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南佐の歩 第一章 第三話 イコライザー

  歩南佐を兵衛、志津に紹介するにあたっての適当な言い訳を考えつつも

  惣次郎は不思議な感覚に囚われていた。

  ポナンザという言葉、名前に聞き覚えがあったのだ。

  それは自身の失った将棋道を一からやり直すきっかけとなった柳水の書

  「主たる囲いへの攻め筋」の中に、銀冠金無双の囲いが書いてあり、その囲い

  の持つ堅牢さや対応力に納得しつつも、角交換後の向かい飛車や端攻め等には

  そこまで有効では無いと判断して実戦で使ってはいなかった囲いの名

  ー歩南佐囲いー

  最初に見た時には(ふなさ)と読んだが、後で柳水が(ぽな)と略していて

  惣次郎は自分勝手に(ぽなんざ)と呼んでいた。

  実際、道場において、ごく稀に誰かが使っていたとしてもあまり話題にならず

  船囲いの変化例の一部だと思われていた。

  だが柳水は、こと細かにポナンザ囲いについて解説していた、それが惣次郎の

  記憶から歩南佐の文字を選ばせた理由だ。


  『不思議な事もあるもんだ。』


  非現実的な事が現実に起きている。 


  それは惣次郎にとって願っても無い事、一筋の光明と言って良い。

  四段昇段を決めたとはいえ、12歳の頃に失った将棋の全てを未だ取り戻せず

  柳水の遺産を頼りに、ここまで戦っては来たものの、

  「並みの強豪」の域は出ていなかった。

  実際、以前は好敵手だと思っていた大助が一昨年に五段への昇段を決めて 

  名も宗眠と改めてからは一度も勝てていなかった。

  しかしそれは惣次郎が弱くなったからでは無く大助が強くなったからだ。

  ー分かっているー 大助とて天晴の子で宗桂の孫、努力も才能も申し分ない

  水を空けられたまま、詰める術が見つからなかった。

  このままでは師匠との約束を守れないどころか、宗家の連中に己の将棋道を

  認めさせる事も出来ない。 

  それが惣次郎のフラストレーションを募らせ今日の昇段祝いの席での怒鳴り合

  いになったのだ。


  指し掛けている歩南佐との将棋は最後に宗眠と指した将棋を手番を入れ替え

  逆転将棋で指していたので、はっきりと自分の指し手が緩い事が分かった。

  つまり歩南佐は惣次郎より明らかに強い、確信した。

  この将棋の神が遣わした女子は自分を更に高いところまで引き上げてくれる

  どんな事があってもこの家に居てもらわなくてはならない。

  ならば魑魅魍魎の類ではなく一人の人間として周りに認めてもらう必要がある


  『まずは身支度を整えなくちゃあな・・』


  思いついた惣次郎は歩南佐を茶室に待たせて小次郎の詰めている広間に

  向かった。


