第11話 宗教なんかでは教祖のあらゆるものがありがたく、そんな人物の私物を欲しがる者もいるはずだと考える。彼女が写真を欲しがるのはそういう感覚に似ているのかも知れない。
「んふふふふ……」
「…………」
朝、俺は奇妙な気配に目を覚ます。
目を覚ますと凛がそれは高そうなカメラをこちらに向けて、パシャパシャ写真を撮っていた。
「おはよう、直くん」
「おはよう、凛。で、何してんの?」
「写真撮ってるのっ」
それはそれは可愛らしく言う凛。
いや、可愛いけどさ。
そんなことでこの状況を誤魔化せるとでも思ったのか?
「写真撮る目的は?」
「直くんの写真を収集してるから。ほら、普通の女子ってアイドルの写真とかグッズとか集めたりするじゃない? それと同じ。凛は直くんの写真などなど収拾するのも趣味の一環なの」
「俺をアイドルと一緒にするんじゃない! 一般人だから。と言うか、並み以下まであるから、俺は」
客観的に判断して、俺は並み以下だと思う。想っている。
そんな俺の写真を集めるなんて、ちょっとどうかしてると思うぞ。
ってか、写真などなどとか言ってるけど、写真以外にも何か集めてるのかよっ!
「もっといい趣味持てよな」
「これ以上いい趣味なんてないよ! だって直くんの写真収拾だよ? 物好きな人だったら、ネッシー見つけたら激写するよね? 当然のように写真撮るよね? そんな感じだよ」
「俺は未確認生物か!」
呆れた俺は、近未来風のウォーターベッドから起き上がる。
現在俺は、凛の家でお世話になっていた。
自分が借りていたマンションは契約を切り、このマンションに転がり込んで来たというわけだ。
……女の世話になるために男が家に転がり込んで来た。
うん。事実を言葉すると、なんだかヒモのようにしか聞こえないな。
だが事実は異なる。
ただ凛の世話になるだけだから。
うん。やっぱりヒモにしか思えない。
「あ、朝食できてるけど食べるでしょ?」
「あ、ああ。ありがとう」
最後にパシャリと写真を撮り、凛はリビングの方へと向かっていく。
「……なんだこれ?」
凛に続きリビングに行くと、テーブルには真っ黒な食バンが用意されていた。
もしかして、凛……料理ができないとか?
「これはね、竹炭パンって言って、健康にいいんだよ。直くんの健康管理任、任せといてよね」
「はぁ……」
ちょっと考えれば分るか。
食パンを焦がすような女、漫画ぐらいでしかいないよな。
「で、これって値段はどれぐらいするんだ?」
「一斤二千円ぐらい」
「高っ!」
そんな高い食パンが存在しているのか……
俺は値段に唖然としていると、さらに驚愕することを目にする。
「って、シェフがいる!」
キッチンでコトコト何かを煮込んでいるシェフ。
ちなみに、この間焼肉を焼いてくれていたシェフとは別人だ。
「直くんの健康のため、選りすぐりのエリートを呼んでおいたわ。シェフと栄養管理士の共同作業で、直くんの朝昼晩の食事を用意してもらうつもりだからね」
「やりすぎ、やりすぎだから! と言うか、健康管理するの凛じゃないんだ! 俺はカップラーメンでも与えてくれてたらそれでいいから!」
「直くん!」
凛が頬を膨らませて眼前まで迫る。
大きな瞳、長いまつ毛、ツヤツヤの唇。
近くで見れば見るほど、その圧倒的な美しさを思い知る。
俺はドキドキしながら彼女の話に耳を傾けていた。
「カップラーメンが美味しいの分るけど、そんなの食べさせるわけないじゃない。これまで苦労してきた分、心身ともに癒してあげるつもりなんだからね。身体は食べた物で出来上がってるんだから、良い物を食べてちゃんと健康にならなきゃ」
「わ、分かった……分かったけどシェフはやりすぎだ」
「やり過ぎじゃないよ。これでもまだ足りないぐらいだと思っているもの。できることならあらゆる分野の専門家を呼んでチームを作りたいって思ってるぐらいなんだから」
やり過ぎを超えて、もう狂気さえも感じる。
俺は凛の両肩を掴み、説得を試みることにした。
「り、凛が俺のことを想ってくれるのは嬉しい……とても嬉しい。だけど俺はもっと普通がいいの! 毎日シェフに食事作ってもらって、セレブ気分も悪くないけど、家庭の味というか普通の料理が食べたいんだよ!」
「普通の料理……?」
「そ、そう! 例えば、凛の作った料理とか!」
凛はカーッと赤くなる。
え、赤くなる要素なんてありました?
「そ、そんなことしたら凛……直くんのお嫁さんみたいじゃない!」
「あ、え、あいや……そういうつもりじゃ――」
「でも直くんがそういうなら凛、頑張るね! よーし、今日の晩から腕によりをかけて料理を作るとしよう!」
一人情熱を燃やす凛。
俺はポカンとしていると、次に彼女は神妙な面持ちとなる。
「でも直くんに適当な物を出すわけにはいかないな……料理も自信はあるけど、もっとクオリティを高めないと……料理教室に通うか」
「おい、そこまでやらなくても……」
高速でスマホを操作する凛。
そして何かをやり遂げたらしく、満足気な表情をしている。
「よし、予約完了」
「だから、そこまでやらなくても……」
「あ、そろそろ大学に行かなきゃ! 直くん、ごめんだけど一人で食べててね。あ、お金必要ならこれ使って」
「え? って、ブラックカード!?」
俺にブラックカードを手渡して、凛はリビングを飛び出そうとする。
「じゃあまた夜にね」
凛は俺に投げキスをし、そのまま家を出て行ってしまった。
「…………」
俺はシェフと二人きりになり、気まずい雰囲気の中で朝食を始めることとなった。
ちなみにシェフの作る食事は大変美味でございました。