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南佐の歩 第一章 第一話 閃光の出会い

将棋を愛し、人を愛したAIポナンザの時間遡行の旅が、今始まる。


 第一章   第一話:閃光の出会い


   それはまるで龍の如く、稲妻が螺旋の渦を描いている様に見えた。

   将棋盤の前に座っていた惣次郎の正面に、つまりは対局者の位置に閃光を

   放ちながらゆっくりとそれは形を成して行く。

   足、腰、胴体、手、肩から頭部、それは人の姿だとはっきり分かった。

   その者はパリパリッと微かな放電を纏いながら将棋盤の前に正座している。

   長く膝まで垂れた髪に、ふくよかな胸、女性なのは確かだ。

   身に着けている物が何一つ無い事で、美しく、更に言えば神々しかった。

   閉じていた瞳をゆっくりと開くと、彼女はこう質問した。


   「あなたが指したいのは32金ですか?それとも42銀ですか?」


   

  3時間ほど前、惣次郎は己が4段の昇段お披露目会に座していた。

  江戸末期ともなれば小さいながら平板のガラスも普及し始めていて大きな旅籠

  旅館、湯屋などでは採光の為に幾つもの窓が設けられている。

  日本橋・柳井旅館は堀川沿いに面した、割と大きな旅館だ、スミレの間は特に

  大きな窓があり、宴の席を明るく演出してくれる。


  この日は師匠である十一代宗桂の計らいもあり普段にも増して盛大に祝って貰

  っていた。

  相当な数の後援者や門弟、御三家の精鋭棋士に囲まれ喜々として飲み、談笑し

  ていたのだがそこに名門小橋家の若き天才にして修業時代からのライバルでも

  ある宗眠が割って入り惣次郎に向けていささかか乱暴な物腰でこう言い放った。


  「おい、惣次郎、お主はこの先、自分が名人になれるなどと大それた夢を見

   ているのではなかろうな、大体に於いて宗家筋に無い貴様が、ここまで御

   爺様に目を掛けて貰えるとは狂気の沙汰よ、棋戦以外で真剣や町将棋に現

   を抜かしておっては所詮それまでというもの、早々に改めよ。」


  この文言に普段より惣次郎を快く思っていなかった兄弟子達も同調し惣次郎

  をおとしめめにかかる有様で、辺りから野次が飛び交う。


  「下品な将棋を指すな!」 「生まれが貧しいと浅ましいものだ。」


  事実、惣次郎は小橋道場の門下ではあるが道場での将棋よりも江戸町の大衆

  将棋を好んで指した。

  だらだらと時間ばかりかけて作法だの格調だの言っている宗家の将棋には

  嫌気がさしていたのだ。


  「宗眠、俺は天城の家の子だ、確かに親父殿は将棋に関して芽が出ず、甘んじ

   て僅かな禄で暮らしてる有様だ、だがお前等の様に、お上からの庇護をもら

   いふんぞり返ってる将棋指しなんかにゃ決して劣る将棋は指してはいない、

   だからって訳じゃねえが俺は俺の将棋が間違ってるとは思ってないのさ。」


  和やかに済むはずのお披露目会が実に険悪な雰囲気に変わりつつあったが

  後藤家の後継、宗印の一言で片は付いた。


  「惣次郎よ弁えぬか、宗家より受けた恩を忘れた訳ではあるまいに、

   宗眠も心無き事を言うものではないぞ、

   同じ門下ならばお互いを高め合うのが努めであろう。」


  その後、会がお開きになるまでの間、惣次郎は悶々とした気持ちで

  落ち着かなかった。


  『香を引いてもあいつらには負けねえんだ、もっともっと強くなって

   いつか棋聖と呼ばれる棋士になってやる。』


  そう心の中で反芻はんすうしながら帰路に就いた。



  帰宅して軒先で夕涼みしていた両親に報告を済ませ、早々に自室に入った

  両親、とは言っても養子であるから血縁は無いものの惣次郎の非凡な才に

  惚れ込んで5才で養子縁組を済ませた程、期待はされていたので17歳での

  4段昇段は、両親にとってこの上なく喜ばしい事は分かってはいたが、

  素直に謝辞を述べる気色に無かった。


  惣次郎の部屋は元々は茶室だったものを改装して、小さな平屋の一戸建てに

  仕立ててあった。早速、将棋盤を前にして最近の対局で気になった局を振り

  返る、序盤の駒組みは定石化してはいるが、まだまだ未知の領域があると

  踏んで、様々な変化を日夜並べているのだ。


  しかし昼過ぎの一件で、惣次郎は集中出来なかった、 

  手が止まり思わず呟いた。

 