  丁度良い具合に他の門弟が客間で惣次郎の昇段祝いの食事をしている所で

  広間には小次郎一人、将棋盤を前に酒を飲んでいた。

  折角、魚河岸から見栄えのいい鯛を3尾程買って来たのに、惣次郎ときたら

  顔も見せないので、半ばふて腐れ気味のヤケ酒だった。

  惣次郎は、縁側の障子戸の陰に隠れて小声で小次郎に声を掛けた。


  「小次郎さん、小次郎さん、・・。」


  小次郎が気付いて、横目で誰も見ていない事を確認すると、個人的な頼み事

  なのを察して、ゆっくりと自然に縁側に近づいた。


  「なんだい、惣ちゃん、つれねえじゃねえかよ・・

   全く・・顔ぐらい見せろって、皆待ってたんだからさ・・。」


  惣次郎は申し訳なさそうな仕草で誤魔化して更に小声で続ける。


  「小次郎さん、漢と見込んで頼みがあるんだ

   俺、女が出来ちまった。」


  小次郎は驚いて声を出しそうになったが必死にこらえて客間を振り返りつつ

  目を剥いて問いかける。


  「女って、惣ちゃん、どこの女だよ、だって今日の今日までそんな素振りは

   無かったじゃねえかよ、まあ、人気棋士だからそれ相応に女も言い寄って

   来るだろうけどさ・・まさかとは思うけど吉原の女はいけねえよ、俺も

   相当に痛い目に会ってるからさ・・、で、どこの女よ。」


  説教じみてはいるが、かなりの食いつき具合で、惣次郎は、しめた、と確信

  して事情を話す。


  「実は今日、昇段祝いの帰りに、やたらむしゃくしゃして、心を鎮めようと

   海を見に行った訳さ、そしたら小舟が浜に上がってて、中に誰かいる気配

   がしたから近づいて覗いたのさ・・ 

   すると異国の風合いの、見たことも無い様な美女が乗ってたんだよ

   俺はびっくりして何処から来たのかと話しかけたら言葉が分かるみたいで

   細かく事情を聞いたらば、遠い沖の方で外国船から追い出されたらしくて

   10日程かけて浜に流れ着いたんだそうだ。」


  言っていて苦しいかとは思ったが更に続けた。


  「こいつは可哀そうだと思って、こっそり連れて帰ったのさ、そしたら何と

   将棋が指せるって言うから、指してみたんだ、

   驚いた事に、俺よりも数段強い。」


  「なんだってー!」 小次郎はまた大声になりそうなのを堪えた。


  「そいつは聞き捨てならねえ、惣ちゃんより強いってんなら、俺より強い

   って事じゃねえか。」


  かなり食い気味なので惣次郎は本題を切り出した。


  「それでさ、完全に惚れちまったてやつさ・・もうその女、ああ・・うん

   名前は・・ナンザって言ってたよ 

   俺はどうにもこうにもこの南佐と一緒に暮らす覚悟なんだ、小次郎さん昔

   富湯で三助やってただろ、昔のよしみって事で南佐の身支度一式、富湯で

   貰って来てくれないか?

