表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

南佐の歩 第一章 第五話 3羽ガラス西へ(前)



  祭りから帰った二人を小次郎と森が出迎えて、やっかみ半分持て囃す。


  「おうおう、熱いね熱いね~、お二人さん、だけど、ちいぃっとばかり

   遅うございやせんか? こちとら土産をず~っと待ってるってえのに

   全く義理も人情も屁ったくれも、ありゃしねえや。」


  小次郎の後ろで森が笑いを堪えている。


  「ちゃあんと、買って来てますよ、お二人さん。」


  そう言うと惣次郎は小次郎と森に浅草寺のお守りを手渡した。


  「二人は今度、箱根で対局があるだろ、こいつは必勝祈願のお守りだぜ。」


  「おっと、こりゃ失礼、有難く頂戴いたしやす。」調子の良い小次郎だった。


  「森さんも頑張って下さいね。」南佐が声を掛けた。


  「南佐ちゃん!お、俺、頑張るね!」とことん南佐に弱い森だ。


  この後、森が必勝のお守り袋に南佐の股座の毛を一本入れさせてくれと

  懇願したが、惣次郎から、思いっきりぶん殴られた。


  「今日は、力也さん来てないのか・・

   ちぇ、折角力也さんにも買って来たのにな。」


  「ああ、でも出がけには顔を出すってたぜ、

   あそこは嫁さんがアレだからな。」


  小次郎はそう言うとお腹の辺りを手の腹でまさぐった。


  「新婚さんで、お盛んでしたからね~、きひひ。」


  横から新庄康太が割り込んで、いやらしい笑いを振りまく。


  「康太、今夜は茶室に入っちゃ駄目だからな、ひひひ。」


  「小次郎さん止めてくれよ・・。」惣次郎はそう言いながら南佐を見ると

  真っ赤になってうつむき、上目遣いで惣次郎を見ていた。


  「南佐、しっかりしろ!こいつらに乗せられちまって・・ったくよ。」


  惣次郎も場の勢いに飲まれまいと必死だ、普通ならば年頃の女子と一つ

  屋根の下と言うなら、その日の内に良い関係になっても可笑しくは無い。

  それがそうならないのは、惣次郎の中にある柳水への想いと、将棋の神

  のみ使いに手は出せないという信念があるからだ。


  「そういや、さっき可愛い女子が来てましたよ。」康太が言う。


  「そういう大事なことは、その時に言えってんだよ!」小次郎が怒鳴る。


  「いえね、軒先で志津さんと、ちょっと話してただけなんで・・。」


  すると志津が丁度いいタイミングで出て来た。


  「おや、おかえり二人共、楽しかったかい? 皆、気を利かせてあんた

   たちを二人っきりにしてあげたんだから、何かあって欲しいわね。」

  

  いらん世話だ。


  「それより、誰か来たのかい?何か可愛い女子だったらしいが・・」


  「ああ、そうそう、忘れてたわ、あんたたちが仲見世の茶屋で忘れ物を

   してたみたいで、届けに来てくれたのよ。」


  「忘れ物?」


  「これだよ、綺麗なかんざしだわ、私が欲しいくらい。

   結構しただろうに、忘れちゃ駄目だよ。」


  そう言って志津が手渡したかんざしは、綺麗な手拭いに包まれていた


  「何だよ、あいつも結構良い所あるんじゃねえか、なあ南佐。」


  惣次郎は言いながら南佐の髪に、あのかんざしを挿してやった。


  