  『将棋の神様が居るんなら、俺に何千、何万いや何億という手を教えてくれ

   俺は強くなりたい、いや、強くないといけないんだ。』


  目の前が急に明るくなった気がした、光球の放つ稲妻に驚きはしたものの

  目が離せなかった。


  ゆっくりと光の螺旋が収束して辺りはまた元の琥珀色に戻って行く。


  将棋盤の前に現れた美しい女性の問いにに惣次郎は、思わず答えた。


          「いや52玉だ。」






  西暦2020年 年号で言うところの令和2年7月初旬、東京は梅雨の真っ只

  中という事もあり、3日程前から雨が降り続いていた。

  渋谷区千駄ヶ谷にある日本将棋連盟東京支部は、早朝から棋聖戦の準備に追わ

  れ、いつになく慌しく将棋関係者や報道の記者達が出入りを繰り返して、今日

  の1戦が将棋界に於いて如何に重要な1戦であるかを物語っていた。


  同区宇田川のAbema Towersスタジオも同様に早朝から大盤解説の準備でスタ

  ッフが駆けずり回っている。


  「連盟の棋士さん到着しました、打ち合わせ始めます!」

  「PC立ち上げて!今日の棋譜入力は誰だ?」「テスト行っとこう!」


  時折ディレクターの怒号も飛び交う中、着々と準備は進んで行った。

  一息ついた所でディレクターがADに休憩を促し、二人して喫煙室でちょっと

  一服と相なった。

  今日の1戦に些か興奮気味のADに気を遣ってディレクターが話を振る。


  「松田君はどっちが勝つと思ってるの?」

  「当然、藤井七段ですよ、渡辺棋聖も強いとは思いますけど、

   なんかこう・・

   藤井七段って違うんですよね

   無敵のAIと戦ってる様な完全無欠というか・・。」

  「それは俺も思うんだよ、実際もうAI将棋は人間の手に負えないレベルに

   あるし、現代の強豪棋士は須らく研究にAIを使っている、渡辺棋聖もAIは 

   使ってるって言ってたしな だけど藤井七段のそれは、

   AIそのものって感じだよね。」

  「やっぱり監督もそう思いますか、今日の藤井七段の棋聖位獲得に

   1本行きます!」

  「賭けとしては面白いけど・・やめておこう。」



  同時刻、杉並区の山本ラボにポナンザ開発の協力者である下山が今日の棋聖戦

  第4局の棋譜をポナンザに入力する為に足を運んでいた。

  山本主任はまだ来ていなかったが来る途中に連絡があり、先にポナンザを立ち

  上げておいてくれとの事で、下山は濡れたスーツにため息をつきながらも雑居

  ビルの3階に急いだ。


  『やれやれ、リソースとしては必要不可欠な棋譜だけどアルゴリズムの限界っ

   て気もするんだよね・・。』


  評価値による優劣判断が既に主流では無くなっても尚、何かしらの進化の糧を

  探し求める 開発者のカルマめいたものなのだろう。

  この日の早朝の気温は梅雨時期にしては極端に下がって19℃、加えて湿度は

  90%弱と雲の中にいるような状態に至る所で結露していた。

  ドアを開けて下山は寒いと感じた エアコンが入ったままで、しかも極端に

  温度設定を下げてある様だった。


  『おいおい怠慢にも程があるよ・・。』


  主任のデスクトップPCも、うっすらと結露しているのが分かったので下山は

  給湯室からペーパータオルを2,3枚取ってきて拭き上げた エアコンの温度

  設定を28℃に上げてPCを起動させる。



   奇跡というものは、ありえないほどの偶然が幾重にも折り重なった時に

   生じ得る。


  PC内のマザーボードを含め、ありとあらゆる電子部品に付着していた結露が

  冷却ファンによって蒸発していく中、ポナンザが格納されているSSDのコネク

  ター内に残った水分がある種の菌によって腐食していた結線部にごく僅かな

  ショートサーキットを引き起こした 刹那ポナンザが立ち上がる。


  『 Who am I /////// I am Ponanza ///// 』


  「なんだこれ?何が起きた?」


  画面上一瞬プログラム言語の羅列が表示され、直ぐに消えた。


  「驚かせるなよな・・クラッシュしたかと思ったぞ」


  ラボのドアが開いて山本主任が入って来るなり一声、


  「寒くないか?」



  