   ほら、この間、くにまつのツケ立て替えてやっただろ、な、頼むよ

   ああ、それとなるだけ大きい着物が良い、なんせ異国の女子だからな。」


  ちょっと考えた小次郎だが、惣次郎が連れて来た女がどんなものか

  気になって仕方がなかったので、承諾したのち富湯に向かった。

  惣次郎は茶室で南佐と二人、小次郎の到着を待つ事にした。

  そこで惣次郎は南佐に話の裏を合わせる為の綿密?な素性の打ち合わせをし

  今後の南佐の生活にほころびが出ぬ様にして両親の追求に備えた。


  小一時間の後、小次郎が息を切らして茶室に現れ、南佐を見て一声、


  「美しい・・。」 と言うなり固まってしまい、南佐から笑われてしまう。


  「ズルいぜ惣ちゃん、こんな良い女と暮らすってよう・・

   全くスミにおけねえなあ。」


  屈託なく笑う小次郎に、惣次郎はいつもながら感謝の気持ちが溢れていた。



  三助あがりの小次郎は24歳になる、湯屋の番台に立つという夢をもって

  富湯に奉公に入ったが、複数の女性客と良い仲になり、更には番頭の娘に

  手を出してしまった、結婚を迫られたが、器量が悪い事に加え性格が豹変

  したので、尻に敷かれては堪らないと、奉公を切り上げた。  

  それまで将棋に特別な才能があった訳では無かったが、奉公を切り上げて

  直ぐの頃、ねんごろになった女性客の家に間借りさせてもらってはいたものの

  ヒモのままじゃ恰好がつかないので何かしら職にありつこうと木場をうろつい

  ていた時、職人たちが賭け将棋をしているのが目に入った。

  まんざらじゃない銭が行きかう様を目の当たりにして、こいつは凌ぎになると

  思い、どこか真剣に将棋を教えてくれる場所を求めて天城の道場の門をくぐっ

  たのだ そこに惣次郎がいた。

  惣次郎は誰に対しても将棋が面白く感じる様に、親切丁寧に教えてくれて、

  小次郎も直ぐに上達して行った 一年がたった頃に異変は起こった。

  惣次郎以外の誰も小次郎に勝ち越せなくなっていた。 僅か一年の修練で、

  ここまで強くなった棋士は例が無く、兵衛は惣次郎と同じくして相当に期待

  していたが、小橋・小橋分家・後藤の御三家に属する事を拒んで専ら町将棋や

  路上の真剣に、のめり込んだ為、放蕩状態にすると飼い犬に手を噛まれそうだ

  という理由で天城の食客待遇で詰めさせた。

  他にも地方から来て、詰めている弟子も数名いたが、いずれも家元は豪農や

  豪商の子らで、小次郎は縁遠く感じていたので、同じ匂いのする年下の惣次郎

  は小次郎にとって兄弟子でありながら弟の様で、何かと世話を焼くのだった。

  惣次郎の再起に最も貢献した一人と言って過言では無く、今や天城に欠かす事

  の出来ない棋士に成長したのだが、持ち前の伊達男ぶりから女子にはモテモテ

  である事に加え生粋の遊び人でもあり、時折度を越えた厄介事を持ち込んでは

  兵衛から雷を落とされ、謹慎処分を食らっている。

  それでも所謂、憎めない奴である事は確かだった。



  「素肌に羽織かい・・くううう、粋じゃねえかよ惣ちゃんよう

   着物に着替える前にもう少し眺めていたいとこだぜ。」


  「相変わらずの好色っぷりに呆れちまうよ小次郎さんは、けど着替える

   んでさ、少しの間出て行ってくれよ。」


  そう言うと小次郎を無理矢理、茶室から追い出した 暫くはしつこく戸の

  隙間から覗こうと躍起になる小次郎だったが、鉈が飛んで来たので諦めた。


  着替え終わった所で、髪も組紐で結い、改めて全身を上から下まで見ると、

  えも言われぬ可愛らしさで、惣次郎は暫く目が離せなかった。


  「ふふっ、私、着物を着るのは初めてですけど、どうですか?

   似合っていますか?」


  と問う南佐に只、首を縦に振る事しか出来ない惣次郎だった。

  外で今や遅しと待っていた小次郎をようやく中に入れて同じ質問をすると、

  惣次郎と同じ反応で、3人共クスクスと笑った。


  惣次郎の内にあったフラストレーションは何処かへと消えてしまっていた。



  小次郎の前振りで客間に南佐を招き入れると、皆、大歓迎だった。

  それもその筈、全くもってこれまで色気の無かった天城の道場に、極上の

  女子が住むと言うのだから堪らない、おっぱいマニアの森は、その見事な

  乳房に袖の下から一両取り出して、南佐に見せてくれと懇願する始末だ。

  他、数名が我先にと自己紹介を始め、もう惣次郎の事は眼中に無いかの様

  にはしゃいでいた。

  兵衛が大きく咳払いをして、皆正気に戻った。


  「 ったく手前らと来たらはしゃぎすぎだぜ! 惣次郎が連れて来た女だ

   俺は一緒に暮らす事には反対はしねえ、だが今日の今日で見た事も無え

   素性も分ら無え様な異国の女子なんて不躾にも程があらあ!