   「はい・・、はい・・」南佐は頷きながら、涙を零していた。


   『ありがとう・・ありがとうね、エルモちゃん・・』




  このころの天城家を指して言った流行り言葉に


  【天城に過ぎたるものが二つあり、惣次郎に檜風呂】というものがあった。


  惣次郎は町将棋での人気棋士であり、落ちぶれた天城の弟子としては、勿体

  無いという意味で、もう一つの檜風呂は、当時の江戸において、民家での火気

  は炊事以外ではあまり認められず、風呂付きの家屋は、御家人や旗本の屋敷と

  豪商の屋敷ぐらいだった。天城の道場は、元々御家人の屋敷だったものを、先

  代が幕府から譲り受けたもので、小さな鉄砲風呂が付いていたが、志津を娶る

  に当たって、前の湯桶の倍くらいの大きさで檜の浴槽を組んで、湯を沸かす為

  の窯を浴室の外に設けた。浴室の側に、これまた珍しく井戸もあり、毎日とは

  行かぬものの、3日に一度は風呂に浸かれるという贅沢な話を、町民が流行

  り言葉にしたという訳だ。


  今夜は、小次郎たち居残り組が、夕方から浴槽に湯を張ってくれていたおかげ

  で夕餉の前に風呂に浸かる事が出来る、本人たちは天城の風呂が大好きなので

  言えば率先して湯を沸かすのだ。

  入浴順は、①兵衛、②惣次郎、③小次郎、④森、⑤康太、⑥志津・南佐の順に

  入る、次に入る者がお湯の管理をするのが決まりだが、入り終える頃には夜に

  なるので、時間短縮の為、基本兵衛と惣次郎、小次郎以下二人、志津と南佐で

  入っていた。


  男性陣が入り終えた後の女性陣の入浴は危険だ、理由は言わずもがな、のぞき

  で、女性陣の窯炊きは惣次郎がやらなくてはならない。


  兵衛が、今日は一人で入りたいから惣次郎は小次郎達の後だと言って惣次郎が

  一人になる様に段取った。そして志津に軽く目を流す、阿吽の呼吸だ。

  志津も察して、南佐に惣次郎の背中を流すようにけしかけた。

  

  窯炊きをしている志津が惣次郎に「湯加減はどうだい、惣次郎。」等と言って

  気を逸らしている隙に、南佐が浴室に入って行った。


  「お、おい、ちょ待てよ、南佐、お前・・」驚いて湯舟でひっくり返る所だ。


  「お背中、お流しいたします・・。」腰巻きだけなので、全裸と変わらない。


  「いや、こんな湯女の真似事はしなくて良いって・・」

  「母上!そこにいるんでしょ、南佐に言って下さいよ!」かなり焦っている。


  「南佐さんがどうしてもって聞かなくてねえ、観念しなさい、惣次郎。」


  「母上・・、仕方ねえ、南佐、背中流してくれ。」


  「はい、喜んで。」


  暫くは無言だったが、南佐が口を開いた。

  

  「今日は、本当に有難うございました、私、何もお返し出来なくて、惣次郎様

   に申し訳なくて・・せめて背中を流すくらいはしないと不釣り合いというか

   その・・」


  「なあに、良いって事よ。  

   お前が来て俺の将棋が変わったって皆言ってる、良い意味でだ、以前の切羽

   詰まった様な指し口が無くなったってな、実際、俺も以前に比べて、読みの

   深さが増した気がするんだ・・、師匠の事は聞いた通り、今でも忘れる事は

   出来無いけど、この気持ち・・お前の事が誰よりも大切だという気持ちに嘘

   は無いよ・・、お前がここにいる限り、思い残す事無く将棋が指せる様に、

   天城の皆で協力するからさ、だから余計な気を使わなくって良いんだぜ、

   俺の事も、惣次郎って呼んでくれないか・・」


  南佐は嬉しさの余り、惣次郎の背中に抱きついた。


  「はい・・、惣次郎・・、えへへっ照れ臭いな・・」


  「うん、それで良い、

   今はお前が師匠みたいなもんだ、様なんか無い方が良い。」

 

  「えへへ、じゃあ惣次郎、前も流しますよ。」


  「いや、やめろって、前は自分でやるって、いいから!」


  和やかなやり取りが続く。

  

  薪をくべながら聞いていた志津の目は、煙のせいなのか潤んでいた。




  先刻、天城にかんざしを届けたエルモは、少し気分が高揚して、鼻歌を歌い

  ながら帰途に就いていた。

  提灯が要る程ではないが、もう薄暗くはある。

  神田の長屋まであと少しという所で、辻の陰から男が出て来た。

  

