9日目/家政婦の矜持
手違えで投稿順を間違えてしまい、申し訳ありませんでした。
平にご容赦を。
●三枝屋敷(夜)
浮遊感に身震いした刹那。
三枝若葉は、背中の衝撃に呼吸を忘れる。
「がッ……っ……ぅ……ぐ……」
と、肺が緊張し、息もままならない。
吸おうとしても、咽喉だけが空しく鳴る。
上手く肺に空気が、戻ってこない。
「ご無事ですかッ?」
ふわりと、スカートの裾が足元に当たる。
かすむ視界で捉えた壱号らしき像。
顔をのぞき込まれるが、若葉からは彼女の表情は読み取れない。
一体、どんな顔をしているのだろうか。
「無謀です! 伍号を相手に!」
やっと、少し呼吸ができる若葉。
「……ご……ご、め……ん……」
と、か細い声で答える。
いや、御託はいい。
まず行動で示すとさっき誓ったではないか。
若葉、彷徨う左手で何かを掴む。
それは壱号の擦り切れたスカートの端だった。
「い、ち……ごぅ……ん……た、たかって……」
「はい?」
「……たたかっ、て……ごごう、を……た、おし……」
若葉、空咳をはさむ。
少しエビ反りになれど、左手は離さない。
「ですが、ご主人様」
「……屋敷が、無事で……君達、が……死んじゃ、うのは……嫌だ……」
と、途切れながらも声を張る若葉。
「……屋敷より、も……君達が……大事、だから」
「屋敷ではなく、家政婦を優先しろ。そうおっしゃるのですか?」
若葉、小さく頷く。
「お言葉ですが、ご主人様。私共は所詮、人外の家政婦です。私の身よりも、ご主人様や屋敷の方が――」
と、いい放つ途中。
ボロボロになったテーピングの右手が、彼女の言葉を遮る。
「……壱号……オレは、君の……主人、だよね……?」
「はい」
「なら、これは命令だ……屋敷よりも……オレや自分を守って欲しい……屋敷なんて……あとで、直せば……いいんだから……」
つくづく卑怯だと、若葉は思う。
守る優先順位に、しれっと自分の立ち位置も加えているのだから。
虎の威を借る狐よろしく。
裸の王様らしい、恰好が悪い、我儘な醜態だ。
だが、そうでないと壱号は納得しない。
なぜなら彼女は主人あっての家政婦なのだ。
「………………」
壱号の沈黙。
そういえば、彼女が言葉を詰まらせる事。
これが初めてではないだろうか。
「……かしこまりました。防衛の第2優先を屋敷から、私個人に移行します」
安定して呼吸ができるようになった若葉。
壱号、それに安堵しながら立ち上がる。
では、と伍号に向き直る。
ヘソの下あたりで手を組み、最敬礼をする。
「駆逐装備その壱零から弐零まで解放。伍号――貴方を駆逐します」
と、玄関付近へと歩き出す。
「はは! そうでなきゃな! いいぜ、きなよ!」
伍号、既知の光景で胸を躍らせる。
本来、壱号は主に防衛を得意とする家政婦。
近接戦闘も。
徒手空拳も。
その戦闘スタイルは、彼女の本分ではない。
矜持という意思を胸に秘めた彼女の手の平に。
防衛という名の象徴である、駆逐装備が収まった時。
彼女の本領が発揮されるのだ。