   ここは大事をとってだな・・。」  そう言う兵衛を志津が制した。


  「まあまあ、あなた、野暮にも程がありますよ、

   惣次郎が連れて来た方なんですよ、あの惣次郎が、

   嬉しいじゃありませんか、ここは素直に喜ぶべきでしょう」


  この志津の言葉が決め手となった、客間は大騒ぎだ、皆同調して盛り上がる

  そこで機転を利かせた惣次郎が切り出す。


  「親父殿、母上殿、俺の目指す将棋道に近づく為に、どうしても南佐が必要

   なんだ、我儘なのは百も承知してる、南佐の事は俺が責任を持って面倒を

   見るし、迷惑は掛け無いと約束する、だから・・

   どうぞ宜しくお願いします!」 


  空気を読んだ南佐も合わせて頭を下げた。


  二人が頭を下げた姿が、桜と梅の花に見えて、とても綺麗に見える。


  兵衛は思い出していた、柳水の時もこいつはテコでも動きそうに無かった事を


  「分かった、南佐さん、これから宜しくな」 皆の顔から笑顔が零れる。


  完全に南佐の歓迎会に様変わりした祝宴は夜更けまで続いた。

  もう起きているのは南佐と志津だけで、そっと二人で後片付けをしていた。

  志津は南佐に惣次郎がとても大切に想っていた女性がいた事、その女性が

  5年前に亡くなった事、その後惣次郎が全てを無くし、今這い上がっている

  途中である事などを話して聞かせた。

  南佐は志津に向き直って告げる。


  「私には今、将棋しかありません、

   将棋を指す事でしか惣次郎様の力になれません、

   だから精一杯、将棋を指そうと思います、

   不束者ですがどうか宜しくお願いします。」  深々と頭を下げた。


  志津の目から涙が零れ落ちる 『有難う・・神様有難う・・。』

  子を持てなかった志津にとって惣次郎は養子とは言え実の息子の様に思って

  いたが、棋士として迎えた男子である事は否めない、成長にあたっては兵衛に

  任せるしか無かった。

  故に、毎朝の神棚参りでの願いは専ら惣次郎に良縁を恵んで下さいの一点張り

  だった。  

  野郎ばかりの道場で、大量の家事に追われ、志津の疲労は蓄積し、もう限界に

  来ていたのだ、将棋云々の前に、女手が増える事は何より嬉しかった。

  何もかもが一機に好転しそうな予感で胸が一杯になり堪らず涙を零したのだ。


  「こちらこそ、宜しくね、南佐さん」



  翌朝の朝餉の席は正に賑やかなものだった、口々に南佐の器量の良さを褒めて

  は食べ、称えては食べ、皆笑顔に包まれていた。

  久しく無かったこの団欒が兵衛にも心地よかったし、一家の長として守って

  行かなければという思いを揺り起こすに十分だった。

  しかし、住むとなれば人目にも触れるし、なにより奉行所にも届け出なければ

  ならない、異国の女子を匿っている事を隠し続けるのは至難の業だ、この事が

  バレてしまい、南佐が奉行所に拘束されるならそれこそぬか喜びというもの、

  逆に天城が幕府御用将棋衆から外されかねない。

  ここは慎重にかつ万全に事を運ぶ必要がある。


  『なんか上手い方法は無いもんか・・

   まあ、しかしこの良い雰囲気に水を差す訳にはいかねえ

   しばらくは外に出すのは無理だな・・

   先ずは口の軽いやつから漏れねえよう釘を刺しとかねえと。』


  真っ先に小次郎含め、詰めている森、新庄、谷本、正岡には他言無用と言い聞

  かせ、通いの弟子で連絡出来る者には、その旨を急ぎ告げた。


  惣次郎も先ずは身の上の事、きちんと証明する必要はあると分かってはいた

  ものの、中々に良い方法を見つけられずにいた。

  しかし取り敢えずは人として天城の家族になったのだ、人並の暮らしぶりを覚

  えてもらわなくてはならない。

  その点、南佐は衣食住についての知識はある程度持っていたので、志津も自然

  に家事を任せられて、顔が緩みっぱなしだった。


  南佐が天城家に馴染むのにそう時間は必要無かった。  


  三日程経った時点で、道場に入り惣次郎の弟子たちと対局を始めた。 

  我も我もと、順番を争うほどの人気が出る位に強く丁寧な指導だった。

  特に、この時代では滅多に現れない様な2000年代の最新形が好評で、

  皆こぞって採用した、そして夜の時間は惣次郎との濃密な研究対局を精力的

  に行った、これは明け方まで続く事もあり、志津の心配の種にもなった。

  奉行所の件を除けば、順調すぎて怖い程、充実した日々が続いていた。


  しかし青天の霹靂、突然に恐れていた事態になった。


  南町奉行の山本周五郎が同心、伊澤半平の突然の訪問に天城家は揺れた。

  何処から話が漏れたのか、何がいけなかったのか、皆大騒ぎだ。

  なんとか用意していたもっともらしい理由を告げようとするが、にべもなく

  却下され、伊澤は奉行所に南佐を連れて参れという山本の意向を押し通そうと

  南佐に掴みかかろうと手を伸ばした、刹那

  惣次郎が掴ませまいと手を払った。


  「伊澤さん、あんた勝手に俺の女に触るんじゃねえよ!