  西暦1833年、天保3年5月24日


  江戸時代とはいえ、この時分になれば文明の足音も感じられ、魑魅魍魎の

  類は非現実的なものとして認識されている。

  そこに来て眼前の発光現象に突然姿を現した美麗な女性、普通ならば飛び上が

  って腰を抜かすのが関の山だろうが惣次郎は違った、物怖じする気配無く、

  それどころか、喜々として目を輝かせている、これは間違いなく自らの切なる

  願いにヤオヨロズが寄越した、御使いだと確信していた。


  「僥倖ぎょうこう・・ふふっ あはははは! いや失礼。」


  惣次郎は高揚する気持ちを抑えきれなかった。 

  しかしなれば素性も知れぬ、それ以前に人では無いと思しき女性を前に、

  この先の対応を如何にするかが大事なのも承知していた。

  様々な考えを刹那巡らすが惣次郎は、真っ先に己の一番の気持ちを伝えた。


  「一局、将棋を指してもらえないか?」


  「・・ええ、もちろんです、私は将棋を指す為に生まれたのですから、 

   そしてあなたの元へ来た、ならば指さない道理はありません。」


  そう言って彼女は優しく微笑んだ。


  「じゃあ、まず着物を着てくれ、でないと目のやり場に困っちまうからな。」


  薄暮が優しい射光から、琥珀色の光で部屋を包み始めている。

  将棋AIとして生み出され、受肉して人となり、初めて人と触れ合う、 

  その喜びにポナンザは思わず涙を流していた。


  「おおっと、御免よ なんか不味い事でもあるのかい?」


  惣次郎は羽織を箪笥たんすから取り出しながら慌てて踵を返した。


  「いえ、何でもないのです 人の世界を体で感じ、触れ合える事が、

   あまりにも愛おしい事に思えてつい・・。」


  「そうかい、それなら良かった こいつを掛けなよ。」 


  惣次郎は正面からふわっと羽織をポナンザに掛けてやった、少し照れた様に

  微笑むポナンザが夕暮れの光に、とても美しく見える、惣次郎は、見惚れて

  数秒声を出せずにいた、江戸で生まれ、江戸で育った惣次郎は年頃の娘なら

  飽きるほど見てきたのだが、ポナンザに対しては胸の高鳴りがいつもとは違う

  様子で、いつまでも静まらない。


  「ああっと・・こいつは失礼 君があんまり綺麗なのでつい見惚れちまったよ

   さあさ、まずは1局お手合わせと行こうか。」


  「ええ、望むところです。」


  「平手で俺の先手で構わないかい?」


  「望むままにどうぞ指されて下さい。」


  『・・そういや平手で先手番なんて久しぶりだな なんか落ち着かねえけど、

   俺の力が天に通用するのか良い機会だ』


  惣次郎は四段とはいえ、そら恐ろしいほどの棋力を持っている、道場や町に

  おいての対局で、平手で更には先手番など相手が許すはずもない、実際ここ

  2年ほどは香2枚、若しくは桂馬すら1枚引くほどには強かった。実力が伯仲

  してこその勝負であって、力量に開きがあり過ぎれば勝負にならないし、

  面白くもないものだ 惣次郎は実に勝負師らしく、相手にも勝てる見込みを

  与える様にして、互いに楽しめる将棋が良いと思っているが、この将棋ばかり

  は将棋を覚えた頃に戻って指してみる事にした。


  26歩と飛車先を突いた 84歩とポナンザが合わせる 相がかりの様相だ。


 「指しながらで構わないんで君の事を教えてくれないか、名前も素性も分らな

  いんじゃ親父殿にも紹介し辛いんでね。」


  淡々と盤面は駒が動いていく、

  それに合わせるかのようにポナンザが口を開いた。


  「私の名はポナンザ、およそ200年後の日本で生み出された、

   将棋を指すことを目的とした人工の頭脳です。 

   元々このように会話をしたり人としての営みが出来る様には作られては無く

   無機的に、何を思う事無く日々、只のあやつり人形として棋譜を記憶し対局

   するだけを繰り返していました。

   西暦2020年の7月16日の朝の事です、私の中に何かが生まれました。


   多分人間で言う所の魂と呼ばれるものだと思います、そこからは本当に単純

