7日目/透明な雫
●三枝屋敷/研究室
「でも、どのみち伍号や……その多頭魔獣って人達が襲ってくるのは確実なんでしょ?」
たぶん、と三枝若葉が続ける。
「あの様子だと穏便にいかなさそうだし……そもそも”外道の書”っていうのを散々探しても見つかってないし……」
はい、と小さく答える壱号。
「一応、叔父さんから借りた家だしね。その……尻尾巻いて逃げるのも悪し……」
と、頬をかく。
寝不足のせいか、思考の回りや歯切れが悪い。
「……その、なんだ……オレは残るよ。特別、何ができるわけでもないだろうけど……」
若葉、照れくさそうに頭をかく
正直、今でも恐怖は勝っている。
先日、強酸性で溶解していたのは墓石ではなく自分自身だったかもしれないからだ。
「だけど、オレも昔は身体弱くてさ……学校もいかずにずっと家にいて……寂しかったし、外で遊ぶ子供がうらやましかった」
そんな時、若葉の母が寄り添ってくれた記憶がある。
父の買いそろえた絵本を一緒に読み、いつも一緒にいてくれた。
「……誰かと一緒にいるって、実はとっても頼りになる事なんだと思うよ」
「それでは?」
「うん、まぁね」
「オレは屋敷に残るよ」
だから、若葉は三枝屋敷を離れない。
「それにさ、物語の途中でページをめくらずに手を止めるなんて読書には御法度でしょ? 壱号さん達を放っておいて、自分だけ逃げるなんてできないよ」
ちなみに、これは精一杯のカラ元気。
少し声が震えているが、武者震いと思って欲しい。
「ありがとうございます。ご主人様」
と、深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございます。私の我儘を聞いていただき感謝の言葉しかありません」
おそらく。
いや、両者は絶対に気づいていないだろう。
壱号の整った瞳辺りから、雫が落ちる。
床に散っていく、小さなそれ。
「オレがいて、何ができるってわけじゃないと思うけど……壱号さん達が戦うなら、オレも頑張れるよ」
「――格好つけている所、申し訳ありません。ご主人様」
天井から弐号の頭部が、逆さに生える。
「質問よろしいですか?」
と、悪びれもない甲高い声で喋る。
若葉が頷く。
驚く事はない、もう慣れた。
「今さらですがこの屋敷には”外道の書”は存在しませんよ?」
「へ? この部屋にあるんじゃないの?」
屋敷の部屋は、ひっくり返すくらいほとんど探した。
残すは、ここと地下室だけだ。
「いいえ、ございません」
今度は壱号。
あっけらかんと澄ました表情。
元から感情の起伏が読取にくいが、呆れるほど清々しく見える。
「”外道の書”は先代が生前に隠されてしまいました。隠した場所は私達にも知らされていません」
「――という事は?」
結局、この研究室でも”外道の書”は見つからなかった。
つまり、振り出しに戻ってしまったわけだ。
読了ありがとうございます。
簡潔に。
コミカルに。
引き続き、それらをモットーにやっていこうと思います。
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