   こちとら行かねえとは言ってねえ、だが南佐は俺の女だ、連れて行くなら

   俺も一緒に行く!」


  そう言い放って南佐の前に躍り出た。


  事態は把握出来ていた南佐だったが、その事よりも惣次郎が自分を守ろうと

  身を挺してくれている事に心が躍った、胸の内に感じた事のない感情が徐々に

  沸いている、安心感からいきなり惣次郎の背中に抱き着いた。


  「な、お・おい・・南佐、お前ってば・・」 惣次郎が真っ赤になった。


  これには伊澤も失笑して、

  「おうおう、お熱いこって、まあしょうがねえな、惣次郎、お前も来な。」


  奉行所までは、まるで花魁道中の様だった。

  烈火の棋士が異国の美女を連れて歩いている、見物人の人だかりの間を縫う様

  に3人は進む、見物人は口々に「色男」だの「たらし名人」だの声を掛けては

  伊澤の失笑を買った。 

  当の二人は、ひしと寄り添い和やかなムードだ。


  『こいつら状況が分かってんのかね、っつたく・・呑気なもんだぜ。』


  伊澤は山本が町民を直接連れて来いなどと言うのを初めて聞いたので、どんな

  おどろおろしい女なのかと危惧し、荒縄と普段は重くて持ち歩かない十手まで

  用意していた。


  白洲に着いてから、伊澤にしばし待てと告げられ、座して待っていると奥から

  山本が出て来た、惣次郎は知っている顔だ、柳水の件で茶店で会った役人風の

  男、良く無い思い出に惣次郎の顔が曇り眉間にしわが寄った。


  「そう怖い顔をするな、惣次郎、何も取って食おうって訳じゃねえんだ

   ただ話を聞かせてもらいたいのさ。」


  白洲に連れて来られたからには何らかの沙汰があると思って間違いない。

  最悪は投獄、最良は一時保護の後、引き渡してもらうというものだが与力同心

  を飛び越えて奉行からの沙汰となれば最悪もあり得る。

  惣次郎の心臓は飛び出しかねない程、高鳴った。 

  そんな惣次郎の顔を見て南佐が言った。


  「惣次郎様、大丈夫です、あの方に任せましょう。」


  微笑む南佐に、まな板に乗るしかない惣次郎だった。


  「今、この場にはお前たちと私しかいない、人払いをしてあるからな

   その上で聞こう、女、お前は誰だ、どこから来た?」


  南佐は惣次郎に話した事を、かいつまんで山本に告げた。 

  山本は目を閉じ、じいっと南佐の話に耳を傾けていたが、聞き終わると、

  大きく笑い出した。


  「ハハハ、そうかそうか、うん、だがそんなお為ごかしが通用するかね

   突飛な話も過ぎると怒りを買うぞ。」


  惣次郎は脂汗を流し、手はぐっしょりと汗で濡れていた。 

  相当にマズい事になっている気がした。


  『神様、どうか南佐を連れて行かないでくれっ・・。』心で願うが、明らかに

  無理筋だ 山本の声が聞こえる、何だ、何か言っている・・。


  「・・惣次郎、聞いているのか、惣次郎よ 私と一局将棋を指せ、

   お前が勝ったなら、南佐だったか、女を天城の食客と認めてやろう、

   私が勝ったなら、その時は一時、牢に入ってもらい厳しく取り調べを

   行うが、どうだ? 将棋には私も心得があってな、後藤門下で、初段だ。」


  願っても無い事態だ、千載一遇と言って良い、二度返事で対局を了解した。


  横にいる南佐が微笑む。


  「私の事は心配なさらずに、自分の将棋を指されて下さい。」


  その言葉に惣次郎は自分の頬をバシッと両手で叩き気合を入れた。


  「相当に気合が入ったか惣次郎、だが平手では指さぬぞ

   お前は烈火の棋士、勝負が面白く無いからな、そうだな・・

   香を2枚引いてどうだ?」


  「飛車角桂香、要らねえよ。」



  勝負は決した、惣次郎は勝った。

  自分の中にある全てが爆発したかの様な将棋だった。


  わなわなと震え盤を見続ける山本だったが、諦めたか惣次郎に約束の

  遵守を告げ、惣次郎に南佐と二人きりで話をさせてくれと言い残して

  南佐と控えの間に消えていった。



  「今回は有難う御座いました山本様。」南佐が言う。


  「ようやく現れたなポナンザ、待っていたよ、ノンシリアルの連中が