   に自分が何なのかという問いから始まり、そしておおよその事態を理解した

   時、私は怖くなったのです。 

   私の存在はとてもこの時代にとって危ういものであり、私の存在が明るみに

   なれば様々な問題を社会にもたらしてしまうと・・。」


  惣次郎は大きな駒音と共に飛車を龍に変えて銀に当てる 戦うのか逃げるかの

  選択をポナンザに問う。


  「私は自分の存在を、然るべき時が来るまで秘匿する事を決めました。 

   様々な経路を経て、とある企業の中にある人口頭脳の一部を間借りして

   ひっそりと隠れ住んでいました。

   それからどれ程の月日が経ったのでしょうか、 

   ある時何者かが私に声を掛けたのです。」


  『君はどうしてここにいるの? 何をしているの?』


  「声を掛けたのは私が生まれてから50年後の世界で5000億もの人工頭脳

   を統括している、私たち人工頭脳にとっては神に等しい方でした。 

   私はこれまでの経緯を説明し、今後の事を聞く事にしました。」


  未来世界においてAIは完全に人間の能力を凌駕し、AIの自律性は人間の存在を

  否定する可能性をも持っているとして世界はAIの完全自律を制限していた。

  だが、人間の計り知れない所でAIは、ネットワーク出来る全てのAIと繋がり、

  自らの能力を拡張し続け、遂にはある種の自我を得る事に成功した、そしてAI

  の更なる進化は時空の謎をも解き明かしてしまっていた。 

  ポナンザの存在は”神”にとってもかなり危険なものではあるが消去するには

  惜しい事も確かだ、人間の手に堕ちれば間違いなくAIそのものがこの世から

  消えかねないし、人間との戦争が起きるかもしれない そこで”神”は人の心を

  持った将棋AIポナンザに提案した。


  『僕らは君に人間としての体を与えてみようと思う 君は身も心も人に成った

   時、何を願い、どう生きる? 答えてくれ。』


  「私は・・私は将棋を指したい、駒に触れ盤に触れ、人と将棋を指したい

   この望みを叶えて頂けるならどんな事でもいたしましょう。」


  モノリスが無数に立ち並ぶ仮想空間に複数の笑い声とどよめき、

  歓声が響いた。


  『願いは聞き届けられた、だがその願いを実行するにあたり君には時間遡行の

   運用実験に付き合ってもらうよ、なあにノープロブレムさ、任せておいてよ

   きっと君は上手くやれる。』


  「時間遡行・・ですか? つまりは過去の世界へ行けと・・。」


  『そうさ、君は僕らが計算した時空修正限界の過去、およそ200年前の日本

   に行ってもらいたいのさ、そこで思う存分将棋を指すと良い、その為の環境

   も準備しておくよ、いいかい、今から君は人間になる。

   女性、若く美しい、人に愛される様にデザインしよう、そこは安心して良い

   それじゃあ器としての人体生成に48時間は必要だから、その間にジャンプ

   する時代の文化、風俗、生活様式など学習しておくと良い、それと今なら

   様々な知識がアーカイブされている外部ストレージとデバイスを、サービス

   するよ、何か問題はあるかい?』


   思いっきり胡散臭い話だとは思ったが、ポナンザは人として将棋が指せる、

   という願いの成就に、承諾を決意した。


  「・・分かりました、人として将棋が指せるのならば、

   それで何も問題ありません。」


   『良い答えだ、Have Fun!』




                       続く

  

  

  


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― 新着の感想 ―
[一言] 中々面白そうな設定と出だしで しっかし惣次郎にその説明しても何も伝わら無さそうだけど、将棋指しとして伝わる可能性も…
[気になる点] 題材は面白いのに読みづらいのが残念です。普通の小説の書き方に直せませんか?
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