッコいいくせにモテない奴だなって思ってさ」
「お前みたいなカッコよくてモテる奴が言ったら皮肉にしか聞こえないぞ」
「いやいや。俺は良くても普通ぐらいだろ。カッコいいなんて恐れ多いよ」
「何言ってんだよ。凛がカッコイイって言ったらカッコいいの! 分かったか」
分からねえよ。
ったく。そういうところだぞ、モテない原因の一つは。
その後も適当に、何でもないような会話をしながら車は走る。
樹との時間は何も気を張ることも無く、ただ穏やかに過ぎる……こういう時間もいいよな。
やっぱり樹といるのは楽でいいや。
「……と言うか樹、この先の大学って……」
「ああ。凛が通ってるのはあそこなんだよ」
現在車が向かっている先。
有名大学の方角に走っているので予想がついたが……まさか凛があの大学に通っているなんて。
その大学は子供でさえも聞いたことがあるほど有名な大学。
偏差値はまぁ常人の俺からは信じれない程のレベル。
家は豪邸、大学は超一流。見た目はスーパーモデル級。
凛っていつの間にそんな凄いことになってたんだよ……
「お、いたいた」
大学の校門に凛が立っていた。
立ってはいるが……複数人の男子に囲まれ黒い表情をしている。
あまりの禍々しいその顔に、俺はゾクリと背中を震わせた。
「り、凛……ちょっと怒ってないか」
「ははは。それは思い過ごしだ」
「それならいいけど……」
「あれは……メチャクチャ怒ってる」
「思い過ごしじゃねえのかよ!」
凛は男たちに声をかけられているが無視をしている。
「ねえ北条さん。一緒に飲み会行こうよ」
「そうだよ。僕らと一緒に遊んだら楽しいよ?」
「…………」
完全に無視を決め込んでいる凛。
俺たちは車を出て凛に近づいていく。
「うわー北条さん、いつ見ても綺麗だよなぁ」
「マジ美人。あんな人と一緒に授業受けられたら楽しい時間が過ごせる予感」
「お近づきになりてえよ」
「でも北条さん、誰とも話しなくて有名だよね」
皆が凛を見て、わいわい騒いでいる様子。
いや、やっぱりモテるんだな、凛って。
しかし今はそれより、凛の方が心配だ。
最近の件で、凛はあまり怒らせない方がいいと俺は考えている。
多分一度怒ると、とことんまで相手を追い詰める、鬼のようなお嬢様だから。
同じ学生となれば、泣きが入るどころか、立ち直れなくなるぐらいまで追い込みそう……
「凛!」
「あ、直くん!」
凛のどす黒い悪魔の顔が、白い輝きを放つ天使の笑顔に変化する。
笑顔のままで俺に手を振り、こちらに駆けてくる凛。
周囲の人々は凛のその表情を見て、驚き戸惑っている。
「ほ、北条さんが笑った……」
「可憐だ……美しい」
「俺はこの世で最も美しい物を見た! あんなに美しいものがあるだなんて!」
しかし凛はそんな声など気にするそぶりもなく、俺の前に立つ。
「迎えに来てくれたんだね、直くん」
「そういう約束だったからな」
「お兄ちゃんも来たぜ、凛ちゃん」
「ねえねえ直くん、どこに行こっか?」
「…………」
俺と腕を組む凛。
視線はやはりこちらに集中している。
樹の視線もこちらに向いている……それに泣いてるぞ、あいつ。
「おい凛。樹泣いてるぞ」
「もう、直くんに気を使わせて」
俺のことはどうでもいいのだけれど……
でも凛は樹の方に向き、彼に向かって手を振る。
「ありがとね、お兄ちゃん」
「凛! 俺はいつだってお前のために為にある! なんでお兄ちゃんに言うんだぞ!」
それはそれは嬉しそうに、樹は両手をブンブン振って俺たちを見送ってくれる。
「お兄ちゃん、泣いてるのは演技だよ。凛に構ってほしいからあんな風にしてるの」
「なるほど……これからあいつのことは無視してもいいかも知れないな」
「そういうこと。でもいつだって凛のために働いてくれてることは感謝してるの。これは内緒にしててね。そんなこと伝えたら鬱陶しいと思うから」
「ははは……泣いて喜ぶ樹の顔が浮かぶよ」
「ほら、やっぱり鬱陶しい」
片頬を上げ、樹のことを笑う凛。
俺は凛と同じように笑い、彼女と歩幅を合わせて歩いていく。
「今日は凛の好きなところに付き合うよ」
「本当に? わー、楽しみだぁ。直くんとのデート嬉しいなぁ」
凛は本当に嬉しそうにニコニコしながら俺の隣を歩く。
そんなに嬉しいものかね。
なんて思いながら俺は、凛の指差す方へと進んで行く。