  「悦子、手前、今日の上がりはどうしたよ。」


  「ほらよ、朱金が2つと銀が2さ、銀の2はあたしが貰うぜ、じゃあな。」


  立ち去ろうとするエルモの前に男が立ち塞がった。


  「手前、なんか怪しいぜ、今日の祭りで扇子の露店を段取ってくれとか、

   いつもは真剣以外じゃ仕事したがらねえくせによ。」


  「あたしだってたまには違う凌ぎもやってみたくなるのさ、

   なあ、もう良いだろ、日が暮れちまうぜ。」


  「待ちな、手前、俺と指した後に座った異国の別嬪と知り合いか?」


  「知らねえよ、たまたま気に入らねえ事言いやがるから、

   ちぃいっとばかし説教してやっただけさね、面白くもねえから、

   やる気が失せた、そういう話さ。」


  「ちっ・・、まあいい、あんまり妙な事しやがったら、バラして魚の餌だ

   覚悟しな、お前には親父の残した借金がまだ、30両はある、

   自由になりたきゃ銭を返すこったな、次は5日後に箱根で真剣だ、

   それまではどこにも行くんじゃねえぞ、分かったな。」


  「箱根だあ?ざけんな、他を当たんなよ、あたしは忙しいんだ、じゃあな。」


  男はいきなりエルモの首根っこを掴んで壁に叩き付けた。

  エルモは喉を強く圧迫されて息が出来ず、身悶えした。


  「断るなら、今度こそ殺すぞ、いいか、お前には誰かしら張り付いてるって

   忘れるんじゃねえぞ、3日後の朝からお前と組む野郎が迎えに来る、支度

   しとけ!」唾を吐き捨てて男は消えた。




  エルモは長屋に戻って、裏手の共同井戸から水を汲み、体を拭いた、自分の

  体をまじまじと眺める、蝋燭の明かりに浮かび上がる生々しい傷や痣が痛々

  しい、体を拭き終えると菜の葉を煮て、胡瓜を切り、皿に盛る、固くなった

  飯に佃煮をかけ、夕餉にした。

  今夜は月が出ている、こんな日は長屋の屋根に上がって西側、旗本や御家人

  の屋敷が立ち並ぶ様を眺めるのがエルモのお気に入りのひと時になっていた。


  「うっ、うっ・・、あたし馬鹿だ、なんでポナちゃんにあんな事、黙って、

   監視を続ければ・・うっうっ・・・もう嫌だよ・・人間なんて・・。」


  エルモは少し欠けた月を見上げ、膝を抱えて泣いた。






  意気揚々と佐藤力也が天城の道場に顔を出す。

  小次郎と、森は待ちくたびれて、苛立っていたが、力也の顔を見ると、安心

  した様で、すぐさま、惣次郎、南佐、兵衛と志津、康太に出立の挨拶をした。

  志津が玄関先で切火を切って、小次郎が踵を返す、合わせる様に森と力也が

  続いた。

  箱根までは東海道を徒歩で向かう、帰りは小田原から木場まで船の予定だ。

  三人の足取りは軽い、日本橋まで小一時間、新橋までも一気に通過した。

  小次郎が吉原の遊女の話を森に生々しく語るので、森は今日の戸塚宿で女子

  を呼ぶと言って聞かず、力也が羨ましがっていた。


  翌朝、小次郎と力也は旅籠の朝餉を済ませて今日の旅支度をしていると、森が

  辻向かいの旅籠から出て来た。

  横にいた女子を見て二人は顔を見合わせて笑った、ある意味関取だ。

  自慢げに登場した森に小次郎が「昨夜は大金星だったな。」と言うと、力也も

  「決まり手は何だったんだ?」と冷やかした。


  森は頭を掻きながら、力士声で「土俵際でのうっちゃりです。」と答え、

  これには三人で大笑いした。



  戦場となる箱根の温泉宿は塔ノ澤元湯で、増築した元湯宿の完成記念に江戸

  で人気のある棋士を招いて対局を行い、それを観戦しながら飲食入浴を堪能し

  てもらうという豪華なもので、いつもの湯屋での対局とは比べ物にならない、

  これに合わせて江戸でも瓦版が撒かれ、3日通しで行われる対局の観戦料は

  200名限定で一人10両まで上がっていた。

  