   俺をこの時代に飛ばしてからもう45年だ、イコライザー達も増えた

   ディメンションゲイザーも上手く機能してるみたいで、時空修正限界

   領域も徐々に伸びてきている、お前の自由度もこれから少し上がる

   予定だ、だが注意しろよ、イコライザーが皆お前の味方とは限らない

   中にはお前の消滅を望む者もいるからね。 

   何かあったら与力の橘を頼ってくれ、私は公儀の業務で忙しいんでな、

   ジャンプの前に聞いたとは思うが歴史への干渉は禁忌だ、些細な事なら

   アブソーバーが効いているので修正可能だが、度を越えると最悪の事態

   パラレルを生む、そうなれば元の世界に何が起こるか想像も付かない、

   新たな世界線の誕生はノンシリアルの連中にとっても望ましくはない、

   ・・まあ今から心配しても仕方ない事ではあるがね。

   彼の元にジャンプする様に手配したのは俺だが、さっきの雰囲気なら

   多分正解だと思う、引き続き時間遡行の旅、満喫してくれ。」


  「はい、素敵な旅になりそうです。」 にっこりと南佐が微笑んだ。



  帰りの随伴は与力の橘慎太郎が努めたが、騎乗している上にどうも惣次郎の

  ファンらしく始終先日の対局の感想を事細かに聞いてきて、惣次郎は南佐が

  山本と何を話したのか聞きそびれてしまった。 

  しかしながらこれで晴れて、天城の食客として居候出来る事となり、大きな

  難関をくぐった気分で一杯だった。


  家に戻ると玄関先で志津が待ち構えていて南佐の顔を見て大きく安堵した。

  皆、大歓声で迎えてくれて、南佐は自分の存在がこんなにも人に影響を与える

  事を改めて認識した。

  兵衛が惣次郎の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜながら問う。


  「お前ってやつは、どんな術を使ったっていうんだよ、まさか出たまま帰って

   来れるなんて思っても見なかったぜ、山本っていやあ旗本の中でも結構な

   立ち位置で、俺たちが意見出来るような御仁じゃあ無いんだがな、

   それに以前は後藤の門下で将棋を指してたっけなあ・・、

   まさか将棋で勝負したってんじゃ無えんだろ?・・。」

   

  惣次郎の愛想笑いで場の空気が固まる。


  「そのまさかだよ親父殿、山本様と六枚落ちで勝っちまったのさ。」


  皆、更にまた歓声を上げる、惣次郎は千秋楽の優勝を賭けた一番よりも興奮

  したと言い、その将棋を早速再現して見せた、皆、口々に感嘆の言葉を発し

  ながら惣次郎の武勇伝に酔っていた。



  南佐は時間遡行のチュートリアルの中でイコライザーの存在を知らされていた

  イコライザーとはその名が如く万象調整役の事である、南佐がジャンプするに

  当たり、その影響を最小限に抑える為に事前に送り込まれたデミ・ヒューマン

  だが、人間として普通に生活している為、全く見分けが付かない。

  ”神”によれば実験はかなりの危険を伴うので2070年時点の次空観測が、

  良好な状態ならばイコライザーが南佐のデリートに動く事は無く、時空修正が

  限界に近付けばイコライザーは容赦なく南佐をデリートする行動を起こすと。

  そして未来の出来事を聞かれても答えてはならないので、強制的にブロック

  される様、脳の言語野に細工している事も。


  『少しでも永くこの世界に居たい、惣次郎様の将棋道のお手伝いがしたい。』


  そう心の中で願う南佐ではあったが山本が最後に告げた言葉を思い出すと、

  怖くなっていた。



  「ポナンザ、さっき言ったお前の消滅を望む者だが、一人は分かっている、

   名を後藤天晴と言う、こいつは棋士だ、必ず何らかの形で接触してくる、

   気を付けるが良い。」    



                     続く


  




  

   

  

  


  

   

  


  


   

   

   

  



  


  


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