9日目/死体の羨望
●三枝屋敷(夜)
一進一退。
壱号の拳を躱し、伍号が戦斧を真横に薙ぎ払う。
だが壱号はそれを身軽に避け、次の踏み出しで強烈な拳。
時には、蛇のように。
時には、岩石のように。
変幻自在に絡みついてくる壱号の攻め。
それを軽快にいなしていく伍号。
「……やっぱり、わかんねぇわ……」
と、脱力する。
槍斧の頭を地面に落とす。
「なんでオマエ、あんなもん守りたいんだよ?」
伍号、目線を流す。
その先は、壱号の背後にいる三枝若葉だった。
本人の徒労も空しく。
武器や防具があっても、善戦すらできていない。
動きが遅い亡者がジリジリと若葉を囲う。
そこで何度か手持ちのバールを振り回す。
強固な亡者の骨は微動だにしない。
亡者達の隙間を掻い潜り、また距離をとる。
一応、亡者には若葉を殺す指令は出していない。
”外道の書”の在処を示す手がかりになりえるからだ。
だが、実際には目障りといっても過言ではない。
せっかくの壱号との邂逅も、心躍る剣舞も台無しだ。
「この屋敷のご主人様、三枝若葉様だからです。それ以外の理由はありません」
「はは。そうかよ。でもいいのかい? そのご主人様が危ないよ?」
「貴方の目的は”外道の書”です。あくまでもなかった時の保険として、ご主人様を無闇に殺す事もないでしょう」
「……わかってるじゃん……」
「ええ。これでも貴方の事は知っているつもりです」
「……いってろ……」
いつも――いや、昔からそうだった。
壱号の瞳、多少の事では動じない顔が気に入らない。
人の感情を逆なでしてくる、その物言いが気に食わない。
三枝厳十郎に好かれ、手元に置かれていた。
数多くの家政婦から、姉と慕われていた。
「あーやっぱりムカつくわ」
だからこそ、羨望した。
他人から求められれば、彼女のようになれるのかと。
――こんなツギハギだらけの身体でも、価値があるのかと。
「今からその仏頂面をひん曲げてやってるよ」
××××× ××××× ×××××
主を失った数十年前。
自分の存在が希薄になるような錯覚に陥った。
なぜなら、仕える主人がいないのだ。
主人がいない屋敷や家政婦は、ただのモノ。
物言わぬ家政婦でしかない。
心のどこかで、誰かに必要とされたいと願ったいたのかもしれない。
それが焦りと変わる頃には、三枝屋敷を飛び出していた。
その後、伍号は放浪していた。
当然だろう。
唐突に身体を改造されて、死体のような身体になってしまったのだ。
やる事も、やりたい事もない。
ましてや生前の記憶もない。
辛うじて、主人に仕えていたという目的があった。
しかし当時はその目的も、存在する理由もなかった。
それから時が過ぎ、今の依頼主と出会った。
久方ぶりの存在意義に心が大きく揺れたのだ。
読了ありがとうございます。
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