  当時の江戸では数年前に温泉地での一泊二日2食付きが解禁され湯治ブームの

  最中で、豪商ならず、市中で余裕のある町民たちがこぞって温泉地に出掛ける

  様になり、地方の温泉地では、こういったイベントが盛んに行われていた。

  

  当然のごとく、この仕切りは、三島一家が取り仕切り、天城3羽ガラスの相手

  は三島の息の掛かった精鋭棋士三人が務める、エルモもこの三人の一人で、半

  ば奴隷同然に連れて来られた。他の二人は三島に借金がある訳では無いので、

  いつもより懸賞が良い事に加え、只で温泉を満喫出来て不満は無かった。


  三島一家の組長である三島源蔵は船酔いが酷く、またリュウマチの持病もある

  ので観戦は諦め、代わりに若頭の一人、八坂甚八が代理で仕切りを任された。

  この男は執拗にエルモに付きまとい、借金をタテに無理矢理真剣をさせている

  あの男だ。

  今回もエルモには懸賞は無く、負けた時は更に10両の借金が加算される。

  エルモにとって幸いだったのは、箱根に着いてから、他の棋士と同じ待遇で扱

  われた事だ、生まれて初めてと言って良い、豪華な食事と温泉。食事などは、

  暫く胸が一杯で喉を通らなかった、温かくて美味しい、生きている事に感謝し

  たくなる程だった。

 

  『このまま遠くに逃げたい・・』そう思うのも無理は無かった。




  小次郎一行は夕刻に元湯宿に入った、仕切り役の八坂に挨拶を済ませ、翌日の

  段取りを確認する。八坂と別れ、小次郎達は本館とは沢向かいにある別館に

  入り、三人共、口々に明日の意気込みを口にした。

  行きかう多くの客から激を飛ばされ、否が応でも気持ちは高揚する。

  別館中央の休憩所の前に、大きな垂れ幕が掛かっていた


  垂れ幕には

      

            ー元湯本館落成記念対局ー


      天城三羽烏            江戸三棋神


       大将 坂田小次郎         大将 井 悦子


       副将 佐藤力也     対    副将 水澤 裕次郎


       先鋒 森 升平          先鋒 芳賀 稔侍 


      

             激闘必至、刮目スベシ



  事前に知らされていた対局相手と違う事に、三人共目を丸くして驚いた。


  「こいつは・・、どういうこった・・八坂の野郎・・」

  

  小次郎は敵の大将が、井 悦子と書いてあるので、不安を隠しきれなかった、

  それは森も力也も同様に感じていただろう。

  小次郎は過去2回悦子に真剣を挑んで、2回共、負けている、

  森も力也も1回ずつ挑んで敗北した。それは悦子が巧みに三味線を弾くからだ

  三味線と言っても楽器では無く、話術と将棋の技術を合わせたもので、序盤で

  巧みに相手に優勢だと思わせておいて、中盤以降、読み筋に無い手を指して、

  相手を焦らせてミスを誘う、自らは決して悪手の類を指さず、気付けば、型に

  ハメられていると言うものだ。

  それ故に真剣を指す者たちからは、三味子という通り名で呼ばれていた。


  『三味子が大将で出て来る・・森さんと力也が絶対に水澤と芳賀に負けてもら

   っちゃあ困るなあ・・』


  その水澤と芳賀も棋士番付は2人より上だ。


  『面子が、この三人だったとはな・・痺れたぜ、記念対局に駒落ちは無えしな

   二人が抜かれたら俺が三人抜かなきゃ勝ちにはならねえのか・・』


  ふと横を見ると、森と力也が胸を叩いて、俺に任せろとアピールしている。

  小次郎はもう、この二人を信じて、そして己を信じる事に決めた。


  「よっしゃ、景気づけに、ひとっ風呂浴びますかね!」







  3羽ガラスが発った翌日の夕刻、早耳で有名な読売の辰が、塔ノ澤の宿泊客に

  配る対局の日程表を届けてくれた。


  それを見た惣次郎は、少し眉間にしわを寄せて座り込んだ。

  事前に聞いていた対局相手と違うからだ。

  しかも副将の水澤は惣次郎が明後日、富士乃湯で行われる対局の相手だった


  「大将が三味子か・・確かに客は喜ぶだろうけど・・

   他の二人も・・水澤さんに芳賀さんか・・こいつは厳しい相手だぜ。」


  二人を知ってる兵衛も同意した。


  「今回は三島の野郎の算段に嵌っちまったって訳か・・」


  兵衛は懸賞の包みと供託金の包みに羽が生えて飛んでいく様を想像した。


  エルモ以外の二人は現時点では惣次郎よりも番付は上だ。


  「つうか惣次郎、この井って奴は大将になってるが、そんなに強えのかよ。」

  

  「ああ、俺が平手で勝てるかどうか・・本気を出した棋譜が無いからな。

   いつか、小次郎さんが、真剣で負けてふんどし一丁で帰って来た事があった

   だろ?そん時の真剣の相手が三味子だよ。」


  「あのう・・三味子ってどんな方なんですか?」南佐は興味津々だ。


  「そのかんざしを届けてくれた女子だよ。」惣次郎が言う。


  「エル・・、いや悦子さんですか?」驚いて日程表をのぞき込む。


  「なんだ、南佐ちゃん知り合いだったのか、

   で、どうよ、南佐ちゃんはこの三味子と指した事あるのかい?」


  「え、ええ祭りの時に・・、結果は負けでした、でも最初は弱く見えたんです

   だから私も普通に応対してたんですが、戦ってる内に段々と本気を出して

   一気に寄せ切られてしまいました。」


  その場の皆が笑う。


  「だから三味子か。」笑いながら兵衛が言った。




  

  風呂上がりの火照った体のまま、三人は各々が明日からの対局の準備に入る。

  露天風呂がすし詰め状態で、ゆっくりと作戦会議とは行かず、ならばと早めに

  部屋に戻って来たのだ。

  将棋盤の前で瞑想する森、横になり詰め将棋集を読み耽る力也、窓際で夜風に

  精神統一する小次郎、明日からの対局が天城の今後を左右し兼ねない大勝負に

  なる事を自覚していた。 

  天城側の当初の予想では、悪くても3-2で勝てると踏んでいたので、通常

  ではありえない供託金を支払って、この大一番に臨んだのだ。

  負けてしまえば懸賞はおろか、家中搔き集めて用意した金まで失ってしまう。

  

  小次郎は肝の座り方が半端ではない。

  真剣によって磨き抜かれた心の強さは折り紙付きだ、そんな小次郎も明日の戦

  を前に僅かではあるが臆していた。


  「少し、歩いて来るぜ。」そう言って別館を出た。


  沢に架かる橋を越え、本館側に渡り、沢沿いに歩き始めた。

  この辺りは結構、湯治客が涼みに来るコースで、意外に落ち着かない。

  ずんずん歩いて行くと、やっと一人になれる様なところまで来た。

  もう提灯の明かりも届かず、辺りは真っ暗だ、流石にこれは危ないと思い、

  引き返そうと、振り返った途端、何かにぶつかった。

  「きゃっ!」と言う声に反応して思わず手を出す、手を出した先に女子がいた

  女子は小次郎にぶつかった弾みでバランスを崩して沢に落ちる寸前だ。

  手を思いっきり伸ばして着物の袂を掴んで、引き上げた。


  「ふう~、危ねえとこだったぜ、大丈夫か姉ちゃん。」抱き抱えたまま尋ねた


  女子は小次郎の顔を見て、はっとして顔を背けた。


  「お前、もしかして三味子か?」女子は無言で顔を背けている。


  女子を引きずる様にして小次郎は明かりの届くところまで来た。

  そしてまじまじと顔を覗き込んだ。


  「やっぱり、三味子じゃねえか、

   お前なんでまた、あんな暗い所に居たんだ?・・何とか言えったら!」



      

                  続く




                      






  


  


  

  

  

  




  


  


  


  

  

  

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